ずれ
夕暮れ時にエリたちは帰っていって、夜はいつもと変わらず静かだった。
焚火の周りでのんびりと時間を過ごし、眠くなれば揃って休む。
ハルカがぼんやりと火を見ながら過ごしていると、冒険者組はさっさと休んでしまった。カーミラの膝の上にユーリ、それから両脇を囲むようにレオンとテオドラが座って話をしている。
耳を傾けてみると双子はユーリに対してこの世界の常識を説いているようだった。
カーミラも長らく森に籠っていたため、今の時代の常識は知らない。
時折、「ハルカさんたちはこうだけど」とか、「あいつらおかしいから」とか聞こえてくるのがちょっとだけハルカの心をえぐるが、言っていることは間違っていない。
皆はこう、一般的にはこう、というのが分かっていないとあとで困るのはユーリである。
カーミラとユーリが揃って真面目な顔で頷いているのはちょっとかわいらしい。
ハルカも耳を傾けていると、なるほどなぁというような話もあって面白い。
「そういえばハルカ、今日貴族の娘にナギのこと撫でさせてただろ」
ハルカが聞いていることに気付いたテオドラが、不意に声をかけてくる。
「はい? ああ、ヘルマさんですね。かわいがってくれてましたよ」
「あれ、コーディさんの真似か?」
「え? そんなつもりはなかったですけど……」
何の話をしているのだろうと記憶を辿っていくと、本当に冒険に出たばかりの頃のことを思い出す。
思えば初めて見た竜は、コーディと旅をしている地竜のオジアンであった。
大人しい子で、『撫でていいよ』と言われた時にはとても嬉しかったのを思い出す。テオドラが周囲にいたか覚えていないけれど、実は遠くからそれを見ていたのか、後で聞いたのかもしれない。
「言われてみれば、オジアンを撫でていいよと言われた時は嬉しかったし、感動しました」
「あのな、オジアンは草食だし、それなりの大きさしかないだろ。ナギはな、でけぇんだよ。俺たちは大人しいの知ってるけど」
「まぁ……、確かに……」
ハルカや仲間たちからすれば、卵の頃から見ているし、ハルカの背中に張り付いているのも見ている。大きくなってからもその気性は変わらず、少し前まで大きな生き物を見かけるとハルカの背中に隠れようとしていた。
当然ほぼ全身丸見えだ。
「ほら、でも、怖かったら遠慮してもらっても構いませんし……」
「あのな、ナギを連れて歩いている冒険者が撫でてみろって言ってきたの断れる奴が何人いるんだよ。こええだろ」
「あー……」
「気を付けろよ」
「気を付けます……」
二人がユーリに一般常識を語るのを大事なことだなぁと聞いていたハルカだが、どうやら自分にもその感性が必要であることに気付き肩を落とす。
知らぬ間に随分と感性がずれてしまっていたようだが、なかなかそれを指摘してくれる者はいない。大人になると注意してもらえなくなるのと一緒だなぁとハルカは神妙な顔をして納得した。
「でも僕はナギを撫でたい人もいると思うけどね」
「そうよね」
「うん」
レオンがにっこり笑ってハルカをフォローすると、カーミラとユーリも便乗して頷いた。明らかにハルカが落ち込んだのを見て、励ましに来ている。
「ありがとうございます。……でも、私がちょっとずれているのは分かっているので、たまにこうして注意してもらえると助かります」
「だよな。点数稼ぎすんなよ、お前ら」
テオドラが注意するとカーミラとユーリは目をそらしたが、レオンはにっこりと笑ったまま答えた。
「いや、本当にいると思うけどなぁ?」
「お前さぁ」
「何?」
「いや、別にいいけど」
テオドラがレオンのハルカびいきに物申そうとして、すぐにやめた。
流石に双子の兄の恋路を邪魔するのは忍びない。
そんな学びのある夜が明けて翌日。
ついに明日から〈武闘祭〉が始まる。
街を歩く人も一層増えているようだ。
ハルカは昨晩の話を受けて、会場の下見に来た人がナギを見て驚いて逃げていくのを改めて確認しながら、確かに自分がずれていたのかもしれないなぁとぼんやりと考え事をしていた。
地面に座って通りを見ているハルカの横には、ナギが寄り添っており、ずっと鼻の辺りをポンポンと撫でられてる。
ハルカにとっては完全にアニマルセラピー状態であるけれど、通りがかる人からすると、やばい竜の横に何を考えているかわからないダークエルフがいて、自分たちを見張っているような状態だ。
皆目をそらして逃げていく。
レオン含めて仲間たちはお出かけしており、今日はハルカと街に興味のないレジーナだけがお留守番だ。
思えば初日に喧嘩を売ってきた冒険者たちは、よくもまぁ、ナギに気付かなかったものである。
ある意味勇者だろう。
普通の感覚を失ってはならないなぁ、とハルカは午前中いっぱいぼんやりと道を行く人たちを見つめていた。
昼過ぎに仲間たちが食べ物を買って帰ってきた。
しかしその中に、なぜかレオンの姿だけ見当たらない。
「レオはどうしたんです?」
「なんだろうねー、社会勉強とか言って冒険者ギルドに残ってたけど」
「はぁ、大丈夫ですかね?」
レオンは一応冒険者ではない。
怖い人たちに絡まれたりしてはまずいのではないかとハルカは心配になる。
「あいつしっかりしてるし大丈夫だって。ほっとけほっとけ。それより昼ご飯食べようぜ」
双子の妹であるテオドラにそう言われると、迎えに行こうとまでは言い出せない。
買ってきた食べ物から良い匂いも漂ってきていることもあって、ハルカはいったん様子を見ることにするのだった。
アルベルトたちが冒険者ギルドを覗いて〈武闘祭〉の参加者についての噂を聞いてきたらしく、食事が始まると、注目選手について教えてくれる。
トットやカオルにも可能性はありそうだとのことだが、こうやって話を聞いていると明日からの〈武闘祭〉が一層楽しみになってくる。
なるほどなるほどとハルカが話を聞いていると、何やら周囲が少し騒がしくなってくる。
ナギの頭に隠れるような形で食事をしていたハルカたちは、立ち上がってひょっこりと道の方を覗く。すると道には、いかつい恰好をした者たちが集まって、互いに小突き合ったりしている。
「なんだあれ?」
アルベルトが首をかしげると、いつの間にか戻ってきていたレオンが「なんだろうね?」と言ってふっと笑うのだった。





