教育の行き届いたお嬢様
「あなた……、イース様のこと知ってるの?」
「うん、知ってる。心配だったんでしょ。大丈夫、元気」
「そう……、元気なのね……」
ユーリの返答にほっと胸を撫で下ろしているのを見て、ハルカはおやっと思う。
随分と大人しい雰囲気だ。
「私……、イース様に助けてもらって……、私の王子様が現れたって思ったの。すごく強かったから、大会に出るために来た人だとばっかり思って、うちの者に代わりに登録させたの。今思えば困ってたと思うわ。でも、私必死で、何とか仲良くなりたくて……、一生懸命応援して……」
あの頃のヘルマはまだ十代の前半だ。
貴族として生きてきて、劇的な出会いをした陰のある美青年。
夢中になるのは当たり前のことで、少し無茶なことをしてしまったとしても特別変なことはないだろう。
「そしたら、急にいなくなってしまって……。ほら、当時大会の選手が路上で亡くなっていた話があったでしょう? まさか何かに巻き込まれたのではないかってずっと心配してたの…」
実際当時この街には吸血鬼が一人紛れこんでいて、〈武闘祭〉の最中に選手が一人と女性が数人命を落としているのだ。
急に消息不明となればそれは心配だろう。
実際のところは、イーストンはその吸血鬼を倒すためにこの街へやってきており、ハルカと協力して撃退。逃げた吸血鬼を追いかけて街を離れたのだが。
ずっと堪えていた緊張がほどけたのか、ヘルマの瞼には僅かに涙がたまっていた。
イーストンも、ある意味罪深い男である。
ここに本人がいたら、どちらにしてもかなり面倒なことになっていただろうから、来なかったこと自体は正解かもしれないけれど。
街を出たイーストンは、その後カーミラたち吸血鬼が占領していた街に辿り着き、追い回されて、それなりの重傷を負ってハルカたちと遭遇している。
ヘルマの心配はまるで見当違いというわけでもない。
「……ヘルマさんはお元気に過ごされていましたか? つい昨日、お姉さんのエレオノーラさんとも会ってきたんです」
「お姉様と。お姉様はギーツ様と一緒になって楽しそうですよね。……実は私ももうすぐ結婚するんです。その前にイース様がお元気なことが知れて良かった」
「おめでとう……ございます」
貴族の子なのだから当たり前のことなのかもしれないけれど、ハルカからすると随分と早い結婚だ。もしイーストンに気持ちがあるのだとすれば、何というか、しこりの残る結果になりそうである。
「そんなに驚かないでください。当たり前のことですし、私も嫌だと思っていません。相手は私がイース様に夢中になってる時も、黙って話を聞いてくださっていた優しい方です。実は一緒に応援もしてたんですよ?」
「え、あ、そうなんですね」
ヘルマが大きな声でイーストンの応援をしていたのは覚えているが、その隣に誰かがいたのかは覚えていない。ヘルマが目立ち過ぎていて印象に残らなかったのだろう。
「イース様に憧れて剣の訓練もしていますし……、きっと元気にしていると聞いたら喜びます」
知らないうちに年月が経って、皆成長をしているようだ。
もちろん悪い方向に変わっている者もいるのだろうけれど、こうして健全な成長を見せられると眩しくて、ハルカは思わず目を細めた。
「今日はお話しできて……っ」
話を切り上げようとしたヘルマが、突然息を飲んで後ずさる。
ヘルマは昔からこうと決まったらそれしか見えなくなる視野の狭いタイプだ。
今回も、ハルカらしき人物がいると聞いて飛び出してきたものだから、後ろにいる大きな影を、砂山くらいにしか思っていなかった。
それが突然動いて、なんであるか気付けば驚きもする。
悲鳴を上げなかっただけ上出来だ。
「りゅ、竜……」
「あ、この子はナギという飛竜なんです。卵の頃から育てていて、こんなに大きくなったんですよ。……あ、ヘルマさんと出会った後に孵った子なので、まだまだ子供なんです」
「こ、子供、なんですか? こんなに大きいのに?」
「はい。他の大型飛竜と比べてもかなり大きく育っているようです。でも大人しい子なので安心してくださいね」
「大人しい……」
ヘルマはしばらくナギと見つめ合っていたが、やがて控えめながらも「か、かわいい顔していますね」と言ってハルカを喜ばせた。
「あ、撫でてみますか?」
「な、撫で!?」
調子に乗ったハルカが、ナギを手招きする。
ナギは知らない人がいるのに珍しいなぁと思いつつ、ずりずりと顎を引きずりながらハルカの横まで顔を寄せた。
ハルカは見本を見せるためにポンポンと鼻の先を撫でてやると、ナギが小さく声を漏らす。
「ナギ、ヘルマさんが撫でてくれるそうです、良かったですね」
初めましてでナギと仲良くしてくれる者は少ない。
周囲の人が見守る中、見た目ではっきりと貴族と分かるヘルマが頭を撫でてくれれば、皆もナギのことを少しは怖がらなくなるかもしれない。
良かったなぁ、とニコニコである。
ヘルマは表情をひきつらせていたが、初めて見るハルカの穏やかな笑い顔に、これは本当に悪意とかなく、ただ単純に喜んでいるのだと悟り、勇気を出して恐る恐る手を伸ばした。
ヘルマがそっと鼻先に触れると、ナギの大きな目が動いてじっとヘルマを見つめる。そのまま撫でたり、もうちょっとだけ勇気を出してポンポンと手を動かすと、ナギの目がキューッと細くなっていった。
どんなに大きい生き物でも感情が分かると、なんとなく愛着がわくものだ。
ハルカの言葉によって、ナギのこの反応が『喜んでいる』のだと認識したヘルマは、あれっと首をかしげて撫でを継続する。
ヘルマはナギが喉を鳴らしても、驚いて逃げ出したりしなかった。
一瞬だけ手を引っ込めたが、またすぐに撫で始める。
そしてしばしそうしてから、やがてぽつりとつぶやいた。
「かわいい……、かも……」
その声を聞き取ったハルカとユーリは、顔を見合わせてにっこりと笑った。





