尾ひれ背びれ手足の生えた噂
拝みだす人が増えてきて、ハルカがどうしたものかと困って様子を見ていると、レオンがあきれ顔で男たちに告げる。
「この人が、その特級冒険者で竜を連れて回ってる人だけど、街を破壊したりはしていないよ」
レオンはそう言い切ってからはっとしたように恐る恐るハルカの方を見て尋ねる。
「……街、破壊してないよね?」
「あ、して……、ません、してません」
街ごと破壊するって脅かしたことはあるし、街の中にある家を圧縮したことはあるけれど、街を破壊したことはない。ないはずだとハルカは目を泳がせる。
「どもるのやめてよ、不安になるから」
「してないです、はい」
「なるほど、特級冒険者。ってことはあいつも強いのか?」
一人がレジーナを指さして尋ねる。
「一級冒険者、だったよね?」
「はい、そうですね」
「そうか、一級冒険者か。じゃあしょうがねぇなぁ」
尋ねた男が頷くと、周囲の男も納得するように頷いた。
負けた理由が相手が強かったのだと分かれば納得できるらしい。
レオンには今一つぴんと来ない感覚だ。
ただ、アルベルトがクダンたちに負けても、落ち込んだりしないことの延長だと考えれば、ハルカとしてはちょっと理解のできる話であった。
そこへいつの間にかやってきていたナスコが、後ろから男たちに声をかける。
「お前ら、【鉄砕聖女】に喧嘩売ったんだってな」
「あ? なんだその名前」
ナスコはちらりとレジーナの様子を窺い、食事に集中しているのを確認してから、声を潜めて男たちに告げる。
「お前らがやられた相手の二つ名だよ。ありゃあ数年前の〈武闘祭〉で二位だった奴だぞ。喧嘩もいいけど相手見てやれよな。なんかあっても俺たちじゃ助けられねぇんだから。あ、大きな声で話すんじゃねぇぞ、機嫌損ねたらあいつも何するか分かんねぇんだから」
「へぇえ、二位か、やるじゃねぇか」
「確かに、良い拳だった……」
ちょっと身分の高そうな兵士であるナスコがこっそりと情報を漏らしてやったことで、男たちは妙な仲間意識を持ったのか、ひそひそとナスコを交えて会話し始める。
「最近はレジーナもだいぶあの、優しく……いえ、穏やかになりましたよ……?」
ハルカがフォローのために言葉を返すと、男たちはざわつく。
優しさのかけらもない言葉から、穏やかとは言い難い拳を食らった直後なので、ハルカの言葉は当然信じられない。
「いいか、分かっただろ。お前らあんまりこの人たちに喧嘩売るな。いいか、問題が起こって困るのはお前らだけじゃねぇんだ、頼むぞ。あとは問題にならないように俺がとりなしといてやるから」
「……おお、悪いな」
「頼むぜ兄弟」
「おう、分かったら知り合いにも伝えとけよ。ほれ、今のうちにさっさとどっか行け」
「任せとけ、それじゃあな」
聞こえる範囲でほぼ悪口に近いことがささやかれている気がして、ハルカはどうしたらいいかわからず立ち尽くしていたが、やがて男たちはへこへこと頭を下げつつ、そーっと武器を拾って街の中へ帰っていってしまった。
「ふぅ、いい仕事した。これであんたらに絡んでくる奴は少なくなるはずだ」
「あの、なんだかこう、あの言い方だと……、まるで私たちがすごく血の気の多い集団のように思われませんか?」
「まぁ、馬鹿な奴らがどう思おうと気にしなくていいと思うぜ、俺は」
もしかして怒ったほうが良いのではないだろうか。
ハルカは少しだけそう思ったが、一応余計な奴らに絡まれないようにと、ナスコなりの善意での対応の可能性もある。
「評判悪くなりませんか?」
「え、評判とか気にしてたのか……?」
「それは、まぁ……」
「でも、【竜の庭】の評判、結構すごいぞ。いや、俺はあんた本人と話してるから全部は信じてねぇけどさ」
「ちなみにどんな評判か、聞いてみてもいいですか……?」
ハルカが恐る恐る尋ねると、ナスコは「いや、俺は信じてねぇからな?」と前置きしたうえで語り始める。
「酷いのだと、そうだな……。仲の悪い宿の拠点を竜で踏みつぶして皆殺しにしたとか、喧嘩っ早い奴らを伸して配下にしてるとか、森の中の拠点に人を攫ってるとか、逆らうと溺死させられるとか。あと飛竜便襲って上前撥ねてるとか」
「あ、はい、そうですか……」
尾ひれどころか手足まで生えてそうな悪い噂のオンパレードだった。
ただ噂の元はなんだかわかるような話ばかりである。
悪事千里を走るというが、名前が知れ渡ってくるとやってもない悪事まで勝手に走り回るようになるらしい。
「一応聞いておくけど、やってねぇよな?」
「やってないです……」
「まぁ、その、なんだ、あまり落ち込むなよ。お偉方や直接話したことがあるような奴らは皆、あんたらがそうじゃないってことは分かってるはずだぜ」
「今あなたが、その噂を更に悪化させたような気がするんですけど」
レオンがナスコをじろりと睨む。
「いやー、あはは。でもこうでもしねぇと、次々喧嘩売られて大変だろう? そうなって何人もここで気絶させられるよりはましだと思わねぇかな?」
「……まぁ、確かに」
レオンも先ほどの喧嘩があまりにも突発的でしょうもない理由であったことを見ているので、これからもあれが起こらないとは言い切れない。
ハルカが肩を落としているので味方してやりたいレオンであったが、ナスコの言い訳は至極真っ当であり、残念ながらそれ以上責めることはできなかった。





