ギーツのあまりにも大きな成長ぶり
「すまない、助かった」
「いえ、元からそういう約束でしたから」
治癒魔法に礼を言うエレオノーラに、ハルカは首を横に振る。
「痛むところはないか? ハルカの治癒魔法なら大丈夫だと思うが……」
逃げ出したがっているような発言をしていたギーツが、エレオノーラを気遣っているのがハルカには不思議だった。意外と仲が良さそうなところを見ていると、では先ほどのお願いはなんだったのだろうかとも思う。
「大丈夫です。……ところで皆さん、うちの夫もここ数年で随分と腕を上げたのです」
エレオノーラはギーツの心配を柔らかく微笑んで受け取り、それからさらに大きくにっこりと笑うと、ハルカたちに語り掛ける。
「え、お、おい何を言うのだ……」
「折角ですので、どなたかお相手を」
「い、いや、そんなことをする理由がないだろう」
ぶるぶると首を振りながらギーツが顔を真っ青にした。
エレオノーラは横でそれを楽しそうに見つめている。
「いや、相手になんねぇだろ」
当たり前のようにアルベルトが言うと、ギーツはぴたりと動きを止めて腕を組んだ。
そうして少し唇を尖らせつつ、アルベルトと一切目を合わせないように顔を背けながらぶつぶつと何かを言い始めた。
「いや、そうとは限らないだろう。私だってここ数年エレオノーラと地獄のような訓練を積んできたのだ。時に父上にぶちのめされたりもして、私は私なりに頑張ってきたんだぞ」
アルベルトは面倒くさそうに肩に剣を担ぎ、呆れた顔で口を開く。
「じゃあ相手してやるよ」
「い、いや、アルベルトは……、ちょっとな」
今やすっかり背が高くてガタイの良い青年となったアルベルトを、上から下までもう一度観察して、ギーツは首を横に振った。
「じゃあなんだよ、ハルカならいいのか?」
「いや、ハルカも無理だ。死にたくない」
「え?」
「死にたくないのだ、私は」
真顔である。
「いや、私もその、そんな無茶ばかりは……」
「私も色々聞いているのだ。例えばその、なんだか怒って魔法を使って、城を木っ端みじんに破壊したとか……」
「そんなことしてませんよ……?」
おそらくマグナスの居城の塔をちょっと壊した話が誇張されているのだろう。
そこまで怖がられるとちょっとだけ悲しいハルカである。
逆に言えば、そんなことまで聞いているのに、前と変わらぬ態度で接してきたギーツは中々大物なのかもしれない。
「じゃあコリン。コリンならいいだろ」
「え、私?」
「……うーん、そうだな……。いや、しかし女性に剣を向けるのはちょっとな。怪我をさせたくない」
「あら、私相手の時はいつも真剣にやって下さるのに?」
「それはエレオノーラの方が強いからだ」
二人のやり取りを聞いて、コリンが目を細めて首を左右に倒した。
ギーツの発言は完全にコリンのことを舐めている。
冒険者として、流石にこのまま放置するわけにはいかない。
「へぇ、私相手なら勝てると思ってるんだ、ふーん、いいよ、やろうよ」
「あ、いや、馬鹿にするつもりはなかったのだ。しかし、私はコリンの戦いもあまり見たことはないし……」
「いいから、やろ。強くなったんでしょ。はい、剣持ってきて、さっさと構えて」
「ほ、本当にやるのか?」
「やる」
「し、仕方ない……」
ギーツが練習用の剣を取りに行ったところで、フォルカーが苦笑しながら口を開く。
「うちの馬鹿息子が無礼なことを言って済まない。たまに痛い目に遭わせたほうが良いのだ、あいつは」
「別にいいですけどー……、エレオノーラさん、自分の楽しみに私たちを使わないでください」
「すみません。でも、時折外の人にわからせてもらったほうが良い人なので。どうぞよろしくお願いします」
先ほど歪んだ嗜好を聞かされたコリンが、とても楽しそうに笑っているエレオノーラに抗議をすると、笑ったまま頭を下げられてしまった。
ただ自分の愉しさを満たすためだけに、ギーツをけしかけたわけではないらしい。
「よし、いつでもいいぞ」
ギーツが剣を持って戻ってきたところで、今度はハルカが間に入り開始の合図をする。
「ええと、ではお互いにあまり無理はせずに……、はじめ」
ハルカがスーッと下がっていくと、それと同時にギーツが詠唱を始める。
「石の礫、示す方向に」
詠唱を省略している。
いっちょ前にやるものだと思いつつ、コリンが走り出すと、ギーツが慌てて剣の切っ先をコリンに向けて、魔法の最後のピースを口にする。
「ストーンバレット!」
当然自分に向けて礫が飛んでくるとばかりに思っていたコリンは、素早く体を傾けて回避の姿勢を取った。しかし、剣先から出現した礫は、放物線を描いて、どこか明後日の方へ飛んでいく。
「は?」
「え?」
アルベルトとハルカが、思わず疑問の声を発したが、一番それを思ったのはコリンである。
「ははは、今だ」
何のために魔法を使ったのか。
それはもちろん、相手に回避を促して体勢を崩させるためである。
ギーツは勝ち誇りながら剣を前へと突き出す。
以前よりはよくよく形は整っていた。
鋭い突きには、鍛錬を積んだであろう成果が見えたが、そんなことで仕留められるコリンではなかった。
さらにもう一段階姿勢を低くして剣をかいくぐると、ぴったりと至近距離まで接近し、「舐め、過ぎ!」と声を出しながら、腹に拳を一発、体が折れ曲がったところで顎に一発。
ギーツが仰向けに倒れていく途中に、からめとるようにして技をかけ、足首の関節をしっかりと極め切った。
「いいい、痛い痛い! ちぎれる! コリン、ちぎれる!!」
涙を流しながらバタバタとギーツが暴れられるのは、最初の二発で、コリンがとてもとても手加減をしていたおかげだ。
「まったくもー……、馬鹿みたいな作戦するから」
コリンが馬鹿らしくなってため息交じりに解放すると、ギーツはごろりとうつぶせになって、泣きながら小さな声で呟く。
「ちぎれた、足がちぎれた……。もう死ぬ……」
もちろんちぎれていないし、関節も靱帯も何も問題はない。
「んふっ」と音がしてハルカがそちらを見ると、目元が完全に笑っているエレオノーラが、口元を手で覆い隠していた。





