案外幸せそう
フォルカーと必要な話を終えて、雑談に移行してしばらく。
「お義父様、アルベルト殿と手合わせの約束をしているのですが、よろしいですか?」
「ほう……、それは面白いね。もう〈武闘祭〉に出られない二人の再戦か。これは見たい人はお金を払ってでも見たがるだろう。よし、行こう!」
フォルカーは目を輝かせてソファから立ち上がった。
そもそもフォルカーは、武人たちが戦う姿が好きなのだ。
そんな提案をされて断るわけがない。
「実際どうかな、アルベルト君の自信は」
「ある」
「そうこなくては。ああ、そういえば当時はギーツが世話になったのだったね。エレオノーラさんがしっかりとお世話してくれたおかげで、随分とまともになってきたんだ」
はたして本当にそうだろうか、とハルカたちはアイコンタクトを取る。
先ほどのギーツからは何とかして逃げ出そうという気配がぷんぷんと漂ってきていた。フォルカーは厳しいように見えて、たった一人の息子であるギーツに微妙に甘いところがある。
おそらくその分、エレオノーラが何とかしているのだろうけれど。
「エレオノーラさんはー……、ギーツさんと仲良しですよね」
「そうですね。昔から気に入っていたので」
今もこっそりと腕を組んで歩いている。
そうしている表情を見ると、ギーツもまんざらでもないようで、別に普通に一緒にいる分にはエレオノーラのことを嫌っているわけでもないようだ。
まぁ、エレオノーラが単に武術に優れた女性、というだけでなく、凛々しいタイプの美女であるお陰かもしれないけれど。
「どのあたりが気に入ったんですか?」
ものすごく無礼な質問だが、ギーツとコリンの関係ならば普通に許される質問だ。
フォルカーも笑ってスルーしている辺り、エレオノーラがギーツにはもったいない女性だと思っているのだろうし、ハルカたちがギーツの友人であると認めているのだろう。
「昔、手合わせをしたことがあって……。連日手合わせをするたびに、ちょっとずつ強くなるのが楽しくて。こう見えて器用で、やればできる人なんです」
「ふふはは、そうなのだ。こう見えてやれば結構できるのだ」
「それから……」
エレオノーラはするりと組んでいた腕をほどいて、こっそりとコリンに耳打ちをする。
「負けた時の悔しそうな顔や、泣きそうになる顔がかわいいんです、すごく」
「あっ、ふーん」
「なんだよ」
「秘密」
人には色々な関係があるものだ。
アルベルトが何を話しているのか聞いてきたが、コリンはそれを一言で切り捨てた。
訓練場に到着すると、二人はさっそく訓練用の武器を持って向き合った。
エレオノーラは両手に一振りずつの剣を。
アルベルトは大剣を。
「基本的には武闘祭と同じ決まりで構わないかな?」
「はい、怪我は私が治します。節度を持って手合わせしていただければ」
フォルカーとハルカが短くルールの確認をすると、コリンが二人の間に入って手を挙げる。
「エレオノーラ、怪我をするなよ……」
いざ始まるぞ、というところでギーツが小さな声で呟いた。
全員に聞こえてしまっていたが、祈るように指を組んで、エレオノーラ本人よりも緊張しているギーツはそれに気づかない。
エレオノーラがふっと笑い、アルベルトも一瞬じろりとギーツの方を見た。
「はいはじめー」
そこにやや気の抜けたコリンの掛け声が入り、二人は同時に走りだす。
当時同様、まず様子見で横薙ぎの攻撃を繰り出したアルベルトに対して、エレオノーラは加速。
アルベルトの懐まで入り込み、二振りの剣を交差させて受け止めようと試みる。
形としてはこの間合いまで飛び込むことができれば、小回りの利くエレオノーラの方が優勢のように思えたが、これはアルベルトの想像通りの展開であった。
全身に身体強化を巡らせ、いつもと寸分たがわぬ理想の打ち込みにさらなる力を込めれば、距離を詰められてなお、アルベルトの一撃はエレオノーラの防御を突破するだけの威力を発揮する。
一瞬抵抗を試みたエレオノーラであったが、即座にこれは耐えきれないと判断。
地面を蹴って全身を宙に浮かせ、アルベルトの力を利用してそのまま距離を取る。
もちろん、それは簡単なことではなく、空中で一回転、さらに着地の時にはそのまま後ろにのけぞるような形になったが、それでも傷は負っていない。
しかし、体勢を立て直したときには、アルベルトはすでに間近まで迫っていた。
アルベルトの袈裟切りを、エレオノーラはぎりぎりのところで後ろに飛んで回避。
続けて放たれた肩口への突きを左へステップして回避。
エレオノーラはこれを好機として、伸びきった腕に一撃加えるべく一歩前へ出て、剣を振るう。
一撃入る。
剣がアルベルトの腕に触れようとした瞬間、エレオノーラの左肩に衝撃が走った。
今度は体勢を立て直す余裕もない。
そのまま地面に転がっていく。
急ぎ体勢を立て直さねばと、体を起こしたところで、エレオノーラの目の前には既にアルベルトが万全の態勢で立っていた。
「ここまでか。悔しいけれど、想像以上に強くなっている」
「だろ。毎日鍛えているからな」
技術の向上もさることながら、エレオノーラの思うアルベルトの特筆すべき点は、身体強化の練度が異常であることと、その有り余る力をほぼ完ぺきに理解して使っているところだろう。
最後の一撃は、ほぼ腕の力だけで放たれたものであるはずなのに、最初の一撃とさほど変わらぬ威力を有していた。
つまり、エレオノーラが強烈だと感じ、その力に身を任せて退避するしかなかった最初の一撃は手加減をしたものであり、最後の一撃までを想定した布石でもあったことになる。
なんにしてもエレオノーラの完敗だ。
手を借りて立ち上がる際に、ギーツが心配そうに駆け寄ってくるのを見て、エレオノーラは負けたにもかかわらず表情を僅かに緩めてしまっていた。





