フーバー家の人々
屋敷の中を案内しつつ、元気のなくなったギーツの代わりに、エレオノーラが振り返ってアルベルトに声をかける。
「随分と強くなられたようですね」
「まぁな。負けて悔しかったし」
エレオノーラは、アルベルトが〈武闘祭〉の本戦で当たって負けた相手だ。
二刀流の剣士であり、戦場にも出たことのある軍人であった。
アルベルトの素直な言葉に、エレオノーラは僅かに口元を緩ませる。
「なるほど。成長の一助になれたようなら何よりです」
「後で手合わせするか?」
「もちろん、構いませんよ」
こんなところで手合わせが発生すると、またレジーナが悔しがりそうだ。
レジーナからすれば自分よりも順位が下の相手であるから、案外気にしないのかもしれないけれど。
「えーっと、エレオノーラさんは、ギーツさんとご結婚されたんですか……?」
「はい、ありがたいことに」
「へぇ、いい奥さんができて良かったねー、ギーツさん」
「うむ……」
表情の優れないギーツを見て、エレオノーラはにっこりと微笑んだ。
悲しんでもおかしくないはずなのに、なんだかとても嬉しそうだ。
「照れているようです」
「うむ……」
ギーツが同じことしか言わなくなってしまったところで、廊下の奥にフォルカーの姿が見えた。わざわざ部屋の前まで出てきて待ってくれていたらしい。
「お久しぶりです、フォルカーさん」
「数年ぶりかな。いやぁ、急な連絡だったろうにわざわざすまないね」
「いえ、お招きありがとうございます。久々にこの街に来るきっかけになって、むしろありがたかったです」
フォルカーは【亡剣卿】と呼ばれるような強者だが、その割に穏やかで腰が低い。息子にはたまに厳しいようだが、ハルカにとっては話しやすい貴族の一人であった。
「立ち話もなんだからね、中で話そう。……二人も同席させていいかな?」
「もちろん」
ギーツとエレオノーラについて尋ねられてハルカは二つ返事で頷く。
今回の旅は観光のような気楽な旅だ。
聞かれて困る話などない。
中へ入ってソファへ腰を下ろすと、フォルカーは軽く雑談を振ってくる。
「最近の調子はどうかな。時折噂には聞いていたから、元気にしているのだろうとは思っていたけれど」
「はい、元気に過ごしています。あ、お陰様で帝国の方の話も解決しまして……。その節はお世話になりました」
「いやいや、それは良かった」
以前フォルカーと出会ったのは、ユーリの件で帝国に話をつけに行く最中であった。ナギの背に乗って旅をしていて、物資の補充のためにこっそり立ち寄った街が、フォルカー伯爵領だったのだ。
その時も知人だということで、特にお咎めもなく、それどころか帝国の情報までこっそりと教えてくれたのがフォルカーであった。
「そろそろ落ち着いただろうかと思ってね、駄目もとで手紙を出してみたんだ。前に〈グリヴォイ〉の街へ行ったこともあるだろう? 去年の〈武闘祭〉の時に、モンタナ君のお父上であるオーヴァン殿と話をすることがあってね」
「ああ、オーヴァンさんは今回もいらしてますか?」
「もちろん、お招きしているよ。あとで連絡しておこう」
「ありがとうございます。モンタナも一緒に来ているので、喜ぶと思います」
モンタナとオーヴァンは二人でいてもぽつりぽつりとしか会話をしないのだが、親子仲はすこぶるいい。オーヴァンは血のつながりのないモンタナを、不器用ながらも愛を込めて育てたし、モンタナの口数が少ないのは、そんなオーヴァンの姿に憧れてのことだ。
立派な冒険者になった以上、会える時に会わない理由はなかった。
しばしそんな雑談をしてから、フォルカーは今回の本題に入る。
「さて、今回招待したのは、もちろん〈武闘祭〉を楽しんでもらおうと思ったからなのだけれど……、それと同時にいくつか目的もあるんだ」
「はい、なんでしょうか?」
そうやって改まって言われると、きちんと聞かなければならないと、ハルカは姿勢を正す。
「ああ、いや、気楽に聞いてほしい。嫌なことは嫌でも構わないから」
特級冒険者という、もっと踏ん反りがえってもいい立場であるハルカが、以前と変わらず丁寧で真面目な反応をしたことに、フォルカーは思わず笑った。
偉くなったり強くなったりしても増長しない若者は珍しい。
軍人であり、強者の知人も多いフォルカーは、笑いつつもハルカのことを高く評価していた。
「まず、【竜の庭】の冒険者を招待できたことで、一つの目標は達せられてるんだ」
「……どういうことです?」
「ほら、君たちは派手に活動しているだろう? 帝国とも王国とも仲良くしている、【プレイヌ】の特級冒険者が、それらに挟まれた【ドットハルト公国】とだけ仲が悪い、では外聞が悪いだろう。これで、【ドットハルト公国】も、【竜の庭】と悪い関係ではないと周囲にわかってもらえる。招待しておいて勝手に利用するような形になって悪いけれど、その分不便はしないように精一杯歓迎するよ」
「なるほど……、すみません、気が回らず」
フォルカーは謝罪をしているが、【竜の庭】の影響力を考えると、今回ハルカを招いたのも仕方のないことでもあった。
ハルカもフォルカーと別れてから様々なことがあった。
〈混沌領〉の広い地域の王になってしまったり、【ディセント王国】と北方の国の関係に関わってみたり、【神龍国朧】内での争いに参加したこともある。
そのお陰で流石に、特級冒険者とそれが所属する宿の影響力について理解し始めていた。
何も気にせず飛び回っていたせいで、もしかしたらフォルカーにも迷惑をかけていたのかもしれないと、思わず頭を下げる。
それであわてたのはフォルカーの方である。
「いやいやいや、そっちが気にすることじゃないんだ。政治の話なんだから、面倒くさいことを押し付けられたくらいの感覚で構わないんだ。むしろ大丈夫だったかな? 【ドットハルト公国】は嫌いだって言うのなら、悪いことをしてしまったことになるのだけれど」
途中から深刻そうな顔を作り、声を潜めてとんでもないことを言い出したフォルカーに、ハルカも驚いて首を横に振る。
「まさか!」
「それはよかった」
フォルカーがソファに寄りかかって大笑いをしたのを見て、ハルカは先ほどの言葉が冗談であったと理解する。それでも嫌な気分にならないのは、フォルカーの表情が豊かで、嫌味がないからなのだろう。
流石、気難しそうにも見える特級冒険者クダンの友人をやっているだけある。
ギーツの父親とは思えぬほどに、コミュニケーション能力の高い御仁であった。





