すやすやえるふ
「ふぅん。……すごく弱そうだし、嘘じゃないみたい」
「ウルメア、頑張ってるよ! 悪くないよ! 前はちょっと怖かったけど、今は全然怖くない!」
ユエルの腕に抱かれたコボルトが、ウルメアがいじめられてると察して、一生懸命に庇おうとしている。
ユエルの『弱そう』という言葉と、コボルトの『全然怖くない』という言葉が、ウルメアの心を傷付けていたが、これは事実なので仕方のないことである。
「分かってもらえたようで良かったです……」
「珍しい」
ハルカが胸を撫で下ろすと、ユエルが腕の中でじたばたとしているコボルトを地面に下ろしながら呟く。
「何が珍しいのですか?」
「悪い人が改心すること。ほとんどの場合、悪い人は、許すとまた悪さをするだけだから」
「うーん、まー……それはそうかも」
コリンも納得の言葉であった。
ある意味この世の中の真実の一つでもある。
悪いことをしても生き残った、というある種マイナスの成功体験や、罪人となったことで仕事を失い、生活がままならなくなる状況などが重なると、また悪事に手を染める可能性は高い。
「面白いものを見た」
ユエルはそう言うと、振り返って街の方に向かってまた歩き出した。
「あの、ユエルさんどちらへ……?」
「分からない、どっか」
「こちらで泊まる場所とお食事を用意しますけれど……」
「ありがとう。でもいらない。旅の途中だから適当に休む」
ユエルは振り返ると、まだニルの後ろに隠れているウルメアをちらりと見て、本当にそのまま街の方へと消えていってしまった。
相変わらずハルカには、ユエルが何を考えているのかさっぱりわからない。
「どこかへ行ったのか……」
「そうみたいです」
ウルメアがほっとしたようにニルの陰から姿を現し、そしてそのまま肩を落とし、とぼとぼと自分のために建てられた家へと歩いていく。背筋はピンと伸びているのだが、どうにもその背中には哀愁が漂っていた。
「今日はもう休む」
働き者のウルメアにしては珍しいことである。
何人かついていったコボルトのことを振り払いもせず、そのまま家に入って扉をぱたりと閉めてしまった。
家の中に数人コボルトが紛れ込んでいるのだが、彼女はそれでいいのだろうかと、ハルカは心配になる。普段だったら追い出しそうなものなのに、それも気にならないくらいに疲れたか、落ち込んでいるのだろう。
何とも微妙な雰囲気であるが、どちらを追いかけて声をかけるのも違う感じがして、ハルカはその場に固まってしまった。
「ほっといて飯にしようぜ」
後ろからやってきたアルベルトにポンと背中を叩かれる。
「何でもかんでも気にしてるときりがないよ」
今日はここで留守をしていたイーストンにもそう声をかけられ、ハルカは再起動して動き出す。
〈北禅国〉から持ち帰ってきた素材や調味料をふんだんに使って作られた夕飯は、実に美味しかった。コリンも、ハルカに調理法をあれこれと聞きつつ、オリジナルのレシピを色々と考えてみているらしい。
干した海鮮類を水で戻しつつ、米と一緒に炒めたパエリアのような料理は、ハルカ以外にも大人気であった。
食事が終わって、ハルカが焚火の前でくつろいでいると、ウルメアの家の中に、ラジェンダとエターニャが勝手に入っていった。
施錠はしていないらしい。
でもその姿を咎める者は誰もいなかった。
「なるほど……」
「何がだよ」
ハルカが独り言をつぶやくと、焚火の根元を棒でいじくりまわしていたレジーナが顔を上げる。遊んでいるわけではなく、土の中に埋めて焼いておいた芋を取り出そうとしているだけだ。
「いえ、ほら、悩み事って、身近な人が聞いてくれた方がいいな、と。出しゃばらなくてよかったなと思ったんです」
「何言ってんだかわかんね」
芋を掘り出したレジーナは、手元までそれを転がして、少し冷めるのを待っている。
「うーん……。適材適所だなという話なんですが……、どう伝えるのがいいか思いつきませんね」
「ふーん」
レジーナは適当に相槌を打ちながら、まだ熱いであろう芋を拾うと、手のひらでぱっぱと払ってすぐにかぶりつく。調味料もたくさんあるのだから使えばいいのに、そもそもそんな発想がないようであった。
野生児じみているなぁと思いながらその姿を眺めつつ、ハルカはまた別のことを考える。
では、ユエルのような人の話を聞くのは誰なのであろうかと。
一人旅ばかりしているようだが、話を聞いてくれる仲のいい人を聞いたことはない。クダンとも喧嘩友達のような雰囲気であったし、北方冒険者ギルド長のテトが面倒くさそうな話をちゃんと聞くとは思えない。
そうなるとノクトやカナがその相手となるはずなのだが、そもそも遭遇の機会が少なそうだ。
一人で寂しくないのだろうか。
そこまで考えてから、ハルカはこの世界に来る前の自分のことを思い出す。
他人の心配までできるようになるなんて、偉くなったものだとハルカは自嘲の笑みを漏らした。
やっぱり後を追いかけて少し話を聞いたほうが良かったかな、なんて思いつつその日一晩休んだハルカは、翌朝街を散歩していて、再びユエルと遭遇することになる。
ユエルは街の一角で、当たり前のようにコボルトたちに囲まれたまま、穏やかな表情で静かに寝息を立てていた。
特級冒険者というのは、そもそもほとんどが常人離れした精神力を持っているのだ。メンタル的にはただのおじさん出身であるハルカが、心配をするまでもないのかもしれなかった。





