人魚やコボルトの交流
「いいですね、では陛下はそのままで」
「あ、はい」
ルノゥは満足そうに潜っていったが、返事の前に『あ』とつけている時点で、国王のあるべき姿としては二流三流である。
とはいえ、破壊者たちは、元々あまりらしさのようなものを求めるタイプでもないし、中身さえ伴っていれば問題なかろうという者が多い。
ルノゥもニルもそれが分かっているからこそ、ハルカが多少国王らしくない言動をしていても気にしないのである。
どうせ最終的にその実力が知られれば、それでみんな言うことを聞くのだから。
ハルカが一応堂々とした姿勢のまま少しだけ待っていると、海面に次々と人魚たちが姿を現す。
コボルトたちは声を上げて喜んでいるんだか驚いているんだかわからないような反応をしている。一方ですぐ近くで釣り糸を垂らしていたアルベルトは、『これで魚釣れんのか?』と明後日の心配をしていた。
「出かけているもの以外を皆集めてきました。何かお言葉をいただけますか?」
ルノゥの言葉に、やっぱりそうなるのかぁと、半ば覚悟していたハルカは人魚たちの顔を端から順に見ていく。今ここで全て覚えることは難しいかもしれないけれど、どんな人たちが住んでいるのかくらいは、きちんと確認しておきたかった。
「私は……、この場所が皆仲良く、穏やかに暮らせる場所になればいいと考えています。それは私一人でなせることではありません。皆さんにも協力をしてもらいたいと考えています。皆さんが手を貸してくださる限り、私も精一杯皆さんのことを守れるよう頑張ります」
シーンと静まり返って反応はあまりない。
これでいいのか、それとも大失敗なのか、判断がハルカには難しい。
「細かな規則は、ルノゥさんに確認してください。……いいですか?」
心配になって確認をすると、そこでようやく人魚たちは各々で反応を始めた。
返事をした者もいれば、岩に座ってべしべしと尻尾で海面を叩く者もいる。
ただ、それらはブーイングではなく、ハルカにはなんとなく、人魚たちが自分の言葉を受けいれてくれているように思えた。
「これでいいんですかね?」
「うむ。以前よりも随分と、王らしくなってきたものだ」
一般的な王と比べればそんなことはないのだろうが、王様の卵の頃からのハルカを知っているニルからすれば大変な進歩である。
特に、自分の理想を守ってほしいと伝え、それができるのならば守るという意思を伝えたのが良かった。それは、数百人の人魚を前にしてもなお、それらを守るだけの自信があると捉えることもできる発言であるからだ。
「そうですか? 自分ではさっぱりそんな気がしませんが」
「良かったと思いますよ?」
ハルカの冷静な自己分析を、下からルノゥが否定する。
ニルもルノゥもハルカに甘い。
その実力を信用しているからという部分もあるが、単純に王という身分に対する期待がそれほど大きくないのもあるだろう。
強ければいい。
強い者が、それ以外の者たちをうまくまとめていればそれが王なのだ。
人族の王と比べるとだいぶ気楽なものである。
その分実力が必要になるし、いざという時にはその腕を存分に振るう必要はあるのだけれど。
「そうですかね……? あの、何か皆さん気になることがあるようでしたら今聞きますが」
「そうですか? では少しお時間をいただいて」
ハルカの申し出を受けて、ルノゥは人魚たちをまとめて、幾人かから挨拶と質問をさせる。それなりに苦労して生きてきた長命な人魚だけあって、ルノゥの統率力は大したもので、特に困るようなこともなかった。
日暮れの頃までそんな風に過ごしたハルカたちは、坂道を上り、〈ノーマーシー〉の街へと戻っていく。
コボルトたちもそろそろ仕事を終える時間なのか、帰り道に随分とたかられながらも、塔の方へと向かっていくと、その先に人影が一つあった。
周りにコボルトを引き連れ、というより、完全に囲まれて足が止まってしまっている上、背中にもコボルトが張り付いている。
その体に力の入っていない立ち姿と、無造作に括られた白に近い銀色の髪に、ハルカは見覚えがある。
そして、だからこそ少しヒヤリと心臓が縮まった気がした。
「……あの、ユエルさん、ですよね?」
「ああ、やっぱりここが〈ノーマーシー〉なの」
足元を気にしながらゆっくりと振り返ったユエルの腕の中には、コボルトが一人抱きしめられている。
それを見てハルカはほっと一安心した。
かわいいものが好きであるようだし、悪意のない無邪気なコボルトたちならばきっと大丈夫だと信じていたが、なにぶんユエルの行動を読むことは難しい。
万が一を考えると、少しばかりの不安はあった。
「王様、知らない人見つけたから捕まえた!」
「えらい?」
その言葉にハルカは再び表情をひきつらせる。
よく見れば、ユエルの足元にいるコボルトたちは、ちゃんとその服や足に掴まって、行動全般の邪魔をしている。
ユエルがゆっくりと振り返ったのは、おそらくコボルトたちが転んだりしないように配慮してくれた結果なのだろう。
「あ、偉いですけど、この人は私の知り合いなので、捕まえなくて大丈夫ですからね。ユエルさん、すみません、あの……」
「そうなのかー」
「わかったー」
わらわらと数人のコボルトたちが離れていくと、ユエルがその動きを目で追いかける。
「私、動物にあまり好かれないのよね」
ユエルがぽつりとつぶやく。
「……ここ、いいかも」
「あ、そうですか……、それは何よりです……」
本格的に大丈夫そうだ。
どうやらユエルもまた、可愛らしい毛玉たちのことを気に入ってくれたようである。





