新入りへの挨拶
街の中心を通る道を歩いていくと、暇なコボルトたちがぞろぞろとついてくる。
コボルトたちの一部はニルをよじ登ったり飛び降りたりして遊んでいるが、いつものことであるらしく、ニルは全く気にせずに歩き続けていた。
案外運動神経の良いコボルトは、うまく登れなくともころころと転がっていくくらいで怪我をするようなことはない。
そのまま街の外まで向かって、コボルトたちが働く畑の間を通り抜け、建設された門をくぐって坂道を下っていくと、湾へと降りることができる。
到着してみると、そこにもまたコボルトたちが魚を釣ったり干したりしながら過ごしており、ハルカたちを見つけると「王様だー」と言いながらわらわらと集まってくる。
目的は彼らではないのだが、しばらく相手をしているうちに、海の中から人魚たちが顔を出す。水を伝って陸地の音が聞こえているのだろう。
「陛下、しばらくぶりです」
「ルノゥさん、お久しぶりです」
ルノゥは人魚たちのまとめ役だ。
思慮深く、一族を守るために適切な判断をすることができるため、ハルカは今回の件もあまり心配をしていない。
ルノゥが水面から顔を出しているため、どうしたって見下ろすような形になってしまう。なんだか偉そうだなぁと思ったハルカは、少しでもそれを軽減するために、膝を折ってしゃがんだ。
「今日は仲間が増えた件についてでしょうか?」
「はい、ニルさんたちからその話を伺ったので」
「まだまだ集まってくるかもしれません。結構あちこちに散らばっていて……、安全な場所を見つけたからと連絡を取っているんです」
元々人魚はあまり好戦的でない種族だ。
コボルトと協力して暮らしてきた歴史もあったので、元々暮らしてきたこの街に戻ってのんびりと暮らせるのならば、それに越したことはないのだろう。
「皆さんここでの暮らしに不満などは……?」
あまり数が増えると、暮らす場所や食事に困るのではないかという懸念があるのだが、どうもハルカには人魚たちの暮らしが分からない。
海の中で何をしているのか見えないので、ルノゥに尋ねなければわからない。
「この辺りの海は豊かですから。それに、海底にはいくらでも暮らす場所を作ることができます。まだまだ最盛期の頃の人数はいませんし、何も問題ありません」
「そうですか……。何か困ったことがあれば遠慮なく言ってください。できることできないことはありますが……」
人魚たちが求めるものは、平和な暮らしだ。
コボルトたちと協力しながら穏やかに暮らしており、何かを要求されたこともない。
それが逆に、今の生活が人魚たちのためになっているかわからず、ハルカとしては少しばかり不安であった。
「それなら……、少し時間をいただけますか?」
「はい、もちろん」
もちろんと答えたものの、急に頼みごとをされると、それはそれで怖い。
水の中に消えていったルノゥの影をなんとなく追いかけていたが、すぐに見えなくなってしまった。
「……なにかあるのでしょうか?」
「何かってそりゃあ……、陛下が来たんだから新しい面々の顔を見せようって話だろう?」
「なるほど……?」
気づけば一緒についてきていたはずの仲間たちは、それぞれ好き勝手にふらついており、周りに全然いなくなっている。
律義に近くに控えてくれているのはカーミラくらいなものだ。
コリンは干し魚を見ているし、アルベルトはコボルトと一緒に釣りを始めていた。
ちなみにモンタナはコボルトに追い回されているが、何せ本人が素早いので余裕をもって逃げ回って、コボルトたちを楽しませている。
モンタナの真似をして、アクロバティックな動きをしようとしたコボルトたちがころころと転がっていくのを見ていると、ハルカとしては少しばかりハラハラする。
レジーナもプラプラとどこかへ歩いて消えていってしまったし、タゴスはコボルトたちによじ登られて困惑していた。引きはがしては地面に下ろすのだが、それが楽しいらしく、コボルトたちはタゴスの登頂を目指している。
「お待たせいたしました、陛下」
ルノゥが音もなく顔を出したせいで、声をかけられるまで気付かなかったハルカは驚いて肩を跳ねさせた。
ルノゥはハルカの性格をなんとなくわかっているので、それを見て小さく笑う。
「陛下、しっかり立って威厳がありそうにしていただいても?」
「威厳ですか……?」
「陛下はちゃんと立っていて下されば、それだけで威厳があるように見えるので」
「そうですか?」
ぴんとは来ていないが、ハルカは立ち上がる。
「そうそうその調子」
ルノゥにおだてられつつ、どこに手を置くべきかと考えていると、ニルから声がかかる。
「その杖とか持ってみたらどうだ? 使っているところを見たことがないが」
「あ、そうですね」
一応常に腰やらリュックやらに引っ付けて持ち歩いているのだが、あまり使うことがない。用途は主に地面に絵を描くときか、鈍器としてである。
モンタナが仕立ててくれた物でもあって気に入っているのだが、戦闘になったとしても、取り出す動作が増えるだけなので使用することがないのだ。
見た目に似合うということでモンタナは満足しているし、コリンもかっこいいと言ってくれる。
だからこれで良いのかもしれないと思い始めている魔法の杖を、ハルカは久々に右手に持って、言われた通り胸を張ってみるのであった。





