〈ノーマーシー〉のゆったりとした変化
〈北禅国〉にたどり着くまでにハルカがとった休息は一度。
適当に人のいない場所を見つけて一晩を過ごし、翌朝にはすぐに出発をして、〈北禅国〉上空で大喜びのナギに迎え入れられた。
ナギの急な出発でハルカたちの帰還に気づいたらしい大門は、城の方で歓待の準備をはじめさせていたようで、ハルカたちがナギと共に城へ戻ってきたときには、すっかり炊事場からは白い煙が上がっていた。
領主の代行をしている大門には、行成たちが無事であることと、今回の経緯を報告しておく。
行成が帰ってきたあかつきには、改めて追加の情報を聞かされることになるのだろうが、この時点で知っておけば何かしら準備できることもあるだろう。
大門は多少驚きながらも、行成同様「ハルカ殿のすることですからなぁ……」とあきらめたように受け入れて曖昧に笑った。
そんな無茶苦茶をしたつもりはないハルカとしては、何から何まで自分の責任にされるのは困ったものだが、それで納得してもらえるのなら抗議まではしない。
特に美味しいご飯が出てくれば、それくらいの些細な引っ掛かりはすっかり忘れられるのは、ハルカの良いところだ。
この世界に来てから考えること、悩むことが以前に増して随分と増えたものだから、ちょっとした勘違いならばおおらかにスルーするスキルが身についたようである。
城で一泊し、翌朝旅立つときには、大門から米俵やら調味料やら乾燥させた海産物やらを、まとめて渡された。
一度は断ってみたものの、渡さなければ自分が行成から叱責されるという大門の言葉を受けて、ありがたく頂戴し、ナギの背中に乗って出発。
何も問題ないまま〈ノーマーシー〉へたどり着いたところで、こちらでもまた事情の説明。今後数年、数十年先にあるかもしれない交易計画なんかの話も共有しつつ、のんびりと過ごした。
翌朝、本当に早い時間からハルカたちが休んでいる建物の中で、パタパタと走り回る音が聞こえてきて「おはよう王様!」という声が響く。
この街では基本、施錠という概念がないものだから、コボルトたちが平気で建物の中へ入ってくるのだ。
確かに太陽が昇り始めた頃であることもあって、ハルカは素直に体を起こして今日の活動を始めることにした。
コリンなんかはまだ眠たかったらしく、コボルトを捕まえてベッドにもぐりこんだ。しばらくわーわーとそのコボルトが騒いでいたが、すぐにその声は静かになった。
一緒に温かいベッドの中に潜ったら、眠たくなってしまったのだろう。
実に平和なことである。
どうせハルカたちに声をかけに来たコボルトは、今日は休みのコボルトたちばかりなのだから、のんびりと過ごせばいい。
アルベルトの朝の訓練に付き合っていると、モンタナがのそのそと歩いてくる。
どうやらコボルトに声をかけられて、仕方なく起きてきたらしい。
ハルカがウォーターボールを出してやると、モンタナはその中に顔を突っ込んでしばらくブクブクとしてから、脱出してぶるぶると頭を振るった。
ついてきていたコボルト数匹も、飛び散って体にくっついた水を払うために、体をぶるぶると震わせる。
こちらもなんとも平和なことである。
さて、のんびりと起きてきたコリンも交えて朝食を済ませたところで、ニルが「そういえば……」と話し始める。
「実は陛下が出かけている間に新たな住人が増えてな……。詳しいことはウルメア」
当たり前のように一緒に食事をするようになったウルメアは、話を振られたことに面倒くさそうな顔をしつつも、食べ物を水で喉に流し込んでから口を開く。
「北と南から、人魚の一族が合流した。北の一族が百四十二、南からやってきた数種族が三百六十三。計五百五名。元からいた人魚と合わせると、千十八名になった。ルノゥが率先してまとめているが、折角来たのだから顔を出しておいた方がいい」
「よく数までしっかり把握していますね……」
「当たり前だ」
ウルメアは完璧主義である。
任せられたのは主にコボルトの世話に関してであるが、非力になった今のウルメアからしてみれば、この街の全てが自分を守るための盾のようなものである。
この街をどれだけ発展させ、強大にしていくか。
それが今のウルメアの生きる目的でもあった。
「働き者でな、放っておいても色々なことをよく覚えておるのだ。実に便利だぞ」
「別に私だけで対応しているわけではない。コボルト以外の者はラジェンダやエターニャに相手をさせている。エターニャに、私が行くと話がまとまりにくいと言われたからな」
「……仲良くやっているんですねぇ」
まさかウルメアが他の者の働きまで言及してくるなんて驚きだ。
あのプライドが高く、他人のことなどどうでも良いと思っていたはずのウルメアがである。
「仲良く? お前が一緒に働けと言ったのだろう」
「はい。休める日は増えましたか?」
「暇な日ができたので、自主的に街を回るようにしているが、時折あの二人に邪魔をされて面倒だ。何とか言っておいてくれ」
「陛下よ、放っておいていい。こいつがあまりに休まんから、料理を一緒にしたり、散歩をしたりして休ませているだけだぞ」
それを自分で無理やり解決しようとせず、ハルカに何とかしてもらおうとする辺り、やはりウルメアは随分と柔らかい性格になったものだ。
まぁ、考えてみればこの街の中でウルメアより弱いのは、おそらくラジェンダかコボルトの子供くらいであろうから、仕方のないことだ。大人しくしているのも渋々かもしれないが、そうやって少しずつそれが当たり前になっていけばいいとハルカは思う。
少なくとも魔素砲を持ったコボルトの方がウルメアよりも強いことは間違いない。
「余計なお世話だ」
「いやぁ、なんだか平和でいいですね」
ウルメアは口を半分開け、眉間に僅かに皺を寄せながらハルカのことをじっと見つめる。
自分をこんな体にした張本人に、ここまで悪意のないとぼけた顔をされると、ウルメアはなんとも言い難い微妙な気持ちになるのであった。





