チー牛、海イベに行く5
師匠のライブも終わり、neji-yのファンはほとんどがneji-yのグッズの物販に行き、買い終わった客も財布の紐が緩んだからか他の屋台で買い物を始め、客席はガランとしている。
ステージの近くで5人の男達が輪になって何かしていたので、それとなく近寄ってみるとなんとこいつら即興でラップをしている。
『サイファー』してる!
DJの流す曲に乗せて1人ずつ順番にフリースタイルで何小節かずつラップして繋いでいる。いわゆる『マイクリレー』というやつだ。
「……
スカスカのフロアを沸かすぜ俺が
なんならステージ、登るからどけな」
「沸いてる風呂やらフロアや頭
何言いたいのかも既にわからん
パスザマイクされりゃもずっと離さん
バカなんだ、すまん許してくれ」
ラッパー達がスラスラとラップしていく。しかも韻まで踏んでいて、なんて頭の回転が早いんだ。ラップしなれてないとこんな速度で言葉が出てこないだろう。
やってみたいような……でも出来ないかもしれない……そんな考えを繰り返していたが、それよりもリリックが出てきてしまう。曲に合わせて思わず体が動くし、他の人がうまい韻を踏んだ時には思わず「おーー」と声が出ていた。
サイファーをする5人のすぐ近くには俺しかギャラリーはいなかった。おそらく黙って見ている分にはスルーさせていただろうが、俺が外野のくせにやたらと声だしたり一人でぼそぼそとラップしたりしていたからか、サイファーをしていた一人の男が俺に気づいて話しかけてきた。
「何?キミ、ラップすんの?」
見た目はちょっとストリートっぽいが大学生くらいだろうか?同い年くらいのようだった。
「アッ……その……ウッス」
同い年だとしても初対面にいきなり話しかけられるのは免疫が無い。
「お?マジ?なら一緒にする?」
その男の声が聞こえたのか他の4人もサイファーを止めてわらわらと徒党を組んでこちらにやってきた。
「こいつラップするんだってよ」
「え?マジで?」
そう言いながら俺の全身を上から下までじっくりと見ている。今日は師匠コーディネートのオシャレファッションだ、disろうものなら命は無いものと思え?
「あ……でもフリスタはチョット……まだあんま出来ないッス」
俺はこのままサイファーに参加させられそうだったのでなんとか否定することにした。
「そうなんだ。どうする?2バくらいしてみる?」
2バか……さっき聞いていた限りだと2小節とか4小節くらいでマイクパスしていたのでそれくらいならやれるかもしれない。
「ウ、ウッス……」
「おー!ならやろうぜ!」
みんななんか楽しそうだった。時計回りでマイクリレーしていくようで、前の人が踏んだ韻を引用するなどのルールは無く自由だった。マイクパスは合図すれば交代って感じらしい。
俺にさっき話しかけて来た奴が俺の左側に陣取り、そいつスタートで俺が最後だ。それを2バース、つまり2周ということか。
左側の奴がDJの曲を聴きながら入るタイミングを見定めている。
「ちょうど俺の好きな曲なんだよ。ここのバース終わったとこからいくわ」
そう言ってしばらく聞き込んでいたがバースが終わるタイミングで少し姿勢が前のめりになった。
「yo酒が入ってて(ちんぷんかんぷん)
けどもカマすぜ(韻踏むラップ)
出来上がった輪の中で(エンジョイ)
上がり続ける俺らの(テンション)」
「テンアゲで登場したヤ(バい俺)
どきな危険だぜ俺は(バイオレン)ス
雑魚どもは黙ってマスでも(かいとれ)
やべぇ奴は一緒に韻を(書いとけ)」
「OK前の2人が振った(賽の目)
包み込むオーラ、サイズ(太陽系)
言ってみればこれ(スーパーノヴァ)
掌握してんのさ(空間をな)」
「食うか食われるか(食物連鎖)
食われた時の(ショックも辛ぇさ〜)
だから食われないように(食う努力)
毎晩フードコートで(中トロ)」
「(フードロス)無くすため俺
なんでもいいよ、魚・(肉・野菜)
バランス良く(得よう)(栄養)、(A-YO)
(A4)サイズにしたためるリリック」
「俺は(チー牛)、基本は(Peace)
(beef)は取って置けメイン(ディッシュ)
スープにサラダに(パンや前菜)
もらった事ねぇ(なぁ~バレンタイン)」
なんとか1回目は乗り切れた。3小節目まではスムーズにいったが4小節目、完全に韻に引っ張られて全然関係無さ過ぎる事を言ってしまった。真夏にバレンタインの話も謎だし、しかも突然の自虐カミングアウトとかされても何?って思われただけだろう。気を取り直して2回目にいこう。次は自己紹介で切り抜ける事はできないぞ。しっかりみんなのラップを聞こう。
「俺モテ(まくり)ー腕
お前も酒飲め(やグビッ)っと
今日も寝酒、そろそろ(あくび)
眠気に襲われてくるだ(ろう)酒(量)」
「寝たら死ぬぞ(氷山の一角)
ラッパー激戦区で(遭難よみんな)
救援信(号SOS)
よりラップで温めて(燃えるそうです)」
「チンするレンジ加熱(2分半)
アチッ!火傷する熱さ(にフーハー)
炎天下で食う(フランクフルト)
ケチャップ付いてねぇ!(不満不服と)」
「口直しには(やっぱカキ氷)
一気食いし(頭に超キーン)
それも夏の(醍醐味)
嫌な事全部捨てな(粗大ゴミ)」
「俺ならイチゴ味の(練乳マシマシ)
neji-yに俺の(練乳出した)
超タイプ、マジで(超好きだー)
ライバル全員」
「neji-yの知名度(高いらしな)
CDにグッズ、(買いな皆)
俺も今日からヘビロテ(確定だ)
だからみんなもCD(買ってな)」
ちょうどneji-yの話を振ってきてくれたおかげでなんとか4小節乗り切れた。なんかneji-yの関係者ばりにCDを販売しようとしてたな俺。
「「「イエーーーイ、yeah,yeah,yeah」」」
2周目が終わってみんなが一人一人と手をごちゃごちゃと握手したり拳同士をぶつけあったりして健闘を称え合っている。
いわゆる『DAP』というやつだ。
俺は全くわかってないがとなりの奴がしてくれた動きを真似る。向こうがリードしてくれる形だった。
腕相撲の腕の形で指相撲のような握手を1回、続いて普通に握手1回、同じ位置で今度は『Fist Bump=拳同士をぶつける』を1回し、最後にお互いの右肩同士をぶつける形で軽くハグをした。
3回目くらいでやっと覚えた。これが彼らの仲間内のサインなんだろう。こんなに人と手を繋いだりハグしたりしたのはいつぶりだろう。高2の時の体育祭の社交ダンスでは、女の子から何の打ち合わせもしていないが察しろと言わんばかりに手を繋いでいるようで触れていないエア社交ダンスをしたっけな。
それより古い記憶はもう葬り去ったので覚えていないな。
「いい感じじゃ~ん」
「ア……アザス」
サイファー中に俺の向かい側でラップしてた奴から話しかけられお褒めの言葉をいただいた。話を広げられたらいいものの、一体何を話せばいいんだろう。「本日はお日柄も良く……」じゃないし、なんだ……?そうか、俺も褒めよう!「あなたも良かったです?」うーん、「あなた」って言い方少し変だな。「キミ」……いや、なんか言い慣れないと違和感がすごい。「お前……」は殺されそうだし……そうだ!「そちら!そちらもいい感じでした」これだ!これでいこう!
俺が必死に頭をフル回転させていたところ、後ろから話しかけられた。
「チー牛さん、お楽しみ中のところ失礼します」




