チー牛、海イベに行く3
ステージ上で歓声を浴びているのはどう見てもアイジェン師匠だった。
neji-y……
ひっくり返したら
y-ijen……
y-アイジェン……?
もしかして名前をひっくり返したって事なのか?
にしてもneji-yって何なんですか師匠?しかもこの人気は一体?スペシャルゲスト?師匠は有名人?ラッパー?え?え?どゆこと??
頭の中に一気に疑問が押し寄せてきてパンクしそうだ。
そんな俺の事はお構いなしにステージ上にいる師匠はマイクを握り口元に近づけると、そのタイミングで音楽が流れだす。その瞬間にまた客席からドッと悲鳴のような歓声があがった。どうやら有名な曲らしい。俺にはわからないがみんなイントロを聴いた時点でキャーキャー叫んでいる。
師匠が歌い出した瞬間からみんな叫ぶのを止めて歌に集中した。
……ん?なんだ?
この歌、どこかで聴いた事あるぞ??
何かのドラマのテーマソングじゃなかったか?ドラマ自体は見て無いけどCMでちょうどここのフレーズが流れてる。
これは、つまりどういう事だ?
師匠がモノマネがうまいとかそういう話じゃなくて、この曲は師匠がリリースしてる曲って事なのか?
なかなか現実を受け入れきれない。というのも、この曲は全然ラップではないのだ。曲自体はラップが乗せやすいようなトラックなのだが、師匠は終始歌っている。サビだけでなく1バも2バもだ。
結局一切ラップしないまま歌いきった。
楽器などは無いが音楽が流れているのは、師匠の後ろにいるDJが音楽を流しているからだろう。
またDJがドゥクドゥクというスクラッチを鳴らした後、次の曲が流れだした。
また観客の歓声が沸き起こる。もしかしてこの曲も有名なのか?
英語の歌詞が多めの曲で、師匠の英語が流暢過ぎて俺のヒアリング力では全く聞き取れなかったが、サビの部分はこれまた聴いた事があった。多分CMでだ。何に使われた曲か思い出せ無いが、リビングで常にたれ流されているテレビから流れている程度でしか見ない俺ですら聴いた事がある。耳に残るフレーズだった。
さっきから師匠が歌っているのは……
確か『R&B=リズム・アンド・ブルース』というジャンルだったはず。
前に師匠とカラオケに行った時に軽く説明されたのを思い出した。その時は覚える事がたくさんありすぎてあまり気にしてなかったが、まさか師匠の本職はR&Bのシンガーだったのか……
R&Bというのは、確か元々は黒人音楽で、元々『ブルース』というちょっと暗い感じの歌い方のジャンルがあり、『リズムを効かせた音にブルースをのせたものがR&B』だった……かな?
師匠がサラサラと説明しながらカラオケの部屋の中で、スマホの動画で見せてくれた昔のR&Bの曲は今ステージ上で師匠が歌っているような雰囲気よりも白黒の映像が似合う渋めで古い感じの曲だった。
だが師匠が歌っているようなhiphopっぽいビートで歌うっているのが現代のR&Bというジャンルと説明してた……よな。
「hiphopとR&Bは厳密には違うのよ!」と師匠が必死に説明していたが、いくつか聴かせてもらった曲の中ではフィーチャリングでラッパーがラップしているものもあったし、区別がつかないでこんがらがっていた。
自分の頭が追いついてなかったし、師匠も察してくれたのか
「hiphopっぽい曲を『歌っていればR&B』、『喋っていればラップ』くらいの感覚で捉えておけばいい」
と、溜め息混じりで諦めながら説明されたんだったな。その解釈で俺を納得させて次の話題にいったのを憶えてる。
つまり、師匠は『neji-y』と言う名前で本職のR&Bのシンガーとして活動しつつ、かたや『アイジェン』と言う名前で畑違いのラッパー(……はしてないな)もといネットライマーとしてDuxiの韻乱闘城の管理人としてネットライム界の底上げ的な存在として二足のわらじを履いていたということか……
ネトラ界を盛り上げたりみんなをとりまとめ、さらにみんなからの信頼も厚い『アイジェン』がまさかあんな若い女の子だと知る人は誰もいない。
知っているのは俺だけだ。
……さっきの使いの者も知ってるのかな?話した感じ、よくわかってない感じだったな。
さらにその『アイジェン』がまさか、今ステージ上で歓声を浴びながらドラマで使われている有名な曲を歌っている『neji-y』本人だとは誰も思わないだろう。
知っているのは俺だけだ。
なんだろう……この言い知れぬ優越感は……
俺と師匠だけの秘密……
俺があのステージ上の『diva=歌姫』と二人だけの秘密を共有している……だと?
俺、芸能人の知り合いが出来てしまっただと!?
サインを家に飾ったりしたい!「チー牛君へ」とか書いて欲しい。確か名前を書いたサインは価値が下がると聞いたがそんな事どうだっていい。売る気なんか全く無い。
俺はこの嬉しさを誰かに伝えたくて仕方なかった。いっそ隣りの奴に「あそこで歌ってる人、俺の知り合いなんすよ」と言いたかった。
前後左右を振り向こうと思ったが、よく考えたら隣りの奴にいきなり話しかけるなんて無理だな、と思った。それに隣りの男はさっきから熱狂しまくりで、ビシバシと俺に肘やら肩をぶつけてきて圧をかけてきやがる。
俺も負けじと腕を上げてみようとしたが、こういうのは慣れが必要なのか?これだけ周りが腕を上げて曲に合わせて手をふったりしているのに自分には出来なかった。
師匠は合計4曲ほど歌いきった。
俺が辛うじて知っていたのは最初の2曲だけだったが、観客のボルテールはそれ以降も上がりっぱなしだった。
「今日はありがとーー!!」
ステージ上の師匠は次の曲にいかず、喋りだした。




