チー牛、海イベに行く2
「チー牛!チ~~牛!!こっちこっち!」
後ろの屋台の影から声がした。
振り向くと大きめの麦わら帽子にデカい黒のサングラスの女の子が手招きをしている。これだけ顔を隠しているにも関わらず可愛かった。
誰かはわからなかったが、おそらく師匠の声のようだ。
俺が呼び止めてられて足を止めている間にも使いの者はそれに気づかずに人ごみをかき分けてグイグイと先に進んで行ってしまった。
俺は使いの者とおそらく師匠である女の子をキョロキョロと見比べた後、喜んで女の子の誘う方に行く事にした。夏の悪魔に魂を売った気分だ。俺の選択は間違っていないはず。
屋台の陰に隠れたところで、その女の子がサングラスを下にズラした。
「ヤホー!アタシだよ!」
やっぱり師匠だった。
「あ、お疲れ様ッス」
師匠に会釈した。会ったのは2回目なので緊張する。
「師匠、さっきの使いの者、行っちゃいましたけど置いてきて良かったんすか?」
「あぁ、いいよいいよwwてか使いの者てww」
「師匠が言ってたじゃないですかwwあの人何なんですか?」
「うーーん、さぁねぇ~?」
「えぇ~~。師匠はどっかの金持ちのご令嬢なんですか?もしくはヤ○ザ?」
「どっちも違うっつーの!」
ケタケタと笑いながら人通りの少ない屋台の後ろの方を歩く。
「にしても海なんて10年くらいぶりに来たんすけど、最近の海ってこんなに屋台とか、あっちにステージあったりするんすね~」
「ここビーチじゃなくてステージエリアだからね。泳ぎたいならあっちだよ?」
確かにそう言われると誰も泳いでいないどころかみんな通勤ラッシュみたいに突っ立ってたり歩いていたり、というかステージの方を見ている。そもそもステージエリア……なんだそれは?
「あ、なら水着とかはないのか……」
師匠との海での水着イベント的なものを期待していたがそういう場所では無いらしい。師匠はこんなクソ暑いのに、水着とまではいかないにせよ、せめて肌くらい出した格好をしていてくれてもいいというのに、露出0のパーカーなんか着ている。下はショーパンだから脚を拝む事はかろうじてできたが。
やっぱり海なんか嫌いだ。
「水着?着てるよ?」
そう言って振り返った師匠はパーカーのジッパーを喉元からへそまで一気に開けた。パーカーの隙間から黒いビキニがこんにちはした。
俺は慌てて暑中見舞いを申し上げようとしたが、それより前に師匠はパーカーをまた上まで上げてしまった。
「ワタシは朝一で少し泳いできたからね~」
そう言って師匠はケタケタ笑っている。
「泳がないなら、俺はなんのためここに来たんすか?」
素朴な疑問をぶつけた。師匠が俺を海に呼びつけた理由はなんだったんだろう?
「え?何?チー牛、泳ぎたかった?」
「あ、いや、そんなんじゃないッス。俺泳げないですし。そもそもここ、何をするところなんすか?」
俺が周りをキョロキョロと見渡しながら師匠に尋ねた。みんなここで何を突っ立っているんだろう?
屋台で買ったであろう飲み物を片手にステージの方を向いている。ステージの方でも何か音楽が流れているようだったが、誰かが歌っている様子もない。
「チー牛、クラブって行った事無いんだよね?」
「クラブ?ずっと帰宅部です」
「?あぁ……そーじゃなくて、音楽が流れてるクラブ!」
「あぁ?あーはいはい、クラブね?そのクラブね?はいはい。わかるわかる」
「わかってないでしょ?」
「ウッス」
俺は正直に答えた。
「要はDJが音楽流して、お店がお酒出して、お客さんが音楽聴きながら踊ったりしてるところよ」
「ほーん。そんなん楽しいんですか?」
「まぁ、人次第?かな?自分の好きなジャンルの音楽が流れるイベントとか、常連の友達と会うために行くとか、ナンパしにいくとか、楽しみ方は人それぞれなんじゃない?」
「あー、なんとなく思い出したかもッス。パリピのイメージのやつッスね?ウェーイとか言ってる……」
ハロウィンで街中を練り歩いて調子に乗った頭の悪そうな奴らの事を思い出していた。
「あぁいう奴らが行くのはいわゆる『チャラ箱』ってところかな?『箱=お店』によって流れてる音楽や客層も違うと思うよ?」
そう言って師匠はステージに群がる人集りを見た。俺もその視線につられて人集りを見る。
「ここはね、そのクラブみたいなものよ。それの大きい版だと思えばいいわ」
「大きい版……」
「そ。出店とかあって、野外ステージがあって、ゲストとか呼んで……。今日はhiphop寄りのフェスだから客層も……そんなには騒いでないでしょ?」
師匠の言う通り、どちらかと言うと騒いでいるより逆にみんな音楽に合わせて静かに頭を揺らしてたり、体をぶらぶらとさせていたりする。音に身を任せていると言う感じだ。
「早く行こー!次neji-yのライブだよ!前取っておこっ!!」
俺の横をキャーキャーと騒ぎながら3人組の女の子が横切った。
「ヤバッ!そろそろ時間だ!」
女の子の会話を聞いて師匠は慌ててスマホで時計を確認した。
「師匠、どうしたんッスか?」
「チー牛、そこの出店で飲み物でも買ってね!次ライブあるから!ワタシ行かなきゃだわ!クラブ楽しんでね!」
「?ウッス!」
そう言って師匠はいそいそと人集りの中に消えて行った。師匠もneji-yとやらのファンなのだろうか?
これは、俺が気を利かせて師匠の分の飲み物まで買って行くとポイントが高いのかもしれない。
善は急げ!
俺は近くの屋台でオレンジジュースのペットボトルを2本買った。2本で800円だと?バカか?そうだ、思い出したぞこれが屋台クオリティだ。さっきのバス停のとこにあった自販機なら160円だぞ?わざわざ店員と話す苦行までしてなんで高い金まで払わされるんだ?
俺は心の中でずっと愚痴をこぼしながら人混みをかき分けながら師匠を探す。前から10列目くらいのところまで来たところで音楽が止んだ。
「イエーイエーイエーー!みんな盛り上がってマスカー!」
「「イエーーーーイ」」
ステージにマイクを持ったイカつい髭の20代くらいの男が現れ、みんなを盛り上げようとしている。
俺だけが盛り上がってないようだが、周りの奴らはすごく楽しそうだ。
「イエーーーーイ!じゃあ本日のスペシャルゲスト『neji-y』の登場DAーーーー」
いわゆるスクラッチというやつだろうか?ドゥクドゥクという音に合わせてステージの脇からスペシャルゲストとやらが登場した。
身長はそれほど高くは無いはずだが、スラッとした体型だから背が高く見える。黒髪でゆるいパーマをかけていて、左耳から垂れる大きなピアスと長いまつげ、高くスラッとした鼻が、少し外人っぽさを感じさせる。
スペシャルゲストの登場と共に会場が一気に客席がドワッ!と湧き上がった。一体感と言うのか?鳥肌が立った。
ステージ前には女の子達がたくさんいて、みんな「neji-y~!」やら「マジヤバい!」やら「超カワイイ!」と叫んでいる。
確かにneji-yは可愛かった。
……というかアイジェン師匠だった。




