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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
99/311

1-99 戴冠式 7

 翌日。


 モルーグ王国の首都『ペリトーラ』は雲一つなく澄み渡っていた。時折、昼物の花火がその空に鮮やかな色の煙の花を咲かせている。


 首都を取り囲む城壁の外側の市街地では、大通りに沿って建てられた市が大変な賑わいをみせていた。アレキサンドル公は前王とは異なり市を隠すような真似をしないばかりか民衆のために助成金まで出したからである。

 店の数は普段の1.5倍、客の数は3倍といったところか。新王誕生を祝う祭りは庶民の間で既に始まっていたのだ。

 そして、昨日まで城壁内外でよく見かけたウィルファン王子親派の演説は鳴りを潜めていた。ウィルファン王子が既にフィスリニア王となった今では、ウィルファン王子をモルーグ王にと言う彼等の主張は叶わぬものとなったからである。




「やっと方針が纏まりましたね」

 ここは迎賓館のとある一室。モルーグ王国の西方にある国からの来賓の部屋である。

 戴冠式に出席すべくモルーグ王国へやって来たその国の使節達は、一様に目の下に隈を作り疲れた顔をしていた。その原因はウィルファン王子の帰還にあった。

 彼等の最大の目的は、戴冠式への出席ではなく、その後に行われる実務者協議である。新王のもと、新しい体制となったモルーグ王国との協議は今回が初めてであり、今後の両国間の力関係や方向性を計るためにも重要な協議なのだ。

 最初のこの協議で相手よりも優位に立つことが出来れば、今後の様々な交渉もやりやすくなるのである。

 そして、彼等が優位に立つための交渉カードとしていたのが、フィスリニア王国との外交上の不安と、ウィルファン派の反発による内情不安、そしてアレキサンドル公が簒奪王である事に対する世論の反発であった。


 これらの不安材料への対処の援助と言う名目で様々な恩を売り、貿易や国境問題などで色々と譲歩してもらおうと言う腹なのである。そして、そのための提案や交渉手順を幾つも用意して来たのだ。

 それはこの国に限った話ではない。招待された全ての国は多かれ少なかれ似た状況だったのである。

 しかし、ウィルファン王子がフィスリニア王となって帰還した事で、ウィルファン王子絡みの交渉カードの価値が薄まった。そのため、交渉戦術の修正を余儀なくされ今朝まで本国との協議が続けられていたのである。


「まったく、フィスリニアの対応には参りましたね」

「あぁ、しかし、アレキサンドル公が簒奪王である以上、ウィルファン王子やフィスリニア王国との間の溝が完全に埋まる訳ではないから交渉カードとしての価値はまだあるはずだ。それに期待しよう。そろそろ時間だ。さぁ、行くか」

 彼等は疲れた身体に鞭打って、式典会場へと向かうのであった。




 戴冠式が行われる大広間は、招待された諸国の来賓と国内各地の諸侯達によって満たされていた。

 諸国の来賓達はお互いに疲れた顔を見合わせて、何処も昨夜は大変だったのだなと言葉を交わさずとも理解し、恨めしそうにフィスリニア王国の来賓席を見つめる。

 しかし、そこに座っていたのは、主席執政官のアルベルトだけであり、ウィルファン王子の姿はなかったのである。

(これは、簒奪王の戴冠式に出る事は出来ないと言うウィルファン王子の抵抗の表れではないのか。まだ交渉カードとしての価値はあるのでは)

 と、諸国の来賓達が考え目を輝かせた。対して、国内の諸侯達は同じ推測で不安そうな顔をした。そんな中、アルベルトは我関せずと言いたげに、すました顔で式の始まりを待つのであった。


 やがて、定刻となり、楽隊による演奏が始まる。これを機に人々は話しを止め、大広間を挟んだ玉座の反対側の扉を見つめる。

 扉がゆっくりと開かれ、王族の正装に身を包んだアレキサンドル公が入場して来た。

 正面の玉座に向かって堂々と進む様子に感嘆の声があちらこちらから湧き上がる。

 しかし、アレキサンドル公が玉座に近づくにつれ、その声はざわめきに変わっていった。皆がようやく気付いたのだ。玉座に王冠が置かれていない事に。

 簒奪者が王位に就く場合、玉座に置かれた王冠を自ら手に取り被るのが習わしである。その王冠がないのだ。


「何という不手際だ」「どうするつもりだ」「この晴れの舞台が台無しだ」「誰かの陰謀か」

 そのような声が国内の諸侯からも来賓からも湧き起こる。この中で、黙ってニヤニヤ笑っているのはアルベルトだけであった。

 皆の心配をよそにアレキサンドル公はズンズンと玉座に近づく。そして皆が想像だにしていなかった行動をとった。玉座の一歩手前でひざまずいたのである。

 多くの者は何が起こっているか判らず茫然としている。しかし、諸侯の中の古参の者は「まさか、これは・・・」と小さく驚きの声を上げた。


 アレキサンドル公がひざまずくのに合わせて、楽隊がさらに音量を上げる。すると今度は玉座の側の扉が開く。そして開いた扉から現れたのは・・・ウィルファン王子であった。

 ウィルファン王子はモルーグ王族の正装に身を包み、王のマントを羽織り、王冠をその両手で抱えていた。皆が驚きざわめく中を厳かに歩み進み、玉座とアレキサンドル公の間に立ち、ひざまずくアレキサンドル公を見下ろしたのである。


「・・・やはりこれは、正式な王位継承の儀式なのではないか!」

 先ほど声を上げた古参の者が感動のあまり声を上げる。彼等は前王の戴冠式の様子を知っていたのだ。

 その事を知った国内の諸侯は歓声を上げる。しかし、ウィルファン王子の良く通る、それでいてしっかりとした声で王の勅が始まるとそれ以外には何も聞こえなくなった。


 ウィルファン王子の言葉は、厳かに滑らかに奏でられる。その言葉は、モルーグ王国の創世の歴史から始まり、歴代王の偉業を経て新たな王への訓辞と、まるで歌のように場内に浸透していった。

 アレキサンドル公は、ウィルファン王子の言葉を、頭を垂れて聞きながら、夕べの会話を思い出す。




「正当な王位継承儀式だと?!それでいいのかウィルファン!」

 アレキサンドル公はフィスリニア王国の作戦を聞き思わず声を荒げた。それではウィルファンが辛いだけではないのか?

 しかし、ウィルファンは静かに微笑み、こう言ったのだ。

「最初に言ったではないですか。『モルーグ王族として最後の仕事をしに来た』と。これはモルーグ王国の今後にとって重要な事であり、我がフィスリニアが目指す世界的な戦略の上でも重要な一歩なのです」


 アレキサンドル公はようやく気付いた。ウィルファンを始めとするフィスリニア王国の人々は、自分を始めとする世界中の為政者達とは見ているものがまるで違うのだ。我々が己の国家のみを心配している間、彼等は世界の行く末を見ているのだ。

(なる程、ウィルファンがフィスリニアを離れたがらない訳だ)

 しかし、ここまでの策を立てたのは誰なのだろうか?ミーア=リーア殿か?アルベルト殿か?

 もし別人だとしたら、フィスリニアには一体どれほどの人材が揃っているのか、考えただけでも羨ましい限りだ。

 アレキサンドル公はそのように思いながら、ウィルファン王子達と今後の戦略を話し合ったのである。


 因みに、ウィルファン王子をフィスリニア王として送り出したのはフィリアであり、『第二学院』の計画は随分前からあったものだ。

 そして、戴冠式の件についての発案者は、ミリーでもアルベルトでもない。なんと、城の女官長『マーサ=マーレイ』だったのである。

 マーサは、旧ダリスタン帝国の宮殿の女官長をしていたころから近隣諸国の式典の有り様に精通していた。これは、諸外国から式典への招待を受けた時に、(あるじ)が恥を掻かないようにするためだった。そのため、当然のようにモルーグ王国の戴冠式の情報も持っていたのである。


 そのマーサが出発前に聞いたのだ。

「ウィルファン様がアレキサンドル様に王冠をお授けになるのですよね?」

「・・・えっ??」

 それが、マーサ以外の全員の反応であった。式典そのものに関しては全く重要視していなかったのである。

 それを知ったマーサは呆れながらウィルファン王子を文字通り叱りつけた。

「他の方々はいざ知らず、ウィルファン様ともあろう御方が何を呆けていらっしゃるのです。アレキサンドル様をこのまま『簒奪王』になさってよろしいのですか?アレキサンドル様を慕っていらっしゃるのなら、前王の直系であるウィルファン様が代理で王冠をお授けになればよいではありませんか」

 マーサは単に思いやりの心からの提案であったが、それが政略的に大きな意味を持つ事にウィルファン王子達は気付いたのである。




 ウィルファン王子は全ての言葉を伝え終わると、手に持つ王冠をアレキサンドル公に被せ、羽織っていたマントをアレキサンドル公に羽織らせる。

 そしてアレキサンドル公が立ち上がり、参列者に向かって、新王の宣言と誓いの言葉を高らかに放ったのである。


 式典会場は、総立ちとなった参列者の割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。国内の諸侯の中には感激のあまり泣き出す者まで出る始末だ。

 諸国の来賓はというと、立ち上がり拍手はしているものの、驚きのあまりポカンと口を開け青ざめていた。『簒奪王』ではなくなった事もさることながら、

アレキサンドル公の宣言の内容が利いていた。

 それは、フィスリニア王国と共同でモルーグ王国内に『第二学院』を設立する、というものである。

 こうして、諸外国は、用意した交渉カードの全てが無効化されたばかりでなく、『第二学院』というモルーグ王国に有利な交渉カードが現れた事を知ったのである。


 諸国の来賓は、(これで今日も徹夜だ)と、恨めしそうにアルベルトを見つめ、当のアルベルトは、というと、我関せずといった様子で、満面に笑顔を浮かべて拍手を続けるのであった。

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