1-100 戴冠式 8
メイシア=リームゼンが釈放されたのは、戴冠式の日の夕方近い時刻であった。
この日、ゴルジア前王やデロン=ドロスにより投獄されていた政治犯達の一部が恩赦により釈放された。メイシアへの恩赦はその中に目立たないように忍び込ませてあった。
メイシアは投獄される際、アレキサンドル公の厳命によって丁寧に扱われたが、薄汚い独房の中でたった一人でいれば(このまま、ずっと閉じ込められるのではないか)と不安に駆られるのは当然であった。
そんな不安を抱えながら、しかし何もする事が出来ないメイシアは眠れぬ夜を過ごし、夜が明けてからは明かり取りの鉄格子の窓から見える青空をぼんやりと眺めていたのだった。
差し入れられる不味い食事と窓からの日の傾きが時間の経過を知らせる中、ようやく独房の扉が開き、釈放が言い渡された。
メイシアが少し涙ぐみながら独房から出ると、そこに待っていたのはアルベルトだった。
「アルベルト様が・・・どうして・・・」
高い身分の方の思わぬ出迎えに、メイシアは思わず怯んでしまう。
「メイシアさんは今日からフィスリニア王国預かりとなったんだ。当然迎えに来るさ。基本我々と行動を共にして貰うからね」
メイシアはコクリと頷くと、おどおどと口を開き、小さな声で呟く。
「あの・・・私の事は呼び捨てでお願いします・・・」
「じゃあ、ウィルファン様が呼んでたように愛称で『メイシー』と呼んでもいいかな?」
メイシアは一瞬驚いた顔をしたが、また俯いてコクリと頷く。
(なる程、これが普段の様子か。本当に内気な子だな)
アルベルトは納得し「行こうか」と声を掛けた。
拘置所から外に出たメイシアは思わず辺りを見回す。いつもいつも毎日毎日、見慣れた光景である。が、ちゃんと見ていなかった事に今更ながら気付く。
あの屋根はあんな形だったっけ?あの壁はあんな色だった?
私はこの街が嫌いだった。
この街は私を蔑み拒否した。この街は私を汚いものを見るように見下した。私はずっと俯いて歩いてきたのだ。景色も判らぬ程に・・・
私はこの街から逃げ出したった。もしかしたらフランクを追いかけるのも、逃げ出す為の口実かもしれない。そう追及されたら否定出来ないだろう。
なのに・・・故郷の街を目に焼き付けようとしている自分がいる事に驚く。あんなに嫌いだった筈なのに・・・
泣き出しそうなメイシアを慰めるかのようにアルベルトが呟く。
「別に国外追放を言い渡された訳じゃない。まぁ、自分がフィスリニアの民であるという事に自信と誇り持つ事が出来て、過去の辛い思い出を笑い飛ばす事が出来るようになったら、この国の敷居は低くなるんじゃないかな?」
メイシアは無意識にアルベルトの顔を見つめる。
フランクが自慢げに話してたっけ。フィスリニア王国には、二大継承者と呼ばれる凄いお方がいる、って。
目の前のアルベルト様はその内のお一人。本来なら私なんか、近づく事もお目にかかる事も許されない存在である筈なのに・・・
アルベルトは、メイシアがジッと見つめていることに気が付くと軽く微笑みかける。
「ウィルファン様から例の事件の事は聞いている。なかなか出来ない立派な事だと思うぞ。英雄と呼ばれてもおかしくはない。フィスリニアの連中だって皆そう思うだろう。あの事でメイシーを責める者は一人もいないよ」
メイシアは事件という言葉聞いて、思わず辛そうな表情になり自分の身体をその腕で抱きしめ震えだした。アルベルトの目にも、メイシアは心に深い傷を負っているのは明らかだった。
「・・・本当ですか?」
声を震わせながらメイシアが尋ねる。
「あぁ、本当さ。あっちには、もっととんでもない事をやらかす人間いるからね。だから大丈夫だって」
アルベルトはそう言うとイタズラ小僧のように笑う。しかし心の中では、彼女の傷を癒やそうせず責め続けたこの街の人々に怒りを覚えるのであった。
「じゃあ、案内して貰おうか」
「え?あの・・・どこへですか?」
アルベルトの言葉に、メイシアは小首を傾げて尋ねる。
「メイシーの家にだよ。メイシーを預かるんだから挨拶の一つもしておきたいからね」
「えっ?!でも城壁の外の汚い家で、アルベルト様のような御身分の御方が足を運ぶような所では・・・」
「いいから、早く案内!」
アルベルトに急かされ、メイシアは渋々歩き出す。
道すがらアルベルトは街の事を色々質問する。冗談もふんだんに盛り込んだ会話を繰り出すアルベルトに、メイシアの表情から固さが取れ始め、笑顔がこぼれる事も多くなった。
城壁を出ると、すぐ目の前に遥か遠くまでズラリと市が立ち並んでいる。人混みもそうとうなものであった。
「これはスゴいな。いつもこんななのか?」
「いえ、今回は特別スゴいです」
そう言いながら、メイシアは寂しそうに市の様子を見つめていた。アルベルトはクスリと笑ってメイシアに提案する。
「せっかくだ。ここで腹ごしらえをしていこう」
えっ?!、と驚くメイシアにアルベルトが笑いかける。
「丁度お腹も空いてきたし、これだけいい匂いが立ち込める中を、ただ通り過ぎるなんて体の毒だ。メイシーがフィスリニアの民になったお祝いに、ここ私が奢ろうじゃないか!・・・これがお祝いじゃ不服か?」
メイシアは頭を思いっきり左右に振る。
「よし!じゃあ、メイシーのお薦めの屋台を教えてくれ。お腹一杯になるまで食べ歩くぞ!」
無邪気に笑うアルベルトを見て、メイシアも釣られて笑う。
メイシアには、アルベルトが一所懸命メイシアを元気付けようとしてくれているのが判った。なら、その想いに応えなければ、と思う。
「判りました。任せて下さい!」
メイシアは、元気良くそう答えると、アルベルトを伴って歩き始めるのであった。
「メイシー!!」
二軒目の屋台をクリアした所で、突然の呼び掛けに振り返ると、そこには、目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にして怒っている同僚、パーシー=ミーマイの姿があった。
パーシーはメイシアの両肩をガシッと掴み、メイシアの身体を激しく前後に揺さぶりながら怒鳴りつける。
「あんた何やってんのよ!今日医務局に行ったら、あんたが反逆罪で投獄されて医務局クビになったって聞いて!何かの間違いだって証明したくて拘置所に面会に行っても合わせてくれないし!途方に暮れてたら旨そうに食ってるあんたがいるじゃない!本当に!本当に!無事で良かったぁぁ!うぇぇぇ~ん!!」
けたたましく一気にまくし立てたパーシーは、メイシアにしがみ付き大声で泣き始めた。
呆気に取られるアルベルトに、メイシアがしがみ付かれたまま恥ずかしそうに説明をする。
「彼女は、パーシーと言って、医務局の中でたった一人私を庇い続けてくれた、大切な友達です」
紹介を受けたパーシーは、涙を拭きながらアルベルトを睨み付ける。
「あんた、何?まさかあんたのせいでメイシアがこんな目に会ったんじゃないでしょうね?」
凄むパーシーにアルベルトはたじたじになりながら答える。
「まぁ、私のせいと言えば、そうなんだが・・・」
「なぁぁんですっっってぇぇぇ!!!」
「違う!違うの!パーシー!」
パーシーが怒気を発散しながらアルベルトに掴み掛かり、メイシアが慌てて引き離した。
パーシーを抑えながらアルベルトを見つめるメイシアに、アルベルトは軽く頷いて説明の許可を出す。
メイシアがパーシーの耳元で何事かを囁くと、真っ赤だったパーシーの顔はみるみる真っ青になり、怒りの表情はあっという間に後悔と恐れの表情に変わった。その変わりっ振りの見事さは、アルベルトが思わず吹き出してしまった程である。
土下座して謝ろうとするパーシーを何とか思い留まらせたアルベルトが、
「メイシー良かったな。こんなに思ってくれる人がいるなんて幸せ者だぞ」
と言った後、パーシーに礼を述べるのであった。
「メ、メイシー。あんた何でこんな凄い人とお知り合いなの?」
ようやく落ち着いて、当然の疑問をぶつけるパーシーに、メイシアは他言無用と約束させて昨日からの出来事を説明する。
パーシーはメイシアの無茶苦茶振りに呆れながらも、意を決したようにアルベルトに向かって頭をさげる。
「執政官様、お願いです!どうかメイシーを幸せにしてあげて下さい!」
「幸せになるかどうかは、本人の努力次第じゃないかな。でも、本人が幸せになろうと努力するなら、我々は助力を惜しまないよ」
優しく微笑むアルベルトの返事を聞いたパーシーはようやく安心したように「良かったね」とメイシアを抱きしめ、メイシアも「うん」と頷くのであった。
「よし!第二の人生の始まりを祝して、お姉さんが何でも好きな物をご馳走して・・・って、しまった!支給前で金欠だぁ!」
気を取り直して大見得を切ろうとしたが何とも締まらない有り様になったパーシーであった。
その様子にアルベルトが大笑いし、
「判った、判った。2人の友情に免じて私が全部奢ってやろう!」
と宣言した事でパーシーは元気を取り戻し、3人での屋台巡りが再開したのである。
大はしゃぎで屋台を覗くメイシアとパーシー。2人の様子を暖かく見守るアルベルトには判っていた。2人がもう二度とこんな時間を過ごす事が出来ない思っていることに。
何故なら、どんなに大笑いしている時でも、2人の目には涙が浮かび続けていたのだから。




