1-101 戴冠式 9
お腹一杯でもう食べれない、となった所で、アルベルトとメイシアはパーシーと別れて、本来の目的地であるメイシアの家へと足を向ける。
人間、腹が減っていると悲観的になる。そう考えてアルベルトは屋台巡りを行った。パーシーのお陰もあってメイシアの表情は明るく足取りも軽くなっていた。
しかし、狭い路地を進むにつれ、メイシアは徐々に俯き表情も暗くなっていった。きっと家が近くなったのだろう。
そして、この辺りでは平均的な狭さの密集した集合住宅の一つの扉の前に立ち、小さな深呼吸を一つすると、元気のない小さな声で「お母さん、ただいま」と扉を開き、中へ入ったのであった。
「メイシア!無事だったのかい!」
母親が心配そうに歩み寄ると、2人の男女が怒りの表情で母親を追い越し迫ってくる。
「兄さん、それに姉さんも、どうしてここに?」
メイシアは怯えるように身を竦める。
「あんた!また何て事してくれんのよ!恥ずかしくって外を歩けないじゃない!」
姉が怒鳴り散らす。
「全くだ!一度ならず二度までも俺達に恥をがかせやがって!貴様なんて生まれて来なければ良かったんだ!あの時死んでくれていれば良かったんだ!」
兄はそう怒鳴りながら拳を振り上げメイシアに殴りかかる。
メイシアは反射的に目を瞑り痛みを覚悟した。しかし何時まで経っても痛みに襲われない事に恐る恐る目を開くと、兄の腕をアルベルトが掴んでいる光景が目に飛び込んで来たのである。
「やれやれ、妹の心配より自分の体裁の心配が先か・・・酷いもんだ」
「何者だ?!あんた!これは家族の問題だ!関係ない他人は引っ込んでろ!」
メイシアの兄はアルベルトを怒鳴りつけ腕を振り解こうとするが、アルベルトは険しい顔でさらに強く腕を握り締める。
「関係はある!私はフィスリニア王国主席執政官『アルベルト=イーゼルバーグ』である!メイシア殿は本日より私の直属の部下となった。これはメイシア殿がフィスリニア王直属の臣下である事を意味するものである!この事はモルーグ王国のアレキサンドル陛下もご承知の事だ!」
アルベルトは掴んだ腕をさらに強く握り締め、語気を強めて言い放つ。
「もし、それでもメイシア殿に手を上げようとするのであれば、事は国際問題に発展すると思い知れ!そうなればその責任は貴様一人の命では済まさんぞ!!」
メイシアの兄は思わぬ展開に拳の力が抜けていく。アルベルトがその腕を離すと、兄はブツブツ言いながら姉と共に奥の部屋へ消えていくのであった。
「メイシー。もし君が望むのなら、あと数日、お母さんと過ごしてもよいのだが・・・」
メイシアはアルベルトの提案にキッパリと首を横に振る。
「大丈夫です。母とはもうお別れを済ませてあります。荷物ももうまとめてあります。今持ってまいりますので少々お待ち下さい」
メイシアが荷物を取りに行くと、その間に母親がアルベルトに頭を下げる。
「どうか、娘の事をよろしくお願いします」
「はい、お任せ下さい」
アルベルトがニッコリと微笑んで優しく返事をすると、母親は安心したように笑みを浮かべ、さらに深く頭を下げた。
やがてメイシアが鞄を抱えて戻って来ると、メイシアは母親と抱き合い別れの言葉を交わす。そして、アルベルトとメイシアは家を後にするのであった。
「アルベルト様、すみませんでした。私の事を直属の臣下だなんて嘘をつかせてしまって・・・」
王宮へ戻る道すがら、メイシアは申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。
しかし、アルベルトはニカッと笑うと、楽しそうにこう切り返した。
「大丈夫。何にも嘘はついていないよ。取り敢えず私の補佐官として早速働いてもらうからね。忙しくなるからそのつもりで」
アルベルトの予想外の言葉に、メイシアは「へっ?!」と素っ頓狂な声を上げてしまうのであった。
王宮へ戻るとメイシアは、モルーグ王国に滞在中の仕事の内容を聞かされる。それは、主に各国との交渉のスケジュール管理と交渉資料や結果の整理など、交渉に関する雑務全般であった。
メイシアは、受けた恩を返さねば、と必死に働いた。
アルベルトとしては、ジッとしているよりも何かに集中出来た方が良いだろうとの想いで仕事を与えたのだが、その想いはいい方向に裏切られる事になる。
メイシアは非常に優秀だったのだ。仕事のやり方も一を聞けば十二まで判るといった感じで、かゆいところに手が届く仕事っ振りであった。作成する報告書なども完璧で、アルベルトが舌を巻くほどである。
アルベルトは各国との交渉や会議そして晩餐会や舞踏会など自分が主席する場にはメイシアを必ず連れて行ったが、メイシアがその場にいる経緯を知らない各国の使者の目には『フィスリニアの優秀な補佐官』としか映らなかったのである。
ウィルファン王子が
「メイシーは、どう?」
と尋ねた時にもアルベルトはニンマリと笑い、
「凄い掘り出し物です。彼女を手に入れる事が出来ただけでも、今回来た甲斐があったというものです」
とベタ誉めであった。
そんな日々の中、それは、とある国との交渉での事であった。
その国は『クルスターニ公国』と言い、この大陸の最も西の海岸沿いの国である。フィスリニア王国とは大陸を挟んで真反対に位置し最も遠い国であるため、これまで交易も交流も皆無であり一度も交渉を持った事はなかった。離れすぎていて何の接触もないため、敵にも味方にもなりようがなかった国だったのである。
そんな国家が接触をしてきたのは、『天の街船』由来の技術と発掘品が目的であるのは明白であった。
『天の街船』は大陸の東の海に降り立った。従って『天の街船』がもたらす恩恵は、当然東から西へと伝わっていく事になるため、国家間の友好関係の影響はあるものの一般的に西方の国が不利となるのは当然であった。
そしてそれは、軍事格差を生み、持てる国と持てない国との差が最大となった10年程前に、各地で一方的な侵略戦争が頻発したのである。
世界中の持たざる国が戦火の海に呑まれるのではないかと危惧されたがその大半は失敗に終わり、国境線が大きく動く事はなかった。そして、事を問題視したファウンディールの努力により格差はある程度解消し、侵略行為はひとまず沈静化を見せ現在に至るのである。
しかし、ここに来て西方の国家が懸念する状況が持ち上がってきた。フィスリニア王国を中心とした技術革新の噂である。フィスリニア王国の学院の解放や『天の街船』の発掘の成果などから、技術格差が再び危険水域に達し侵略戦争が再び起こるのでは、と恐怖したのである。
クルスターニ公国は、この予想される格差を払拭すべくフィスリニア王国との直接交渉に乗り出したのであった。
交渉には、アルベルトとメイシアが当たった。ウィルファン王子はアレキサンドル公と他の国との会合に赴いていたためである。
交渉はフィスリニア王国有利ではあるが概ね友好的に進み、後は細かい部分をお互いに持ち帰り検討する事となった。
これで、クルスターニ公国の二人の使者が退出して交渉は終わり・・・となるはずであったが、使者は一向に立ち上がろうとしない。
アルベルトとメイシアが訝しげにしていると、使者は心の整理がついたのか漸く話を切り出した。
「実は・・・この世界で最も第一世代の技術に精通していらっしゃるフィスリニア王国の方に、是非ご相談と言うか、見て戴きたい物があるのです」
彼らはそう言うと、後ろに置いていた一抱えもある箱をチラリと見る。それは彼らが持ち込み交渉中には一顧だにしたなかった物だ。
「メイシー。この後の予定は?」
「はい。本日の個別会談はこれで終了です。次は晩餐会になりますので、2時間ほど空き時間になります」
アルベルトの問いに、メイシアは手帳を見ることもなく即座にかつアルベルトが知りたい情報を答える。アルベルトは頷き、使者に向き直る。
「2時間ほどでよければ、お話を伺いましょう」
「ありがとうございます。助かります」
アルベルトの快諾に使者はホッとした表情を浮かべ話を続けた。
「実は先日、我が国のとある村で、旅人が殺される事件がありまして・・・」
いきなりの物騒な話にアルベルトとメイシアの表情が硬くなる。
「その旅人は二人連れの男女で、男の方は25歳程度、女の方はそれより少し若く従者のようだったそうです」
「その二人はフィスリニアの出身だと言ったのですか?」
アルベルトが尋ねると使者は首を横に振る。
「いいえ、彼らはどこの出身か誰にも教えなかったそうです。そして彼らは暫くその村にいたのですが、ある事件が起きました」
使者はメイシアが入れ直したお茶をすすって、言葉を続ける。
「男の方が、村の娘の一人に惚れたらしく、しきりに一緒に来て妻になって欲しいと迫ったらしいのです。娘は何度も頑なに断ったのですが、男はしつこく、最後は娘をさらって無理矢理連れていこうとしたのですが村人に見つかり、娘を置いて連れの女共々山中に逃げ込んだのです」
「村人が彼らを殺した・・・と」
「いえ、村人が山狩りをすると、男が殺されているのを発見したそうです。そして、女はどこにもいなかったそうです。村人が言うには、その山中に巣くっていた山賊を退治したばかりで、その残党が男を殺し女をさらったのではと、村人は今、残党狩りに躍起になっています」
アルベルトはここまで聞いて、不思議そうに使者に尋ねた。
「お話は判りましたが、我々が関与する必要はないのでは?」
「実は、その男の遺留品が問題なのです。服から持ち物まで全てです。我が国にいる第一世代や継承者が言うには、フィスリニア王国に鑑定して貰うしかないだろうと」
使者はそう言うとようやく背後の箱を前に移動した。
アルベルトは箱を眺めながら質問を行う。
「因みに彼らの名前は判りますか?」
使者は箱を開封しながら答えた。
「男は、『ツーファイ』と名乗っていたそうです」




