1-102 戴冠式 10
遠い遠い国で起こった殺人事件。
その被害者が身に着けていた物を入れた箱が使者の手で開かれようとしている。
アルベルトとメイシアが固唾を呑んで見守っていたが、使者はその手を止める。メイシアを気にしているようだった。
「あの・・・これは刺殺された男の持ち物でして・・・着ていた衣類も入っている訳で・・・その・・・そちらのお嬢さんには刺激が強すぎるかと・・・」
気配りを見せる使者に、アルベルトは、なるほどと納得する。
「メイシー。少し席を外した方が・・・」
「アルベルト様!」
メイシアに退室を勧めようとしたアルベルトだったが、メイシアが言葉を遮った。
「アルベルト様。私の本業をお忘れですか?今こそ私の出番かと思いますが?」
ニッコリ微笑むメイシアを見て、アルベルトは「あ・・・」と声を上げる。メイシアが完璧な補佐官を演じてくれていたのですっかり忘れていたが、メイシアは従軍看護師だったのだ。戦場でそんなものは見慣れていると言う事だろう。
「ご心配なく、彼女の本業は医者ですので、問題ありません」
使者はアルベルトの言葉に安堵の表情を浮かべる。メイシアはアルベルトが医者と紹介してくれた事に、恥ずかしいながらも嬉しさを感じていた。
「そうでしたか。では是非そのお立場からもご意見をお聞かせ下さい」
そう言いながら使者が箱を開ける。そして真っ先に目に飛び込んで来たのは、血に染まった衣類だった。使者はあからさまに嫌そうな顔をして手が止まる。
その様子にメイシアはクスリと笑い、使者に声をかける。
「後は私がやりましょう。準備をしますので5分程お待ち下さい」
ホッとした表情をする使者に微笑みかけたメイシアは一旦部屋を出ると、シーツを抱え、手提げ鞄を持って戻って来た。そして、手提げ鞄から手袋とマスクを取り出して装着しシーツを床に広げ、手際よくかつ丁寧に遺品を箱から取り出してシーツの上に並べていく。
その様子にアルベルトは「ほう」と感心する。
「メイシーは、検死もやった事があるのか?」
「はい。わりとやってました」
アルベルトの質問に答えながらメイシアは思い出していた。こういう誰もが嫌がる仕事は全部自分に押し付けられていたものだ。「あんたならこんなの平気でしょ」と嘲笑されながら・・・
(まさか、こいつは・・・)
メイシアが並べ終わった遺品を眺めていたアルベルトは段々と険しい表情に変わっていく。アルベルトは携行品を一つ一つ手に取り確認していく。それを見たメイシアは衣類のチェックから始める。
サバイバルナイフ、金属の光沢を持つ極薄のビニールシート、コンパス、真空パックされたレーションと思われる物。ありふれたサバイバルセットだが、『ありふれた』とアルベルトが思えるのは『天の街船』からの発掘品としてよく見かけたからであり、一般には作る事も出来ない全く馴染みがないものばかりである。特にレーションは封を切っても食べ物と思う人はいないだろう。
このように『ありふれた』物だが、見逃せない事があった。特にビニールシートとレーションである。新しすぎるのだ。『天の街船』から発掘された物はビニールの経年劣化が激しいのだが、ここにあるものはそれが全く見受けられないのである。
アルベルトは他の携行品に目を移す。掌に乗るサイズの箱状の物が3つ。その内の2つは用途がすぐに知れた。その2つはスイッチの類が付いており、スイッチを入れると一つは突然雑音が鳴り始めた。どうやら通信機のようだ。もう一つは空中にホログラムで地図が表示された。
そして最後の一つは厚さ1センチの真っ黒いカードといった見た目でスイッチのようなものは一切ない。
「それが何か皆目見当が付かないのです」
と、使者は言う。
「鍵・・・かな?」
アルベルトはそう呟くと、自分のデバイスを取り出し、そのカードをデバイスの上に置き、デバイスを何事か操作する。するとデバイスの上空にホログラムが浮かび上がり、大量の数字が流れるように表示された。
「やっぱり鍵ですね。家や倉庫の鍵ですよ」
「こんなものが鍵ですか。いやはや驚きです」
「4096桁の暗号コードが鍵として働くんです。『天の街船』の建物では普通に使われていたようです」
アルベルトの博識振りに使者は感心しながらも少し残念そうな声をあげた。
「ではこれは、『天の街船』の出土品なのですか。彼らがどこから来たのか手掛かりになるかと思ったのですが・・・」
「・・・そうですね。他の品物についてもどこの国の物が判別は難しいですね・・・」
アルベルトには、彼らがどこから来たのか予想はついていたが言えない事情があった。
「ところで、もう一人の女性をさらった山賊については何か進展はあるのですか?」
「いえ、何も」
早くその女性を保護する必要がある。その身の安全ばかりでなく、空の上の『移民者』の情報を得る意味においてもだ。アルベルトはそう考えたが使者の回答は芳しいものではなかった。
しかし、この会話に割り込んだ者がいた。メイシアである。
「本当に、山賊でしょうか・・・」
「え?」
メイシアの小さく呟くような声は、アルベルトと使者の耳に届く。
「どういう意味だい?メイシー」
アルベルトの問い掛けに、上着を調べていたメイシアはビックリしたような表情を見せる。どうやら考えが口から出た事に気付いていなかったようだ。
「も、申し訳御座いません!僭越な発言を致しました。お許し下さい」
「いいから、そう思う理由を言いなさい」
「しかし・・・」
「早く」
ひたすら恐縮がるメイシアに、アルベルトは発言するよう笑顔で促す。メイシアはアルベルトの優しい笑顔に重い口を開いた。
「はい・・・まず殺された状況ですが、背後から腹部を一突きです」
服の切り欠きを示しながら説明を始めるメイシアに、アルベルトと使者は「ふむ」と頷く。
「逆に言えば、傷はこれしかないのです。この傷では致命傷ではあっても即死ではないでしょう。山賊ならとどめを刺すのが普通ではないのでしょうか」
メイシアはさらに言葉を続ける。
「それに山賊にしては凶器が貧弱過ぎます。銃や剣を使うのが普通です。なのに凶器はナイフです。すみませんアルベルト様。そこのナイフをお借り出来ますか?」
アルベルトは遺留品であるサバイバルナイフを渡す。メイシアは受け取ったナイフを鞘から抜き、服の切り欠きに合わせる。
「ご覧下さい。ナイフの大きさはピッタリ合います。それにこの切り欠きの上部の繊維のほつれ、判りますか?これはこのナイフの背に付けられた鋸歯で引っかかれた跡と考えます。凶器はこれと同型のナイフです。こんな特殊な形状のナイフを山賊が持っているとは思えません。さらに」
メイシアは服の肩甲骨の辺りを指でこする。すると、肌色の粉が手袋についたのが判った。
「この粉はファンデーション。そしてここの赤い汚れ、血ではありません、口紅です。犯人が体当たりで男を刺した時に顔がぶつかってついたのでしょう」
「じゃあ、犯人は・・・」
「はい。犯人は同行の女性だと、私は推測します」
使者は思わぬ新事実に頭を抱えた。
「なんという事だ。我々は居もしない山賊を必死に探し回っていたのか」
「あの、あくまでも私の推測ですので・・・」
「いえ、十分に納得がいくお話です。国に戻りましたら早速今後の方針を再検討するとしましょう」
「しかし何故その女は同行の、しかも主人である男を殺したのでしょうか?」
使者の疑問にアルベルトも首を捻る。しかし、メイシアは俯きながらポツリと呟く。
「私・・・判る気がします・・・」
またしてもメイシアの発言に「え?」と驚かされるアルベルト達である。メイシアは俯いたまま言葉を続ける。
「二人は主従関係であると同時に、男と女の関係、恋人の関係だったのではないでしょうか。それが、一人の娘の出現で全てが壊れてしまった。私ももし愛する人に裏切られたら・・・殺すと思います」
「強すぎる愛は強い憎悪に生まれ変わる、か」
アルベルトはそう呟きながら、大人しいメイシアにこんな激しい感情が隠されている事に驚く。と同時に、(フランク。絶対に浮気なんかするなよ)と心の中で手を合わせて祈るのであった。
「こうして真相が判ってしまうと、何とも切ない話ですなぁ。愛する人を殺めてしまった女は今頃どこをさ迷っておるのやら」
使者は感慨深げに呟く。
「ところで、その頃何か変わった事はありませんでしたか?」
「変わった事・・・ですか?・・・ふむ」
アルベルトの脈略のない質問に、使者は戸惑いながらも腕を組んで考える。
「そう言えば、事件が起こった日の深夜、殺人現場から一つ山を越えた所で、山の向こうから光り輝く火の玉が天に昇って行ったと騒ぐものがおりました。まぁ、全然関係ないと思いますが」
「なる程、関係なさそうですね」
アルベルトは気にも留めない風を装い軽く返す。
「ところで、これらの遺留品ですが、どこの物か調べたいので私共でお預かりしたいのですが」
「えぇ、それは構いません、その代わりと言っては何ですが・・・」
言葉を濁す使者の様子に、アルベルトはここにきて彼らの意図が判った。彼らは事件を解決したかった訳ではなく、この遺留品を交渉カードに使いたかったのだ。
「判りました。継続検討となった案件について、こちらから十分に譲歩致しましょう」
アルベルトの言葉に使者は満面の笑みを隠さない。
「大変、有意義な時間を過ごさせて戴きました。また晩餐会でお会いしましょう」
使者達は、アルベルトやメイシアと握手を交わし、意気揚々と部屋を出て行ったのであった。




