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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
103/311

1-103 戴冠式 11

 アルベルトは、にこやかに使者達を送り出すと、一転してとても厳しい表情になり、ソファーで腕を組んで何事かを考え始める。

 その不機嫌そうな様子を落ち着かない面もちで見つめていたメイシアだったが、

「アルベルト様!申し訳ございませんでした!」

 と、いきなり土下座を始めたのである。これにはアルベルトも飛び上がって驚いてしまった。

「メイシー!どうしたんだ!いったい!」

「私は、身分もわきまえず大変出しゃばった真似をしてしまいました!お怒りを買うのも当然です!」

 土下座をして小さく震えるメイシアを見て、アルベルトは慌てて弁明する。

「違う!怒ってなんかいないぞ。ちょっと考え事をしていただけだ。誤解させたのなら謝る」

「何をおっしゃいますか!私が身の程をわきまえていなかった事は事実で」

「メイシー!いいからそこに座りなさい!」

 メイシアはアルベルトの強い口調に一瞬ビクッとなりながらも、アルベルトの指示通りテーブルを挟んだ反対側のソファーにちょこんと座った。


 アルベルトは頭を掻き掻き今度は優しい口調で話し掛ける。

「あのね、メイシー。モルーグではどうだったか知らんが、フィスリニアでは『身分』とか『役職』なんていうのは、その件に関してのまとめ役とか受付窓口程度の意味でしかないんだ。だから、城の全ての人が自分の身分や役割を越えて自由に活発に意見を出し合い議論を重ね行動する。そう言う意味で、さっきのメイシーの行動は非常にフィスリニアらしかったし、正直非常に助かった。礼を言うよ」

 メイシーの内向性と卑屈さは、あのいけ好かない兄姉と職場によって作られたものなのだろうとアルベルトは推測する。何とかしてやりたいが時間がかかりそうだと、顔を赤らめて恥ずかしそうに俯くメイシアを見ながら考えるのであった。


「と言うことでメイシー。早速だが一つ意見を聞かせて欲しい」

 再び深刻な顔をして尋ねるアルベルトに、メイシアは思わず居住まいを正して「はい」と応える。

「もし、この旅人の二人が実は旅人ではなく、クルスターニ公国とは全く国交がない遠い国から派遣された偵察員だったとしたら・・・彼らは接触部隊で、離れた場所に二人をバックアップする部隊がいたとしたら・・・男を殺したこの女はその後どう動くと思う?」

「バックアップの部隊ですか?!」

 メイシアはアルベルトの大胆な仮説に驚く。アルベルトは遺留品の通信機を手に取る。

「彼らはこの通信機で定時連絡を行っていたんだろうが、こいつは小型で出力が小さい。通信可能な距離はせいぜい100キロ圏内だろうな。とすればその範囲内にソイツらもいたはずだ。さぁ、どう動く?」


「国交が全くない、という大前提を踏まえて。ですね」

 メイシアの確認にアルベルトは黙って頷く。

 メイシアは口に手を当てて少し考える。そして出した結論は・・・

「色々考えられますが、一番可能性が高いのは・・・バックアップの部隊と合流し、男が現地の人間に殺されたと報告します。理由は何とでも付けますが、重要なのは危険をちらつかせて即座に撤退が必要であると訴える事です。直ぐに探しに行かれて死体が見つかれば自分の仕業とバレる可能性があります。一旦離れてしまえば国交がないため真相を追求する事は難しいでしょうから」


「やはり、メイシーもそう考えるか・・・」

 腕を組み考え込むアルベルトに、メイシアが心配そうに声をかける。

「何かマズいのですか?」

「あぁ、相当にマズい」

 そう答えたアルベルトだったが、やおら立ち上がると大きく伸びをする。

「取り敢えず、今は腹拵えだな。話の続きは晩餐会の後、ウィルファン様達を交えてだ。ほら、準備して行くよ」

 気を取り直したアルベルトが何時もの笑みでメイシアを促す。

「あの、やっぱり私も行かないといけませんか?あそこはどうにも場違いな気が・・・」

 オドオドするメイシアに、アルベルトはにこやかにバッサリと言い渡した。

「当たり前だよ。メイシーは今、正真正銘、フィスリニア王国からの来賓であり私の補佐官という身分なんだ。他の国の来賓と肩を並べる身分と言っていい。だから当然出席する義務がある」




 今回の戴冠式でも、連日のように、晩餐会や舞踏会が開かれている。一見、ゴルジア前王の頃と変わらないように見えるが中身が全然違う。

 ゴルジア前王の時は、王がただ自慢と享楽にふける場であり、アレキサンドル公や来賓がそれに便乗してコッソリと交渉を行っていた。

 しかし今は、各国間での交渉の根回しや友好関係の構築が目的であり、アレキサンドル公とウィルファン王子は、落ち着く暇もない程に来賓の間を渡り歩いていたのであった。


 アルベルトは・・・というと、そんな忙しいのは王様達に任せておけばいい、と言って、メイシアを伴って一つのテーブルに陣取っていた。近づいて来た者だけ相手をするつもりなのである。

 そして近づいて来たものの大半は、交渉の申し込みであるため、その殆どをメイシアが相手する事になった。

 メイシアは頭の中にスケジュール表を展開し予定の埋め込みや修正を行っていく。そして相手が立ち去った後、思い出したように手帳を取り出して記入する。

 相手の目の前で手帳に記入しないのは、重要で特別なお相手と考えていますよ、と暗にアピールするためであった。と同時にメイシアにとって手帳は念のためのツールでしかないのであった。


 挨拶に来る来賓も一段落した頃、メイシアは、ふと強い視線を感じた。それは、各省庁の局長クラスが臨席するための末席のテーブルのようだった。何故それが判ったかと言えば、その中に見知った顔、医務局の局長がいたからだ。そして当然メイシアを見つめる強い視線はこの局長のものだったのである。

 局長はメイシアと視線が合うと、周囲にへりくだりながらも、半ば怒ったような顔でズンズンとメイシアに近づいて来る。メイシアは反射的に俯き身をすくめた。

「メイシー、どうした?知った顔か?」

「はい。勤めていた医務局の局長で・・・」

 アルベルトは「そうか」と言って、メイシアの背中をポンと叩き、囁きかける。

「胸を張れ。顔を上げろ。相手の目をしっかり見据えろ。これは命令だ」

「はい!」

 命令と言われて反射的に言葉通りにするメイシアである。


 威圧的に近づいて来た局長であったが、今までと異なり真っ直ぐに見つめてくるメイシアに戸惑いながらも今まで通り高圧的な態度をとろうとした。

「メイシア=リームゼン。貴様のような身分違いのクズがなぜこの場にいるのだ?」

 局長は今までのようにメイシアを蔑み頭を垂れさせようと凄む。メイシアはアルベルトの言いつけ通りしっかりと局長の目を見つめていたが、それでもこれまで身に染み込んだ卑屈さは簡単に解けるものではなく、心が折れようとした、その時だった。


「メイシア君は今、フィスリニア王国主席執政官補佐である!モルーグ王国で言えば副大臣にあたる身分だ!これはアレキサンドル陛下もご承知の事!身分をわきまえていないのは貴様の方だ!」

 アルベルトが2人の間に割り込み局長を睨み付ける。局長は思いもよらなかった状況に目を白黒させながらも、ようやく事態を飲み込むと、途端に頭を下げへりくだった弱腰な態度になり、メイシアから視線を外してオドオドと話し掛ける。

「こ、これは失礼致しました。メ、メイシア・・・様・・・私めは、決して、メイシア様、の事を、その・・・」

 結局、しどろもどろのまま言葉を濁して去って行く局長を見送って、メイシアはホッと一息をつく。

「アルベルト様。ありがとう御座いました。・・・あの・・・失礼な物言いだと十分判っているのですが一つだけお教え下さい。どうしてアルベルト様はそんなにも私をお助け下さるのですか?」

 メイシアは、あの日宮殿に押しかけて以来、何度もアルベルトに助けられていると感じていたのだ。メイシアの素朴な疑問にアルベルトは驚き、少し考えて答える。

「え?えっと・・・『家族』・・・だから・・・かな?」


「『家族』・・・ですか?」

 思いもしなかった理由に今度はメイシアが驚く。

「あぁ、『家族』だ。うちの姫様のポリシーでね。私達は『臣下』である前に、姫の『家族』なんだそうだ。フランクももう『家族』の1人だがら、当然メイシーも立派な『家族』の1人なんだよ」

「・・・『家族』・・・」

メイシアはその言葉を噛みしめる。

「姫様って、素敵な方なんですね。あ、今は王妃様ですか」

 メイシアの言葉にアルベルトは苦笑いする。

「向こうに行ったら、『姫』と呼ぶように。姫曰わく、『王妃』と呼ばれるのは『ババア』って言われているみたいで嫌なんだそうだ。もっとも、ワザと『王妃』と呼んで、姫をいじって遊ぶ次席執政官がいるけどね」

 メイシアは、ポカンとした表情でアルベルトの話を聞いていたが、とうとう笑い出してしまうのであった。久し振りの心からの笑いであった。




「へっっっくち!!」

 突然のクシャミに(風邪かな?噂かな?)と、一瞬考えたフィリア姫であったが、今、目の前て起こっている深刻な問題に意識を戻した。

 食べかけの食事をマーサがサッサと下げでしまったのである。

「私、まだ途中・・・」

 と抗議しようとしたが、マーサにギロリと睨み付けられては諦めるしかなかった。


 一言も口を聞こうとしないマーサの背中を見つめながら、フィリア姫はミリーにコソコソと話し掛ける。

「いい加減、機嫌を直してくれないかしら」

「無理だと思います。姫が悪いんですよ。結婚式も戴冠式もやらないって言うから」

「だって書類一枚で済むものよ。そんなものにお金をかけるなんて無駄だわ」

 2人の話が聞こえたのか、マーサはいきなり振り返ると2人をキッと睨み無言て行ってしまう。2人は小さくなって話を続ける。

「まったく、マーサさんが姫の花嫁衣装の準備をどれだけ楽しみにしていたか判ってますか?姫と王子の戴冠式の衣装もです。それを2人ともまったく・・・」

 ミリーは大きく溜め息を吐く。

「とにかく被害が我々の食事にまで及ぶ前に手を打たせて戴きます。ケニーと費用の相談をしながら結婚式と戴冠式の準備をさせて戴きます。文句は受け付けません。よろしいですね。『お・う・ひ・さ・ま』!」

 フィリア姫はイジリに文句を言う元気もなく、うなだれたまま頷くのであった。




「彼らが『移民船』からの偵察部隊だと言うのは間違いないのか?」

 ウィルファン王子とアレキサンドル公は、深刻な表情でソファーに座っていた。

 2人はアルベルトから「重要な話があります」と言われ、晩餐会の後に遺留品が広げられた部屋に集まっていた。今、この部屋にいるのはメイシアも含めた4人だけである。

 2人はメイシアからクルスターニ公国の使者との会話の説明を受け、アルベルトから見解を告げられた所であった。


「はい。遺留品をフィスリニアに持ち帰って、血液のDNA鑑定など色々調べないといけませんが、『移民者』で間違いないと思います」

 アルベルトは鍵と言った黒い箱を手にする。

「例えば、これは扉の鍵で4096桁の暗号コードが鍵として働くのですが、暗号化のプロトコルは、『(あま)街船(まちふね)』落下前と同じでした。そして暗号を解くと元データの中に暗号化した年月日時間が入るのですが、この鍵は・・・2年前に作成されたものです」


「ならばその仮説が正しいとして、その女の捏造された情報で、『移民船』の『移民者』達が報復として今すぐ攻めてくる可能性はあるのか?」

 アレキサンドル公の懸念はもっともであるが、当然の事ながらアルベルトは答を持っていない。

「そこは、まだ何とも・・・フィスリニアに戻ってミリー達と協議してみませんと・・・」


 その後、アルベルトとウィルファン王子とアレキサンドル公は『移民船』の『移民者』への対応について意見を交換し合う。ふと、アルベルトは、メイシアが最初の説明以来、何の発言もしていない事に気付いた。

「メイシー。自由に意見を言っていいんだよ。遠慮なく」

 アルベルトがメイシアに微笑みながら話し掛け、2人の王もメイシアに微笑みかける。

 メイシアは彼らの微笑みを受けて、遠慮がちに話し始める。

「では、一つ質問よろしいですか?」

「あぁ、いいとも。何だい?」

 アルベルトの言葉にメイシアは意を決したように質問を口にした。

「あの・・・『移民船』とか『移民者』って・・・一体なんの事ですか?」

「・・・あ・・・」


 メイシアを見つめる3人は、空の上の脅威についてメイシアに何も説明していなかった事にようやく気付いたのであった。

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