1-104 戴冠式 12
戴冠式から10日。
フィスリニア王国一行が帰国する日がやってきた。
戴冠式から数日は諸国来賓との会談に明け暮れ、来賓が帰国した後もまだ2つの仕事が残っていた。
1つはウィルファン派の人材の説得である。
ウィルファン王子とアレキサンドル公は何度もウィルファン派の人々と会談を持ち、アレキサンドル公の下で力を奮って欲しいと懇願した。ウィルファン派の人々も、旗印であるウィルファン王子を失い身の落とし所を探っていた事もあり、ウィルファン王子の頼みならばと殆どの者がアレキサンドル公の下で働くことを承諾した。
もう1つは『第二学院』設立のための準備作業である。
『第二学院』は基本的にモルーグ王国の国民で運営すべきとの意見にまとまった。そのために多くの若者を段階的に現在の『学院』に送り込み人材の育成に取り組む事になった。
そしてまず第一弾として、マシーナなどの兵器の整備関連と医療関連の若者を送り込む事になり、彼らの受け入れ準備と受け入れ後の管理はメイシアが担当する事になったのである。
メイシアには更に、一緒にフィスリニア王国へ行く事となったシーザー王子の世話をする役割も担う事となり、出発まで一番忙しい思いをしたのであった。
出発の日。メイシアにとって嬉しいサプライズがあった。親友のパーシーが母親を連れて空港まで来てくれたのだ。
お陰で、これまであった事、これからの事を説明して、安心させる事が出来たのである。
そして、専用機が離陸するまで、飛行場の片隅でずっと手を振ってくれていたのだ。メイシアはその様子を飛行機の小さな窓から見つめながら、(いつかきっと、堂々と胸を張って会いに行くんだ!)と心に誓うのであった。
「アル、どうしたんだい?」
飛行機のシートに身体を埋めながら、時々思い出し笑いを見せるアルベルトに、ウィルファン王子が不審そうな表情で尋ねる。
「いえね。メイシーが同行する事を城には知らせていないので、フランクがどんな顔をするか楽しみで。それにメイシーはああ見えて、なかなか情熱的なタイプのようなので、顔を合わせたら凄いリアクションを見せてくれるんじゃないかと」
アルベルトはそう耳打ちしながら、また、クククと笑い出す。ウィルファン王子は半ば呆れながらも、ふと頭に浮かんだ事を口にした。
「なるほどね。確かにそれは興味深いが、その派生効果の方にも興味があるな」
今度はウィルファン王子がそう言って笑い始める。
「えっ?派生効果とは?」
思い当たるものがないアルベルトは不思議そうにウィルファン王子を見つめる。ウィルファン王子は意地悪そうな表情でアルベルトを見つめる。
「それだけ情熱的なものを見せつけられて、ミリーが平然としていられるかどうか。アルとミリーの間も面白い事になりそうだな、てね」
ウィルファン王子の言葉にアルベルトは笑顔を失い青ざめるのであった。
フィスリニア城付属の飛行場には、サモンを除く者達が出迎えに集まっていた。サモンはフォルデベルグ王国まで出張診療に出ていたのである。
専用機が帰着し、ウィルファン王子達がタラップを降りてくる。
「お疲れ様でした。ウィル様」
ウィルファン王子の側に笑顔で立つのはフィリア姫である。
「アルさまぁ!寂しかったですぅ!」
ミリーがここぞとばかりにアルベルトの右腕にしがみつき頬をすり寄せる。雷が鳴ったって離れそうにない。
「シーザー、よく来たわね。フィスリニアはあなたを歓迎するわ」
続いて降りてきたシーザーにフィリア姫が親しみを込めて声をかける。シーザーが同乗する事だけは連絡済みだった。
「私は、シーザー=ファース=モレードです!学院への入学許可を戴きありがとうございます!両国の友好の架け橋となるよう頑張りますのでよろしくお願い致します!」
きっと、挨拶はしっかりと、と両親に叩き込まれたのだろう。詰め込まれた言葉を必死に思い出しながら噛まないように一気に絞り出すと深々とお辞儀をする。
(か、かわいい!)
フィリア姫はギュッと抱きしめたくなる欲望を抑えて「こちらこそ、よろしくね」と手を取り握手をするに留めた。
「えっと・・・こちらは?」
最後に降りてきたメイシアを見て、フィリア姫が小首を傾げて尋ねる。アルベルトが説明をしようとすると、集まった出迎えの一団の中からから声が上がった。
「メイシー!!どうしてここに?!」
声の主は当然フランクである。
メイシアは、声の主を見定めると持っていた鞄を地面にドサッと落とす。そして徐々にスピードを上げながら、一直線にフランクに向かって突進していく。その勢いに圧されてフランクの周りにいた人々は一斉にフランクから離れた。
まるで公開処刑場に立たされているようなフランクの目の前に立ったメイシアは、
パッシーーーン!!
と物凄い音を立てて強烈な平手打ちをフランクにお見舞いする。そしてフランクを地面に押し倒し馬乗りになって身体を押さえつけたかと思うと、いきなり熱い口づけをぶちかますのであった。
フランクは手足をワタワタさせるが無駄な足掻きという奴である。周りの人々は、いつ終わるともしれない濃熱な口づけを、ただポカンと口を開けて静かに見守るばかりであった。
「ぷっはぁぁぁぁ~~~」
ようやく満足したのか、メイシアは大きく息をしながら唇を離すと、今度はフランクに向かってがなり立てる。
「どうしてって、あなたの奥さんになりに来たに決まってるじゃないですか!どれだけ心配したと思ってるんですか!どれだけ泣いたと思ってるんですか!それなのにあなたは!あなたは!私は邪魔ですか!うわぁぁぁあん!」
フランクの胸ぐらを掴んで泣き叫ぶメイシア。フランクも負けじと大声を上げてメイシアをなだめる。
「嬉しいに決まってるじゃないか!とても嬉しいよ!ただ、それ以上に・・・とても恥ずかしい・・・」
「へっ?」
メイシアは顔を上げ、フランクに馬乗りになったまま、ようやく周りを見回す。そこには出迎えに来ていた人々がニヤニヤ笑いながら2人に注目している姿があった。
事態を把握したメイシアは慌ててフランクから飛び退き、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてその場にへたり込んだのでだった。
その様子に周りの人々は大爆笑する。当然それは嘲笑ではなく心から面白がっている笑いだ。
「いやはや、予想の斜め上をいく子だな」
呆れながらも笑うアルベルトは、ウィルファン王子とフィリア姫が自分達に、正確にはミリーに注目している事に気が付く。『アル様ラブ』のミリーがこの暴発娘にどう触発されるか動向を見守っているのである。
アルベルトも半ば観念して自分にしがみついているミリーに視線を移す。しかし、その目に映ったのはミリーの意外な様子だった。
ミリーは軽く笑みを浮かべていた。しかし俯き加減のその笑みはとても哀しげに見えたのである。
そして静かにアルベルトから手を離すと、皆の目を盗むように静かにその場を離れ、工房の方向に歩き出したのだった。
その意外な様子に、アルベルトは去っていくミリーの背中をしばらく茫然と見ていたが、ミリーの後を追いかけるように歩き出す。
2人の様子を見ていたフィリア姫もじっとはしていられない。
「私、覗き見してきます」
「姫、よくない趣味ですよ」
「大事な家臣の将来の事ですから当然の義務です」
フィリア姫はウィルファン王子にそう宣言し嬉々として歩き出した。
「ミリー!」
工房までの道のりを中程まで行った所でアルベルトはようやくミリーに追いついた。フィリア姫は近くの茂みの後ろに隠れて様子をうかがう。
黙って足を止めたミリーの背中にアルベルトは話し掛けた。
「あの、えと、ミリー・・・」
ミリーが突然振り返り、アルベルトの言葉を遮るように、話し掛ける。
「どうしたんですかぁ?アル様。あっ!もしかして、私があの人に当てられて、アル様に求婚するかもって期待してたんですかぁ?」
ミリーは意地悪そうな笑顔でアルベルトの表情を下から覗き込む。そこには、さっきの哀しげな雰囲気はなかった。
「このミリーさんは、あの程度じゃ動じませんよぉ。何せ10年以上アル様をお慕いしてきたのですから、あの人とは年期が違うのです!」
エッヘンと妙な威張り方をするミリーに、アルベルトは思わずクスリと笑った後、真面目な顔でミリーを見つめる。
「なぁ、ミリー。俺達もそろそろ・・・」
(やった!プロポーズの瞬間ゲット!)
と、フィリア姫は茂みの後ろでガッツポーズをするが、その時、信じられない事が起こったのである。
ミリーが、その指をアルベルトの唇に当てて言葉を止めたのだ。
「あの人に当てられたのはアル様の方でしたのね。でも、その言葉はまだ取って置きましょう。大事な戦いが終わるまで、ね。私、まだ待てますから」
ミリーはそう言うとアルベルトに軽くしがみついて、おでこをアルベルトの胸に当てる。アルベルトは残念そうなホッとしたような複雑な表情でミリーの頭を優しく撫でた。
「さ、アル様は皆と一緒に先にお城へ戻っていて下さいな。私は工房に忘れ物を取りに行ってから参りますから」
ミリーがにこやかに言うと、アルベルトは「判った」と言って、皆の方へ去っていった。
(なんなのよ!まったく!)
納得がいかないのはフィリア姫である。フィリア姫はミリーに文句の1つも言ってやろうと、茂みから出ようとした。しかし、出来なかった。前よりも一層小さくなっているしかなかった。
フィリア姫は見てしまったのだ。遠くなったアルベルトの背中を見つめるミリーの目から涙がボロボロ零れ落ちているのを。
そしてミリーは弱々しく哀しげに、懇願するように呟いた。
「アル様。私はアル様が思っているような女じゃないんですよ。私にはアル様のお嫁さんになる資格なんてないんですよ。でも、ほんの僅かな間でいいですから夢を見させて下さいね。私の命が尽きるまで夢を見させて下さいね」
そしてミリーは、涙を拭きながら工房へと向かったのであった。
ミリーが去った後も、フィリア姫は茂みの後ろに膝を抱えて座っていた。
遠くで新しい仲間を得た人々の賑やかな笑い声が聞こえてくる。でも今はその中に入る気にはなれなかった。
アルベルトはミリーの全てを知っていると思っていた。
しかし、ミリーにはアルベルトも知らない秘密がある。それは2人の関係を壊す程のものなのだ。悪魔と呼ばれた所業以上の何かがあるのだ。
フィリア姫は覗き見した事を後悔した。知らなければ良かった、と。
何時までも戻らないフィリア姫をウィルファン王子が見つけた時、フィリア姫は膝を抱えて泣いていた。
そして、ウィルファン王子にしがみつき、胸に顔を埋め泣いた。
ただ、ただ、泣き続けるのだった。




