1-105 遠い大地 1
評議会会議場に隣接するサロンには、30人近い男女が集まっていた。
年齢は10代から30代、服装もバラバラで一見一貫性はない。しかし、彼等には共通の目的があった。会議中の自分達の主人が出てくるのを待っているのだ。
その中に、椅子に座って黙々と本を読む少女『リナイア=ミール』の姿もあった。リナイアは彼女の主人であるサーエイが会議場から出て来るのを待っているのである。
そう、このサロンに集まっていたのは、移民船『リバティ16』の評議機関『ナンバーズ』のメンバーのパートナー達だったのである。
「今日も長くなりそうだな・・・」
誰かがポツリと呟く。皆が無言で肯定する。
サロンは重い空気に包まれていた。時折ヒソヒソ話が聞こえる位だ。普段からこんな陰気な雰囲気なのかというとそんな事は全くない。パートナー同士よく知った顔であり、賑やかにバカ話やお互いの主人のスケジュール調整などをしながら会議が終わるのを待つのが普通なのだ。
しかし、最近の臨時会議では様子が一変していた。何故ならば、『ナンバーズ』の1人であるツーファイが原住民に殺害されたという悲報がもたらされたからである。
そして今、そのツーファイのパートナーである『レイナ=ボートリー』は此処にはいない。彼女はたった今、会議場の中で評議会による裁判を受けている真っ最中なのであった。
「やはり、死刑でしょうか?」
「そこまではいかないでしょ?不可抗力だったらしいし」
「しかし、ツーファイ様を見殺しにして逃げ出したのだからな」
「見殺しではなくて、今後のために、やむなく報告を優先したって事らしいわ」
数名が集まりヒソヒソと小声で話をしているが、その内容は静かすぎるサロンの中では丸聞こえである。
リナイアは「ふぅ」と、一つ溜め息を吐くと、パタンと読んでいた本を閉じる。こんな話が耳に飛び込んで来るのでは本の内容が頭に入らない、読むだけ無駄であると感じたようだ。
(レイナ様がツーファイ様を見殺しにする訳ないじゃない!)
そう叫びたいリナイアであったが、ここで波風を立てる訳にもいかず、せめて話し声が聞こえない所に移動しようと席を立ったその時だった。
会議場の扉が開き、『ナンバーズ』のメンバーが外に出て来たのである。
ショートカットの輝くような銀髪と鋭い青い目。これはサーエイの特徴であるが、サーエイに限ったものではない。出て来たナンバーズ全員の特徴であった。それだけではない。顔も身体付きも全員同じであった。あるのは3段階の年齢差だけだ。
そう、この移民船『リバティ16』を統治する『ナンバーズ』の彼等は、たった1人の人間の細胞から造られた『コピー』だったのである。
『ナンバーズ・プロジェクト』
それは、今は『天の街船』と呼ばれる『エリアβ』が落下する『大崩壊』の少し前に提唱された統治機構である。
当時、医療技術の面で1つの革新的な出来事があった。それは『人間のコピー』の成功である。
『コピー』。それは生体の細胞から元の生体と同じ生体を作り出す技術である。と言っても細胞を単純に分裂させて元の生体と同じ格好になる訳ではない。
細胞をベースに胚を作り育てるのである。当然、この個体はベースの細胞の持ち主と同じDNAを持つ。
『コピー』の技術は、宇宙を放浪中、最初に植物で成功し、続いて単純な動物である食用ワームで成功をみる。『コピー』の用途は当然食料事情の改善であった。食料の品質維持と計画的な供給がその目的である。
しかし、科学的、医学的探求心がそれで満足される訳もなく、科学者や医者は、より高度な動物の『コピー』を目指し成功させていった。そして当然その最終目標は人間だった。
人々は倫理的な問題を議論し続けたが結論が出ないままその時を迎えた。科学者兼医者である1人の若者が、『人間のコピー』に成功したのである。
多くの者がその偉業を讃え、多くの者がその技術の取り扱いに慎重さを求めた。そして、いくつかの『人間のコピー』の活用方法が提案された。『ナンバーズ・プロジェクト』はその中の1つだったのである。
『ナンバーズ・プロジェクト』は、卓越した1人のリーダーによって支えられているような組織を維持する方法として提案された。
これは、リーダー亡き後の組織の運営にリーダーの『コピー』を使うというものだ。しかも『コピー』を複数人用意し合議制を採ることで個体差を平均化し、コピー元の人間の考えや行動に近づけるというものだった。
『コピー』の考えが元の人間に等しくなると言うのは一般には懐疑的に扱われていたが、それでも自分至上主義者達にとっては魅力的な提案だったのである。
そして、『殲滅派』のカリスマ的リーダー、『ジークハルト=ベルスター』もその1人であった。
ジークハルトは『共存派』との抗争が激化する中、自身に不慮の事態が発生した場合に備え、『殲滅派』の組織の維持の為に、『ナンバーズ・プロジェクト』の採用を考えたのである。
そして、『ナンバーズ・プロジェクト』の検討が進む中で、『大崩壊』が発生したのだった。
『大崩壊』以後の『リバティ16』では、トップ達がこぞって『大崩壊』に巻き込まれ身動きが取れなくなった『共存派』に対し、ジークハルトが無事だった『殲滅派』が組織的に救済活動を行った事で、『リバティ16』の生き残り達は『殲滅派』を支持、『リバティ16』の統治を『殲滅派』に委ねたのである。
これにより『リバティ16』の権力はジークハルトに一点集中する事になった。
これに対しジークハルトは決しておごることはなかった。自らは『リバティ16』の住民のためにあるべしと献身に努め、その事が住民の信頼をさらに得る事になる。
そんな絶対者となったジークハルトも、1つの心配事があった。自分が死んだ後の後継者の事である。
自分の後継者が集中し過ぎた権力を食い物にし、初心を忘れ住民達に圧制を強いるのではないかと懸念したのだ。そのため、自分の後継は自分しか有り得ないと考え、かねてより検討中だった『ナンバーズ・プロジェクト』を実行に移すことにしたのである。
ジークハルトは『ナンバーズ・プロジェクト』の運用を以下のように決めた。
コピーは一度に9体を作成する。作成は10年おきとする。12歳以上のコピーを評議員として評議会に出席させる。これにより個体差及び年齢差を平均化し長期に渡って均質な統治を実現するのだ。
そして最初の数十年は自分が直々に指導し、自分が引退もしくは死した以降は、自分の意志を継ぐコピーが後の世代を指導する事で自分の意志を後の世代に引き継ぐのである。
ジークハルトの『ナンバーズ・プロジェクト』は大崩壊から5年経って開始される。開始まで5年もかかってしまったのは、人体コピーを実現した若者が『大崩壊』で行方不明となったからだった。
『ナンバーズ』は現在、最初のコピーである35歳の『10ナンバーズ』が9名、2回目のコピーである25歳の『20ナンバーズ』が9名、3回目のコピーである15歳の『30ナンバーズ』が9名、そしてまだ評議員となっていない4回目のコピーである5歳の『40ナンバーズ』が9名、という構成である。
ただし『20ナンバーズ』は1名死亡により8名となってしまった。評議会の成り立ちを考えれば『ナンバーズ』の欠損は由々しき事態なのである。
リナイアは丁度よかったとばかりに、サーエイに駆け寄り、共に歩き始める。
「サーエイ様。裁判はどうなりました?」
リナイアが心配そうに声をかける。サーエイは正面を見据えたままリナイアに力なく返事をする。
「リナイア、今日は回り道をして帰りたいな」
リナイアはサーエイの心中を察し、無言で頷いてサーエイに付き従うのであった。




