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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
106/311

1-106 遠い大地 2

「回り道をしたい」


 こんな暗い表情でこう言い出すのは、サーエイ(38)が何かに思い悩んでいる時だとリナイアは知っていた。だから、リナイアは黙って付き従いながら、答えを催促せずに言い出してくれるのを待つのだ。


 こんな時、サーエイ(38)が必ず最初に訪れる場所がある。それは植物園だ。

 植物園は2人が最初に出会った、2人にとって特別な場所なのだ。だからか、サーエイ(38)がリナイアに何か悪い知らせを告げねばならない時、植物園で打ち明けるのが、サーエイ(38)の癖になっていた。


 2人は、植物園の中をゆっくりと進む、そして自然と一本の木の根元に揃ってしゃがみ込む。2人が見ているのは、木の根元に生えた小さな雑草の一群である。その雑草がつける小さく貧相な青い花を懐かしそうに見つめていた。

 そして、リナイアはサーエイ(38)の『パートナー』になれて本当に良かったと感じるのであった。




『ナンバーズ』には、各人に1人以上の『パートナー』と呼ばれる補佐官が割り当てられる決まりになっている。

 最初の1人が割り当てられるのは10歳の時。2人目以降は20歳以上になったら要望があれば割り当てて貰えるのだ。

 ただし、誰でも『パートナー』になれる訳ではない。義務教育課程半ばにおいて成績優秀と見なされた者が『パートナー養成課程』に進み、『パートナー』に必要な知識を叩き込まれ、無事課程を修了したものだけが『パートナー』となる資格を得る。注意しなければならないのは、この段階では資格を得ただけで『パートナー』となった訳ではない事だ。

 『パートナー』になるためには、『ナンバーズ』から直接指名を受けるか、『ナンバーズ』が出した条件に合致するなどで人事局に選んで貰うかしなければならない。自分の希望など通らない狭き門なのである。




 5年前のその日、リナイアは植物園で行われる研修に参加していた。植物園内の個体数調査と植え替え作業がその内容であり、半分は社会奉仕である。

 今回の研修は、リナイアのように今回『パートナー養成課程』を修了する者の必須課程であると通達がなされていた。

「ねぇ、リナイア。こんなどうでもいい研修は希望者だけにして欲しいわよね。もっと他に『パートナー』になるための大切な勉強があるはずよね」

 愚痴る友人に、リナイアは黙って微笑みながらも、

(私はこっちの方がいいけどな)

 と心の中で反論する。


 リナイアは、義務教育課程での優秀な成績により本人の意志は無視されて『パートナー養成課程』に放り込まれた。しかし、リナイアにとって『ナンバーズ』も『パートナー』も雲の上の存在であり、自分がなりたいともなれるとも考えていなかったのが本音である。

 それでもリナイアが『パートナー養成課程』を優秀な成績で勤め上げたのは、『パートナー養成課程』修了者は今後仕事を選ぶ時にも断然有利だったからだった。

 リナイアには夢があった。大好きな植物に関わる仕事がしたかった。花屋でも植物学者でも何でもよかった。そして、『ネオ=テラ』の山村に家を構えて、草花に囲まれて生涯をのんびり過ごすのだ。

 リナイアにとって『パートナー養成課程』は丁度いい踏み台でしかなかったのである。


 リナイアは、今の居住区『ネオα』と『ネオβ』の中でも最も緑が濃いこの植物園が好きだった。毎日のように訪れ、人が誰もいない時には、ここが『ネオ=テラ』の山の中だと想像して緑の中をはしゃぎ回るのだ。それがリナイアにとって最も大切な神聖なひとときだったのである。




 研修というお堅い名目が付いていても、植物園にいられる事が嬉しいリナイアであったが、今、1つの心配事が頭の中を満たしていた。植物園の中を通る砂利道に、小さな青い貧相な花を付けた一本の小さな雑草が生えているのを見つけたのだ。

(早く何とかしないと皆に踏まれちゃう・・・)

 しかし、その時、監督官から集合の声がかかったため、今は整列せざるを得ない。


全員が整列すると、監督官は「コホン」と一つ咳払いをして話し始める。

「え~、本日の研修は別のグループとの合同作業となる。そのグループとは・・・『30ナンバーズ』の方々である」

 そのグループの名を耳にした途端、研修生の間からは悲鳴に近い歓声が上がる。彼等は何故この研修が必須であるのかようやく理解した。これは『ナンバーズ』と『パートナー』候補との顔合わせなのだ。しかも相手が『30ナンバーズ』となれば、特別な意味を持つ。


「皆も判っていると思うが、『ナンバーズ』の方々は10歳になるまで、性格形成の為に隔離環境で育成される事になっている。『30ナンバーズ』の方々は、今日が隔離環境から外界に出られる初日だ。従って、君達が彼等が接触する最初の人間となるのだ。その事を十分心得てお相手をするように」

 『パートナー』候補生達は「はい!」と落ち着いているような返事はするものの完全に浮き足立っていた。




『ナンバーズ』と『パートナー』候補生との交流会は様々な機会で行われている。これは、『ナンバーズ』のメンバーが新しいパートナーが必要となった時に何時でも必要な人材をチョイス出来るようにするためだ。従って交流会に参加したとしても需要が0の場合が多いし、なおかつ参加する『パートナー』候補生は、過去に選ばれなかった者達も参加するため、100名近い数となり、完全な買い手市場の超狭き門なのだ。


 しかし今回は違う。

 相手が『30ナンバーズ』であれば、最初の『パートナー』選びであるため9名が確定なのだ。しかも今回の研修という名の交流会に参加の『パートナー』候補生は新規修了者だけであるため、ここにいる20名だけでなる。

 従って、今回、『30ナンバーズ』に自分を売り込むチャンスなのだ。浮き足立つのも無理のない状況なのである。

 女性達は早速化粧直しを始め服が地味だとボヤき始める。男性達は女性達ほどではないにしろ、服装の乱れを気にしているようだ。


 しかし、そんな騒然とした雰囲気の中、ただ一人我関せずと飄然と立つ者がいた。リナイアである。

 ボサボサの髪に、今日は楽しい土いじりだからと汚れる事前提のボロい作業着姿、右手にはマイスコップ、左手には園芸道具を詰め込んだマイバケツを持っていた。

 監督官は、リナイアの格好をひと舐めすると、「はぁ・・・」と溜め息を吐いてリナイアにボヤき始める。

「他の連中みたいにしろとは言わんが・・・その格好もう少し何とかならんかったのか?お前には一番期待しておるというのに・・・」

「だって先生、こんな事一言も言ってなかったじゃないですか」

「それはそうだがな・・・」

 リナイアの反論に監督官はうなだれる。

(言われてても、この格好だけどね)

とリナイアは心の中で付け加えるのであった。


 そんな会話を交わしている内に、植物園の門が開く。『30ナンバーズ』の到着である。

 『パートナー』候補生達は砂利道の左右に分かれて、別の監督官に引率された『30ナンバーズ』の入場を見守った。『30ナンバーズ』は揃いの制服を身に纏い肩章の番号が各人の名前を表す。

 多くの者は『30ナンバーズ』の顔に注目する中、リナイアだけは砂利道の雑草を凝視し祈り続ける。

(踏まないで。踏まないで。踏まないで。踏まないで・・・)

 砂利道を進んで来る『30ナンバーズ』達が雑草の位置に差し掛かる。


(あぁぁっ!)

 リナイアは思わず叫びそうになった。先頭を歩いていた中の1人が、こともあろうか雑草の真上に立ち止まってしまったのだ!その彼はそこをどこうとしないため、後続の『30ナンバーズ』達が彼を追い越して立ち止まる。

 監督官達の話を聞いている最中も、話が終わって皆が動き始めてからも、リナイアは恨めしそうに雑草の上から動かない彼の足を睨み続けていたその時だった。


「君!そこの君!」

 いきなり声を掛けられたリナイア思わず顔を上げ雑草の上の彼と目が合う。リナイアを呼んだのは彼だった。そして、彼はリナイアに『おいでおいで』と手招きしていたのだった。

(マズい。怒られる)

 リナイアがオドオドと彼に近づくと、彼は今度は自分の足元を指差した。

「あっ!」

 リナイアは思わず声を上げる。雑草は踏まれていなかった。彼の両足に守られるように生えていたのだ。彼が皆に踏まれないように守ってくれていたのだとリナイアは理解した。


 満面に笑みを浮かべるリナイアに彼が話しかける。

「僕の名は『サーエイ(38)』。君は?」

「私は『リナイア=ミール』です。あの・・・お花を守って戴いてありがとうございました」

 リナイアが頭を下げるとサーエイ(38)はにっこり頷いて質問する。

「随分若いね。歳はいくつ?」

「はい。10歳です!」

「僕と同じか・・・それで課程修了なんて相当優秀なんだね」

 サーエイ(38)は嬉しそうに頷くと話題を変えた。

「まずは、この子を安全な場所に移動しようか」

「はい!」

 リナイアは元気に返事をすると、雑草をマイスコップで丁寧に掘り出し、一本の木の根元に植え替えるのであった。




「リナイアはこれからどうするの?」

「そうですね。私は植え替えをメインにやっていきます!好きな作業ですし、他にやる人は少ないので」

 サーエイ(38)の質問にリナイアは植え替え作業を始めながら明るく答える。土で汚れる作業は誰もやりたがらないのだ。


「そっか!じゃあ僕も手伝おう!リナイア、やり方を教えて!」

「えっ?!ほら、こんな風に汚れますよ!」

 サーエイ(38)の意外な一言に、リナイアは慌てて泥だらけの手と袖を見せながら思いとどまらせようとするが、サーエイ(38)は「いいって、いいって」と笑いながら、素手で土を掻き出し始めた。

「さ、サーエイ(38)様!せめて手袋を!」

「要らない!リナイアだって素手じゃないか」

 サーエイ(38)の反論に、

「わ、私はその・・・」(土の感触か好きだから)

と、説明しかけたが、今まで誰も理解してくれなかった感情を口の中に飲み込んだ。その時だった。


「これが土の感触か!いい!すごくいい!想像してたより断然いい!」

 と、サーエイ(38)が土を両手で揉みながら喜びの声を上げたのである。

 その姿に、リナイアはドキッとした。

(私、この方を好きかも・・・)

 始めて自分と同じ感性を持つ相手と出会えた。その喜びがリナイアを包み込む。

「でしょ!いいでしょ!私、土や草や木が大好きで!将来『ネオ=テラ』に移住したら、山村に家を構えて、草花に囲まれて生涯をのんびり過ごすって決めているんです!」

 リナイアは自分の秘めた思いを熱く語る。もう、リナイアにとってサーエイ(38)はそうすべき相手となっていた。


 サーエイ(38)は、そんなリナイアを嬉しそうに見つめながら話しかける。

「リナイアの事だから、移住したらきっと何時もみたいに自然の中をはしゃぎ回るんだろうなぁ」

 サーエイ(38)には何気ない一言だったがリナイアには衝撃だった。ここでの大切な一時は誰にも見られていないはずだった。リナイアの笑顔が消え、驚きが取って代わる。

「ど、どうしてそれを・・・」

「だって、あそこ」

 リナイアの変化に気付かないサーエイ(38)が意地悪げに指差す先は、木々の間から見える立派なビルだった。

「あそこで僕達は生活しているからね。あれ、隔離環境施設ね」

 サーエイ(38)は自慢気に話して笑う。しかし・・・


「そんなに・・・可笑しいですか・・・」

 リナイアの震える声がサーエイ(38)の耳に届く。サーエイ(38)は思わずリナイアを見て驚く。うつむくリナイアは、顔を真っ赤にして悔しそうな顔でボロボロ泣いていたのだ。

「えっ?ちょっと、何で泣く・・・」

「人をからかって、馬鹿にして、そんなに面白いですか!土や草花が好きそうな振りをして!あなたを好きになりかけてたのに!どん底に突き落として満足ですか!えっ、えぐっ、えっ、えっ・・・」


 リナイアは恥ずかしかった。悔しかった。自分が大切にしていた時間を壊された。しかも心を開いた瞬間にだ。結局この人も私を判ってくれないのだ。そう思うと涙が止まらなかった。

 サーエイ(38)も自分の失敗にようやく気付いた。あれはリナイアにとってとても大事な一時だったのだ。そこに自分は土足でズカズカと入り込んでしまったのである。

「リナイア。誤解だ。話を聞いてくれ」

「結構です!」

 とりつく島もない状況にサーエイ(38)はオロオロするばかりである。そして、こんな時にこそ神様は最悪の状況というものを用意する。


サーエイ(38)様ぁ。あちらのグループと一緒に個体数調査に行きませんかぁ?」

「えっ?!でも・・・」

 声をかけてきたのは『パートナー』候補生だった。

返事を渋るサーエイ(38)に、しゃがみ込んで土をマイスコップでガツガツやりながら、リナイアが顔を上げずに言い放つ。

「どうぞ、行ってくださいな、サーエイ(38)様。今日は多くの人と交流すべきですよ」

「じゃあ、リナイア、お前も!」

「これが終わったら行きますから先に行って下さい」

 リナイアの言葉に、サーエイ(38)は「じゃあ、待ってる」と言い残して去っていった。

去って行く途中。『パートナー』候補生の声がリナイアの耳に届く。

サーエイ(38)様、大変!大事な手が汚い泥で汚れてしまってますよ!早く手を洗って消毒しないと病気になってしまいますよ!」


 リナイアは、歯を食いしばり、涙をポタポタ落としながら、土を意味もなくガツガツと掘っていた。


 この日、結局、リナイアがサーエイ(38)の下に行くことはなかったのであった。

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