1-107 遠い大地 3
その後、リナイアは『ナンバーズ』との接触を避けていた。
『ナンバーズ』との交流会も、必修とされたもの以外は全て欠席した。今はまだ『パートナー養成課程』中の為、必修であれば出席しないといけないが、もうすぐ課程修了でありそれまでの我慢、と自分に言い聞かせていた。
交流会に出席しても、『ナンバーズ』との接触を避けていた。
自分の秘密が『ナンバーズ』の中に広まり自分の事を嘲笑しているのではと疑った。リナイアは重度の疑心暗鬼に陥っていたのだ。
交流会では出来るだけ隅の方で目立たないようにしていた。グループ作業でも必要最小限の会話しかしなかった。
『30ナンバーズ』が参加する場合は特にサーエイを避けた。サーエイを見つけて出来るだけ遠ざかった。9人のまったく同じ少年の中から特定の個人を見つけるには肩章の番号を見るしかないが、不思議な事にリナイアには遠くからでもサーエイだけは判別がついたため、避けるのは簡単だったのだ。
そんなある日の交流会での事。
リナイアが、何時もの如く目立たない隅の方で、(早く終わらないかな)とボーッとしていた。
今日が必修最後の日である。今日が終わればもう『ナンバーズ』と関わる必要はなくなるのだ。リナイアはホッとして気がゆるんでいたのだろう。その人物が近づいて来る事に気付いていなかった。
「あっ!!」
いきなり右手首を掴まれたリナイアは驚き、掴んだ相手を睨み付けてさらに驚く。そこにいたのはサーエイだったのである。
「やっと捕まえた」
リナイアは表情を強ばらせ、サーエイから視線を逸らす。
「サーエイ様。痛いです。手を離して下さい」
しかしサーエイは掴む力を緩めない。
「離したら逃げるだろ」
「当たり前です」
サーエイは悲しそうな声で懇願する。
「僕はこの前の事を、まだ謝罪も言い訳も弁解もしていない。君の事だからこの最後の必修研修が終わったらもう『ナンバーズ』の前に姿を現さないつもり何だろ?このままもう会えなくなるなんて嫌だ。5分でいい。僕に説明をする時間をくれないか?それを聞いてもどうしても許せないと言われたら、僕はもう君の事を諦める。追いかけたりしないから」
リナイアは、(話もしたくないのに、図々しい)と思いつつ、(でも5分我慢すればスッキリ終わりに出来るのよね)と、考える。
「判りました。5分だけです」
リナイアの言葉に、サーエイは「ありがとう」と言って、リナイアの顔色を伺いなら恐る恐る掴んだ手を緩めていく。そして、手を離してもリナイアが逃げない事を確認すると、脱力したかのように溜め息を漏らす。
リナイアはそんなサーエイの様子に思わず吹き出しそうになるが(いけない、いけない)と気を引き締める。
サーエイは深く頭を下げ謝罪を始めた。
「あの時は本当にごめん。リナイア。君の気持ちを何も考えてなくて、君の心に土足で上がり込むような真似をしてしまった。本当にごめん」
頭を下げたままのサーエイに気付いて、何事かと訝しがる人がこちらを見る。
「私の気持ちを考えるならもう頭を上げて下さい。目立って困ります。話はそれだけですか?もう行きますよ」
リナイアの言葉にサーエイは慌てて頭を上げると、話を続ける。
「待って。話はこれから。まずはリナイアが一番気にしている事だと思うけど。リナイアの植物園での秘密について僕は誰にも話していない。それに他の誰も気付いていないと思う」
自分の秘密をどれだけの人が知っているのか。確かにそれはリナイアが一番気にしていた事だった。そして、他に知られていないと言うサーエイの言葉はリナイアに対して的確な朗報だった。
「ほんとに?!確証はあるのですか?」
「みんなの話に注意していたけど、君を見たという話は一度も出てこなかった。みんなが興味を持って窓から眺めるのは街の様子なんだ。植物園なんて誰も見ちゃいない。それに、見えたと言っても丸見えだった訳じゃない。木立の間からチラチラ見える程度だ。普通は気付きはしないよ」
「でもあなたは気付いたのでしょ?」
リナイアは不思議そうに尋ねた。
「あぁ、僕は植物園が好きだからね。ずっと植物園ばかり見てたのさ。僕達のベースのジークハルト様は植物が好きだったらしい。自室には多くの観葉植物が飾られていたそうだし、居住区が再建された時に植物園の建設を熱心に推進したのがジークハルト様だったそうだ。僕はジークハルト様のそんな一面を一番色濃く受け継いだらしい」
「だから僕は暇さえあれば植物園を眺めていたんだ。毎日毎日ね。だって見飽きる事なんてないもの。人工的に作られ四季に合わせて変化し続けていくんだから。木立の変化の様子や四季それぞれで移り変わる花の色。その素敵な変化が僕は嬉しかったんだ」
(私と同じ感じ方をする人がいたなんて・・・)
サーエイの話にリナイアは驚き共感する。
「そんな風に過ごしていたある日、木立の間をはしゃぎ回る君に気付いたんだ。僕は森の妖精が現れたと思った」
「へっ?!妖精?!」
リナイアは想定外の言葉に思わず声を上げる。サーエイは自分が発した言葉を思い出し顔を真っ赤に染め上げ、慌てて言い直す。
「いや、その、本気で妖精を信じてるとかじゃなくて、その、すぐ人間だと、いや、妖精というのは比喩で、あの・・・」
しどろもどろで何を言っているか判らないサーエイに、突然リナイアが割り込みをかける。
「5分経ちました」
「え・・・」
リナイアの最後通告に、サーエイは泣きそうな顔をして言葉を失う。その様子にリナイアはプッと吹き出し、笑顔で言葉を続ける。
「時間延長なさいますか?今度は時間無制限でもよろしいですよ」
思わぬ優しい言葉に、サーエイ一気に笑顔になった。その変化が可笑しくて、リナイアはまたプッと吹き出すのであった。
リナイアは思った。私はこの人を大きく誤解していたのかもしれない、と。最後まで話を聞いてあげなきゃ、いや、話を聞きたい、話をしたいと思ったのだった。
サーエイは嬉しそうに話を続けた。
「それから僕は君を見るのが一番の楽しみになった。隔離環境から出られない僕は君に自分を重ね合わせた。はしゃぎ回り、飛び回り、転んだり、泥だらけになったり。そして君と一緒にそんな時間を過ごしたいと思った。自由に外に出られるようになったら真っ先に君に会いに行こうと決めていた」
「まるで、ストーカーですね」
茶々を入れるリナイアに、「あ、うん、そうだね」と意気消沈するサーエイ。リナイアは笑いながら話の続きを促した。
「そして、始めて隔離環境から出たあの日。行き先が植物園だった事も嬉しかったけど、一番の喜びは君がいた事だ。しかも『パートナー』候補生として!」
「入り口をくぐってから僕はずっと君を見つめていた。目が合えば作業に誘い易いからね。でも、君はちっともこっちを見てくれなかった。君だけだったよ、我々を堂々と無視してくれたのは!」
サーエイが呆れたように話すと、リナイアは「エヘヘヘ」と笑ってごまかす。
「一体何をジッと見つめているのかと視線を追ったらあの花が通路上に生えてた。それで理解したよ君が何を心配しているのか」
「それであの行動に出たのですね。よく気付いたなと不思議だったんですよ」
サーエイの説明に、リナイアは合点が行ったと納得した。
「うん。で、後はあの通り。そして僕は浮かれすぎてしまったんだ。植物園での秘密は2人の共通のものだと思い違いをしてしまった。君が僕の事を知る訳なんてなかったのに・・・本当に・・・ごめん・・・」
うなだれるサーエイ。リナイアは微笑みながらサーエイの手を自分の手で優しく包み込む。
「もう、謝らないで下さい。私も悪かったんです。サーエイ様の事を一方的に酷い人だと思い込んで。・・・そのせいで勿体ないことをしてしまいました。ちゃんとお話を伺っていたら、もっと色々楽しい日々が過ごせた筈なのに・・・今日で終わりだなんて・・・」
寂しそうな微笑みを浮かべて俯くリナイアを、サーエイは思い詰めたように見つめていたが、意を決したようにリナイアの手を強く握り返すと自分の思いを口にする。
「いいや、これで終わりじゃない。まだ、必修ではない研修や奉仕作業などの交流の場はいくらでもある。それに・・・僕は君を・・・僕の『パートナー』に指名したい」
サーエイの言葉にリナイアは目を丸くして驚く。
「私はまだ10歳で『パートナー養成課程』修了後も一般教育が数年続くんですよ!最初の『パートナー』は一般教育課程を修了した年上の方を選ぶのでは?私の同期もそういう方が殆どですし、そちらから選んだ方が」
慌てるリナイアにサーエイは首を横に振る。
「最初の『パートナー』を年上から選ぶのは決まりじゃない。便利だから自然とそうなっているだけだ。一般教育があるのは僕だってそうだ。一緒に学んでいけばいいだけだ。それに僕は・・・」
サーエイはリナイアの手をさらに強く握り締め、その瞳を食い入るように見つめながら話を続ける。
「君のあの将来の夢。あの夢を僕にも共有させて欲しい。君の側に僕を居させて欲しい」
サーエイの想定外の告白に、リナイアは顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。
「エッ?!あっ?!まさか、いやきっと私の勘違い、あの、おっしゃる意味が・・・」
「『10ナンバーズ』のうちの3名の方が既にご自分の『パートナー』とご結婚なさっている。前例はあるよ」
「そんな・・・それこそ私達はまだ10歳ですよ。そんな事考えるのは早すぎます。本当にサーエイ様は、おませさん過ぎます!」
リナイアは怒ったような口調だったが、それが照れ隠しなのはバレバレだった。サーエイはそんなリナイアに微笑む。
「まぁ、それに関してはそうだね、ゆっくり考えればいい。でも『パートナー』指名の件は承諾して欲しいな」
リナイアは頬を赤らめて、コクリと頷いた。
(後から冷静に考えたら、即答せずに、色々作業を一緒にやって、お互いをよく知ってから返事をすべきだったわよね。そのための交流会なんだし)
あの時植えて沢山に増えた雑草を眺めながら、リナイアは思い出し笑いをする。でも即答した事を後悔していない、むしろ良かったと思っていた。
そんな思い出に浸るリナイアをサーエイが現実に引き戻す。
「レイナさんの処分が決まった・・・禁錮30年だ」
「そんな・・・」
厳しい現実に直面したリナイアは、自分の隣で一緒にしゃがみ込むサーエイを見つめ続けるのであった




