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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
98/311

1-98 戴冠式 6

 フィスリニア王国へ亡命したい。


 メイシアの願いと決意に満ちた瞳はウィルファン王子をしっかりと見据えている。

 ウィルファン王子はイエスともノーとも言えぬまま、アルベルトと困ったように顔を見合わせていた。

 心情としては連れて行ってあげる、と言いたいのだが口に出せない訳があった。

 返事がなかなか貰えない事にメイシアがじれ始めると、無言の原因である人物が口を開いた。

「私の目の前で亡命の相談とは・・・」

 呆れかえった表情でメイシアを見つめているのはアレキサンドル公であった。メイシアは思い詰めるあまり、アレキサンドル公の存在を忘れていたのである。

「まったく・・・本来なら投獄ものだぞ。まぁ、心情は判らぬでもないし、ここでの話は聞かなかった事にしてやろう」

 アレキサンドル公のありがたい気遣いにメイシアはホッとするのもソコソコに、次の一手をを考える。


「へ、陛下。我がモルーグの医術の現状ですが、薬学が充実している反面、外科の技術が非常に稚拙であると危惧しております。これは、従軍看護師として戦場を見てきました私の実感であります。そして、ウィルファン様の治療痕を見ても判る通り、フィスリニアの外科技術は我が国より遥かに先を行っております」

 メイシアは必死の形相でアレキサンドル公に迫る。

「ここは是非とも先端の医療技術を手に入れるために医療留学生を学院に送り込むべきです!そして是非その一員に私を!」

 メイシアの説得にアレキサンドル公は「ほう」と感心する。

「なるほど、我が国の医療事情はそうであったか。アルベルト殿、学院はそうした医療技術も教えてくれるものなのか?」

「はい。大丈夫です。様々な分野の医療スタッフの育成が可能です」

「そうか!メイシア、大変よい提案をしてくれた。早速、留学生の派遣団を構成して送り込む事としよう」

 アレキサンドル公の決断にメイシアは満面の笑みを浮かべる。しかし、

「・・・だが、お前をその一員にする訳にはいかんな」

「えっ?!な、何故でございますか?」

「当たり前だろ。帰って来ないと判っているものを国費を使って送り出したら問題になる。他国への亡命は本来許されるものではなく反逆罪に相当するのだ。ウィルファン達の状況が特殊なのだと言う事を忘れるな」


 アレキサンドル公の正論に希望を砕かれたメイシアは、矛先をウィルファン王子に向けた。

「う、ウィルファン様。私はウィルファン様の親派としてウィルファン様のお側で仕えたいと思っております。是非、ウィルファン様のお側付きとして・・・」

「それは駄目だな」

 もはや見栄も外聞もなくしたメイシアをウィルファン王子は冷たく拒絶する。

「な、何故ですか?やはり私のような人間がお側にいるのはご迷惑だったんですね!」

「それは違う。私が今回自ら足を運んだのは、私の親派を説得するためでもあるのだ。彼等が示し合わせてフィスリニアへ亡命しようとしているという情報も掴んでいる。私は彼等にこの国で叔父上の下で働いて欲しいと説得にきたのだ。そんな状態で一人でも連れ帰ってみろ。我も我もと収集がつかなくなる」


 ウィルファン王子ならば喜んで連れ行ってくれるだろう。そう考えたメイシアの最後の頼みの綱はブッツリと切れてしまう。術もなく、ただ俯き泣き続けるメイシアに、(とは言え・・・)と二人の王は思い悩む。

 はっきり言えば、一人の女の子がどっちの国に籍を置こうがどうでもいいのだ。アレキサンドル公だって二つ返事で気持ちよく送り出してやりたいのである。

しかし、一度こうした前例を作ってしまうと、民の流出を抑える事が出来なくなる、抑制する法が崩れるためだ。

 何かうまいやり方はないのか。二人の王が期待を込めて見つめる先には、渋い表情でメイシアを見つめるアルベルトの姿があった。




「メイシアさん」

 アルベルトの問い掛けにメイシアは顔を上げ「はい」と泣きはらした目で返事をする。

「メイシアさん、あなたは自分がしようといる事が重罪であると判っているのですか?」

 メイシアはまた俯き、「・・・はい・・・」と小さく呟く。

「あなたは、王達の特権を当てにし、何のお咎めもなくフィスリニアに来ようとしていたのですか?」

 メイシアは、俯いたまま唇を噛み、拳を握り締める。

「重罪であるだけではない。国を捨てるという事は、家族も、友人も、地位も、信用も、名誉も、一切合切全てを捨て去るという事なのです。そして二度と元には戻れない、その覚悟が必要なのですよ。王の特権を当てにする様ではその覚悟が出来ているとは思えません」

 アルベルトの口調は優しくとも、言葉は厳しい。


「メイシーは今、母親と2人暮らしの筈だよな。母親はどうする気だったんだ?」

 ウィルファン王子が尋ねる。

「母とはもう話し合いました。母は『行きなさい』と言ってくれました。私の兄や姉の世話になるから大丈夫だと」

 メイシアは顔を上げ言葉を続ける。泣きはらした目には決意が見て取れた。

「私はこの国にある全てを捨てる覚悟は出来ています!私が捨てたくないものは愛するフランクです!でも理由はそれだけじゃない!私はまだ何も恩を返していないのです!フランク、ギルバートさん、ウィルファン様、私を救ってくれたお3人にまだ何も恩を返せていないのです!その恩が返せないのなら死んだ方がマシです!恩を返すためならどんな汚い手も使います!王様だって利用します!それが駄目なら砂漠を這ってでも、汽車に隠れてでもフィスリニアに行きます!恩が返せないのなら死んだ方がマシです!死んだ方が!」

 メイシアは泣き崩れ、後はもう言葉にならなかった。




 メイシアの泣く声が静かな部屋に響く中、アルベルトがアレキサンドル公に提言を始めた。

「アレキサンドル様。この者は明らかに亡命を画策しております。もはや釈明の余地はありません。即刻投獄なさるべきです」

 アルベルトの冷たく事務的な言い様に皆が驚く。

「いや、そこまでしたくないから目を瞑ると言っておるのだ」

 アレキサンドル公が反論するが、アルベルトは首を横に振る。

「駄目です。この者は必ず、フィスリニアへの逃亡を実行するでしょう。ですから、今、引っ捕らえて投獄し罪を償わせるのです。王として守らねばならぬ事ではないですか?」

 アルベルトの言は正しい。自分が法を率先して守らねばならないのは疑いようのない事実だ。ならば・・・

「ならば、せめて今夜は家族と最後のときを・・・」

「駄目です。今すぐ罪を問うて投獄するのです」

 頑なに即時投獄を主張するアルベルトに、こんな堅物だったのかと皆が困惑する。特にウィルファン王子は普段のアルベルトの様子を見ているだけに信じられない思いだった。


「・・・そうだな。判った・・・」

苦渋の表情で答えるアレキサンドル公に、アルベルトが間髪入れずに言葉をかけた。

「明日は、戴冠式です」

 突然の話題変更に皆、(それがどうした)と戸惑う中、アルベルトがにこやかに質問を始めた。

「このような国を挙げてのお祝いの時に、よく行われる事と言えば?」

 もはや何が言いたいのか判らない。誰もがそう思った時、腕を組んで考えていたアレキサンドル公が突然、掌を拳でポンと叩き叫んだ。

「そうか!『恩赦』か!」

「はい。『恩赦』を適用して次のように言い渡すのです。『極刑を免じる代わりに、モルーグ王国国民としての全ての権利と籍を剥奪、身柄はフィスリニア王国預かりとし、モルーグ王国から送られる留学生への援助と第二学院設立への助力を尽くす事によりモルーグ王国への献身を示せ』とね。『恩赦』は王に与えられたその場限りの特権ですので前例とはなりません。それに戴冠式のあとの罪では『恩赦』の対象に出来ません。だから今すぐなのです」


 アレキサンドル公は「なるほど」と唸る。兄であるゴルジア前王は私利私欲のために何かと『恩赦』を乱発していた。その度にアレキサンドル公は、『恩赦』などという制度はない方がよいと考えたものだった。まさかそれに助けられる事になるとは・・・皮肉なものだ・・・


「メイシアさん」

 アルベルトは優しく語りかけるが表情は真剣そのものである。メイシアは事態の思わぬ展開に戸惑いの表情を浮かべながらも「はい」としっかり返事をし、アルベルトを真っ直ぐに見据える。

「申し訳ありませんが私にはこの程度の知恵しかありません。あなたはこの国での全てを失う事になります。もう戻る道はなくなるのです。しかし、大手を振って生きる事は出来ます。あとはあなたの決断だけです。どうしますか?」

 メイシアはまた泣いていた。しかしその顔は喜びに満ちていた。

「これで不満など言ったら罰が当たります。本当に、本当にありがとうございます。すべてお任せします」

 深々と頭を下げるメイシアに、アルベルトはようやく微笑みかける。

 アレキサンドル公も笑いながら立ち上がる。

「では、急ぎ衛兵を呼び、この者を投獄するとしよう。すまぬが明日一杯まで我慢するのだぞ」

 すぐに衛兵が呼び出され、メイシアが引き渡される。その際、決して乱暴に扱わないようにと厳命しているようだった。




 グラスの酒に手を付けてくつろぐアルベルトを、ウィルファン王子は嬉しそうに見つめる。

 視線に気づいたアルベルトは、照れくさそうに頭をポリポリ掻きながら弁明する。

「ミリーなら、もっとよい手を考えてくれるんでしょうが・・・」

「いえ、素晴らしい対応でした。私はあなたを臣下に持つ事が出来て本当に幸せ者です」

 ウィルファン王子が礼を述べていると、戻って来たアレキサンドル公も謝辞を口にする。

「本当に感謝する。しかし考えたな。留学生の管理を任せる、か。それに・・・ん?・・・『第二学院』と言ったか?それは初耳だが?」

 不思議そうな顔をするアレキサンドル公に向かって、アルベルトはニヤリと笑う。


「今回、我がフィスリニアはモルーグ王国のために3つの援軍を用意しました。1つ目が、ウィルファン王の帰還。これにより、各国の使者は交渉戦術を徹夜で組み立て直している所でしょう。しかし、さらに明日、残り2つの援軍を披露します。『第二学院』はそのうちの1つです。これで明日、各国の使者はさらに徹夜で戦術の修正を余儀なくされるでしょうね。さぁ、では仕掛けの相談といきましょうか」


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