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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
97/311

1-97 戴冠式 5

「『メイシア=リームゼン』!メイシーが来たのか!あぁ、私の親友で間違いない!」

 ウィルファン王子は驚きながらも嬉しそうに叫ぶ。

「叔父上、憶えていらっしゃいませんか?『ガルーダ』のメインパイロットだった『ギルバート=ラングルホース』達といつも一緒にいた女の子。ここに呼んで少し話をしても構いませんか?」

「おぅ、あの娘か。であれば私も知らない仲ではない。きっとお前の怪我の心配をして駆けつけたのであろう。良いぞ!ここまで通せ!」

 アレキサンドル公が警備兵に指示する。




 やがて、警備兵に連れられて1人の少女が入室して来た。

「メイシー!久し振りだね!」

 ウィルファン王子にメイシーと愛称で呼ばれた少女メイシアは、ウィルファン王子を認めると駆け寄り大声で叫ぶ。

「ウィルファン様!フランクは!フランクは無事なのでしょうか?!」

 予想と全く異なる質問に一同は戸惑いを隠せない。

「メイシー。お目当ては私よりフランクかい?」

 ウィルファン王子の寂しそうな言葉に、メイシアは「あっ!」と顔を真っ赤にして声を上げる。

「ここの主である私に、先に一言あってもよいと思うのだが・・・」

 不満そうなアレキサンドル公の言葉に、メイシーは再び「あっ!」と声を上げて今度は真っ青になり、その場に平伏するのであった。


「へっ!陛下!申し訳御座いません!あの!あの!」

 メイシアは自分がどういう場に乱入したのかやっと理解しアレキサンドル公に謝罪しようとするが、気が動転していて何を話していいのか、真っ白になった頭には何も思い浮かばないのであった。

 あたふたするメイシアの様子に、アレキサンドル公は大笑いし親しげに声をかける。

「わははは!そう固くならずともよい。お主に会うのも久し振りだな。元気にしていたか?」

 アレキサンドル公の昔ながらの変わらぬ物言いに、メイシアは少し平常心を取り戻した。


「アレキサンドル様。突然の面会をお許し戴きありがとうございます。そして、ご即位おめで・・・あ・・・」

 メイシアはここまで言って失言に気付き、バツが悪そうにウィルファン王子を見つめた。アレキサンドル公に王位を奪われた形になったゴルジア前王の息子が目の前にいるのである。気の置けない仲であっても口に出してよい事ではなかった。

 そんなメイシアの心情を察し、ウィルファン王子がにこやかに声をかける。

「私だって叔父上の即位のお祝いに来たんだ。気にする事はないよ」

 メイシアは「申し訳ありませんでした」と頭を下げた上で控え目にお祝いの言葉を述べた後、ウィルファン王子に向き直る。


「ところで、ウィルファン様。銃で撃たれたとお聞きしましたが、傷はもう大丈夫なので・・・あ・・・」

 メイシアはここまで言ってまたも失言に気付く。アレキサンドル公が銃を撃った側の人間なのだ。メイシアはますますバツが悪そうに俯くしかなかった。

 今度はアレキサンドル公が笑いながら助け船を出した。

「気にするな。私も気になっていたが言い出せずにいたので丁度よかった。ウィルファン、良ければ傷痕を見せて貰えないか?」

「えぇ、いいですよ」

 ウィルファン王子は軽く答えると上着のボタンを外して左肩の辺りを露わにした。


 鎖骨の下にその傷痕はあった。メイシアは驚きに口を手で覆い、アレキサンドル公は渋面を作る。

「この傷、肺にも少しかかってますよね!よくご無事で!」

 メイシアは涙ぐみながら傷痕を無意識に撫で回す。おそらく従軍看護師としての本能で傷の治癒具合を確認しようとしているようだ。

「糸を使わずに縫合してあるのですか・・・一体どうやって・・・あと、少し切ってあるようですが」

「多分、銃弾の取り出しと止血の手術の跡だと思う」

 ウィルファン王子の言葉にメイシアは目を丸くして驚いた。

「そんな無茶な!胸の手術なんて死になさいと言ってるようなものです!この傷の位置では銃弾なんて取り出せません!傷口を塞いで神に祈る位しかない筈です!」

「ところがフィスリニアではそうではないらしい。治療をしてくれた医者が言っていたよ。『この程度の傷で死なせたら恥だ!死なせる方が難しい!』とね」

 ウィルファン王子の説明にメイシアは信じられないといった様子で呟く。

「フィスリニア王国・・・とんでもない国だわ・・・」


「いや、普通の国なんだが・・・」

 思わず口を挟んでしまったアルベルトだったが、その事はメイシアをいたく驚かしてしまった。メイシアにはアルベルトが目に入っていなかったのである。

「あ・・・あの・・・こちらは・・・」

 動揺し後すさりするメイシアをみて、ウィルファンは(まったく相変わらずだな)とクスリと笑う。

 普段は引っ込み思案で大人しい。しかし、思い詰めると今回のようにとんでもない行動力を見せるのだが、周りが全く見えなくなってしまうのだ。


「こちらは、フィスリニア王国の主席執政官『アルベルト=イーゼルバーグ』殿だよ。継承者(サクセサー)でもいらっしゃる」

 その言葉にメイシアはまた真っ青になり、床に頭を擦り付けんばかりに平伏した。

「わっ!私!とっ!とんだご無礼を!あっ!あの!」

 メイシアは必死にお詫びの言葉を述べようとするが、完全にパニック状態になりガタガタと震え、それどころではなくなってしまっていた。

 この様子に逆に戸惑ってしまったのはアルベルトである。

「いや、そんな事をする必要は何も・・・参ったな・・・」

 それでもメイシアはひれ伏したまま顔を上げようとしない。


(メイシーの悪い癖が出たか・・・これは私が迂闊だったな)

 ウィルファン王子は困ったと言いたげに頭をポリポリと掻く。

 メイシアは身分の差や称号の差というものにとても弱い。自分やアレキサンドル公とここまで話が出来るようになってくれるまで随分と時間がかかったのだ。

 しかもアルベルト殿は、王族に匹敵する身分であるだけでなく、継承者(サクセサー)という最高の称号まで持っている。この称号がメイシアにここまで卑屈な態度を取らせているのだろう。


 メイシアは他の従軍看護師とは異なり、医学方面の知識に非常に長けており、技術者(テクノマイヤー)と呼んで差し支えない。

 向学心が非常に高く、第二世代(セカンド)の医者に師事してその殆どを吸収していた。さらには読む事が出来る医学書は全て読みこなしその知識を自分のものとしていたのである。

 客観的に見ても、メイシアはモルーグ王国の医者の中でも屈指の能力を持っているのである。だからこそメイシアには継承者(サクセサー)がどれほど凄いものなのか判っているのだ。


 そんなメイシアが、何故なんの称号も与えられず、しかも従軍看護師の中でももっとも低い身分に甘んじているのか。

 それは、『称号は金で買うもの』というモルーグ王国の悪習のせいであり平民のメイシアに払えるような額ではない事、その才能を周りの医者や看護師に妬まれた事、そして何よりメイシアが内気な性格のせいで何も言い出せない事にある。とウィルファン王子は分析していたのだった。


「メイシー、いい加減にしなさい。アルベルト殿はそんな態度は好まれない。我が国にはびこる威張り腐った称号持ちとは異なるのだ」

 見かねたウィルファン王子がとうとうメイシアを叱責する。

 メイシアはようやく恐る恐る顔をあげた。目の前には優しく微笑むアルベルトがいた。メイシアは師を始めとして、何人かの第二世代(セカンド)第三世代(サード)と会った事がある。そしてその全てが頭を下げ敬う事を強要した。昨日まで一緒に学んでいた者も第三世代(サード)になった途端そうなった。だから称号持ちとはそういうものだと疑いもしていなかったのである。


 しかし目の前の御仁からは一切そのような雰囲気は感じられない。技術者(テクノマイヤー)の最高峰の継承者(サクセサー)であるにも関わらず、である。

 そんな戸惑いを見せるメイシアに、アルベルトはさらに追い打ちをかける。

「床の上に座っていないでこちらにおいでなさい」

 そう言って、自分が座っているソファーの隣の空いた席をポンポンと叩くのだ。びっくり眼で固まっているメイシアに「早く座りなさい」とウィルファン王子が急かし、ようやくソファーに落ち着くのであった。




「さて、メイシーの訪問の一番の理由は何だったかな?」

 ようやく落ち着いたメイシアにウィルファン王子が尋ねる。メイシアは我に返って、来たときの勢いを取り戻した。

「フランク!フランクは無事ですか?フランクはどうしていますか?」

「フランクは怪我一つしていないよ。今はフィスリニアのマシーナ工房で頑張っているよ」

 ウィルファン王子の答えを受けて、メイシアは少し寂しそうに尋ねる。

「・・・もう・・・帰って来ないのですか?」

「あぁ、フィスリニアに亡命を受け入れられたからね」


 メイシアは俯き何事かを考えているようだった。が、突然意を決したように叫ぶ。

「お願いです!私もフィスリニアへ亡命させて下さい!」

 予想だにしなかった願いにウィルファン王子はたじろいだ。

「メイシー。寂しい気持ちは判るが、それは・・・」

「ギルバートさんのご家族だって亡命されたのでしょう?!」

「それは家族だからね」

 メイシアは身を乗り出し食い下がる。

「私だって、来月、フランクと結婚する筈だったんです!だからお願いです!亡命させて下さい!」


 思わぬ告白に一同は一瞬の沈黙の後、

「ええぇぇぇ~っ?!」

 と驚きの声を上げたのは当然であった。


 メイシアは皆の驚き具合に頬を赤らめながらも、決意に満ちた瞳をウィルファン王子に向けるのであった。


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