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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
96/311

1-96 戴冠式 4

 ここは、モルーグ王国の首都『ペリトーラ』にある王宮の中の一室。王族がプライベートな時間を過ごすための部屋の一つであり、穏やかな笑い声が聞こえてくる。

 今、この部屋には、アレキサンドル公と息子のシーザー、そしてウィルファン王子とアルベルトがいた。


 アレキサンドル公はウィルファン王子を出迎えた時に、王宮の方に逗留しないか?部屋もそのままにしてあるのだ、と恐る恐る提案したところ、

「それは嬉しいですね、お願いします。えっ?あぁ、確かに両親と兄の事はありますが、お断りする理由にはなりません。やはり自分の部屋は落ち着きますし、荷物の整理もしないといけませんからね」

 と、拍子抜けする程にあっさり承諾されたのであった。




「しかし驚いたぞ。お前がフィリア姫との婚姻も済ませ国王となっていたとは。おっと、キチンと『陛下』とお呼びせねばならないな」

「そんな、今まで通りでお願いします。私も今まで通り『叔父上』と呼ばせて頂きますので」

 『今まで通り』。ウィルファン王子が笑いながら口に出したその言葉は、アレキサンドル公にとって大きな救いであった。

 お互いどんなに立場が変わっても、二人の関係が変わる事はない。ウィルファン王子のそういう心遣いは、大きく変わってしまった自分自身の環境に対する不安が渦巻く中で、大事な心の寄りどころとなったのである。


 しかし・・・と、アレキサンドル公は目の前のウィルファン王子に思いの丈を吐露する。

「私の夢はな、ウィルファンを王に抱き、その下でこの腕を奮う事だった。二人で力を合わせればきっとこの国を素晴らしい国に変える事ができると確信していたのだ。だからこそ戻って来て欲しくて何度も書簡を送ったのだ。しかし、返事は頑なに否だった。私はそこまで嫌われたのかと嘆き悲しんだ。ある時は書簡がウィルファンの手に渡っていないのではないか、フィスリニアが全て握り潰しているのではないかと邪推もした。おっと、これはアルベルト殿に大変失礼な物言いになってしまったな」

「いえ、アレキサンドル様の胸中お察し申し上げます。ウィルファン様の人となりを考えれば、そのような考えに至るのも仕方のないことでしょう」

 頭を下げるアレキサンドル公にアルベルトは柔らかな笑顔で応える。アレキサンドル公も笑顔で軽く頷くとウィルファン王子を真っ直ぐ見据えて問いかけた。

「ウィルファン。この機会に是非理由を聞かせてもらえないだろうか?」


 ウィルファン王子は少し顔を赤らめて照れたような仕草をして答える。

「愛する人と共にありたい。と言うのが一番の理由でしょうか。私はフィリア姫を心の底から愛しておりますし、姫も私を愛してくれております」

「なる程、その気持ち納得出来るぞ。真の愛は一国にも優るものだからな」

 屈託なく笑い合う二人であるが、ウィルファン王子か突然真顔になり言葉を続ける。


「そしてもう一つは使命感です。前フォルデベルグ国王が私に託した願いを果たしたいのです」

 アレキサンドル公は、ウィルファン王子の決意に満ちた表情に何かを感じ取り、公もまた真剣な表情で身を乗り出した。

「ほう、どのような願いか、聞かせて貰えるのかな?」

「はい。叔父上にお話しする事は、旧フォルデベルグ三国の王族の方々には許可を得ております」


 ウィルファン王子はそこまで言うと、黙ってシーザーを見つめた。アレキサンドル公はその沈黙の意味を察し、シーザーに命令する。

「シーザー。お前は席を外しておれ」

 シーザーは「えっ?」と驚きの声を上げ、自分も聞きたいとだだをこねる。しかし、ウィルファン王子が優しく微笑みながらも決して首を縦に振らないため泣く泣く部屋から出て行くのであった。しかし、アルベルトが機転を利かせ、

「殿下。わたくしもお話の間、追い出される身ですのでご一緒してもよろしいですか?出来ればこの王宮の中を案内して戴けると嬉しいのですが」

 と、笑顔で語りかけると、シーザーは「うん。案内してあげる」と少し機嫌を直してアルベルトと二人で部屋を出るのであった。


 アレキサンドル公は扉が閉まるのを確認すると、

「それほどまでにヤバい話なのか?」

 とウィルファン王子に問いただす。

「はい」

 ウィルファン王子は躊躇なく肯定し、空の上の脅威について語り始めるのであった。




「ウィルファン様は、私の事がお嫌いなのでしょうか?信頼していただけないのでしょうか?」

 シーザーが手を繋いで歩いているアルベルトに尋ねる。

「どうしてそんな風にお思いになるのです?」

 アルベルトは優しく問い返す。

 シーザーは少し一緒に歩いて話をしただけで初対面のアルベルトにすっかり馴染んでいた。


「だって、先程、ウィルファン様は私を追い出しになられました」

 元気なく俯くシーザーの手を少し強く握ってアルベルトは答える。

「そんな事はありませんよ。ウィルファン様は殿下の事がとっても好きで大切に思っていらっしゃいます。殿下にお話をお聞かせにならなかったのは、殿下が辛い目や危険な目に会ったりしてはいけないとお考えになったからです」

「でも私も父上やウィルファン様のお役に立ちたいのです。私にでも出来る事はありませんか?」


 シーザーの真剣な問いかけにアルベルトは即答する。

「ありますとも!」

「本当に?!」

躊躇なく答えるアルベルトに、シーザーはパッと明るくなる。

「はい。それは・・・お勉強です」

 アルベルトの軽快な答えに、シーザーからはゲッという声が聞こえた。どんな時代でも、どんな文明でも、どんな身分でも、子供は勉強が嫌いなのだ。

 そんな事は百も承知とばかりにアルベルトは言葉を続ける。


「今はお勉強なさるのが一番です。沢山知識を蓄えなさい。沢山知恵をお付けなさい。剣を学び自分で身を守る術も身に付けなさい。それがお父上やウィルファン様のお役に立てるようになる一番の近道です」

 シーザーは、う~~っ、と唸りながら何事かを考えた後、アルベルトに確認を取る。

「そうなれば、ウィルファン様は私にも秘密のお話をしてくれるでしょうか?」

「はい、勿論ですとも。殿下が『嫌だ!聞きたくない!』って言っても、無理矢理お聞かせになるでしょうね。そろそろ、お話も終わった頃でしょう。お部屋に戻りましょう」

 シーザーは頷きながらも何事かを考えている風であった。




「さすがだな。ちょうど話が終わった所だ」

 アルベルトとシーザーが部屋に戻るとウィルファン王子がにこやかに出迎える。アレキサンドル公は心ここにあらずといった様子で茫然としていた。今まで信じていた世界がひっくり返されたのだ。モルーグ王国の国民の命を預かる身であれは当然と言える反応だった。

「父上・・・」

「シーザーか・・・ここへおいで」

 心配そうなシーザーの声が耳に届き、アレキサンドル公の心はようやくこちらに戻ってきた。そしてシーザーを隣に座らせるとその頭を無意識に撫で回す。


「我々は・・・勝てるのか?」

 アレキサンドル公は誰に問うと言うでもなく呟く。しかし、その問いに明確に答えるものがあった。

「勝ちます!」

 ウィルファン王子が自信たっぷりにニヤリと笑う。

「当然です!」

 アルベルトもウィルファン王子に同調する。

 アレキサンドル公には二人の自信に何の根拠もない事は判っている。だからこそ、今、我々に必要なのは必ず勝つという気概なのだ。この二人は自分にそれを植え付けようとしてくれているのだ。

「そうだ!その通りだ!!」

 アレキサンドル公はそう言い放ち豪快に笑った。


「父上!お願いがあります!」

 大人達の話を聞いていたシーザーが、意を決したように声を上げる。

「私を学院へ行かせて下さい!行って多くの事を学び、早く父上のお役に立ちたいのです!だから一日でも早く!明日にでも!お願いします!」

 シーザーの予期せぬ決心に、アレキサンドル公とウィルファン王子は驚きの表情でシーザーを見つめる。アルベルトは(そうきたか!)とニヤニヤしていた。


「どうなさいますか?」

 アルベルトの声掛けにアレキサンドル公は戸惑いながらもシーザーの考えを尊重する。

「シーザーがそう決心したのであれば止める理由はないな。よく決心した。偉いぞ。ところで直ぐでも大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫です。後は奥方様とご相談の上お決め下さい。我々は10日ほど滞在しますので、都合がよろしければ一緒にお連れしましょう」

 シーザーは、父に誉められご満悦であった。




 そんな歓談の最中、突然ノックの音が響く。アレキサンドル公が入室を促すと、入って来たのは警備兵であった。

「ご歓談中、申し訳ありません。ただ今、正門にウィルファン様の友人と申す者が現れ、ウィルファン様に会わせて欲しいと一歩も引かないのです。如何いたしましょう?」

 全員の視線がウィルファン王子に集まる。


「その者の名は聞いたか?」

 ウィルファン王子の問いかけに警備兵は直立不動で答える。


「はっ!従軍看護師の『メイシア=リームゼン』と名乗っております!」

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