1-94 戴冠式 2
戴冠式がいよいよ明日に迫ったモルーグ王国の王宮。
アレキサンドル公は、その中に長年設えられていた自分用の執務室で、浮かない顔で椅子に腰掛けていた。
「父上。お元気がないようですが、どうされたのですか?明日は戴冠式、父上が王となられるおめでたい日です。なのにどうして父上はそんなに辛そうな顔をしておいでなのですか?」
ソファーに腰掛けてお菓子を食べていた息子のシーザーが心配そうな顔で話しかける。シーザーも明日からは王子と呼ばれる身分となり、様々な公務をこなさねばならない身体となる。そのため、アレキサンドル公は王になると決めた日から教育のためにシーザーを側に付き従わせていたのだ。
そのシーザーから見て父アレキサンドル公のこの数日の様子は思わず声をかけてしまう程いたたまれないものだったのである。
(いかん、いかん。顔に出てしまっていたか・・・)
10歳になったばかりの息子にこんな気を使わせてしまうとは情けない、と、アレキサンドル公は息子に向かって
「大丈夫だ。心配ない」
とニッコリ笑いかける。
「でも、今日も街中では、父上の悪口を声高に叫ぶ者がおりました。『正当な王はウィルファン様である』と。そして父上の事を泥棒呼ばわりしておりました。父上はとてもお優しく、曲がった事がお嫌いなのに・・・シーザーは悲しいです。あのような者達はゴルジア様がなさっていたように兵隊に連れて行ってもらえばいいのです」
シーザーの恨み混じりの言い分を聞いて、兄王達のそのような汚い一面を出来る限り見せないようにしてきたつもりなのだが、と、アレキサンドル公は驚く。しかし驚いてばかりもいられない。正すべき時に正すのが親の務めだ。アレキサンドル公はシーザーの隣に座りゆっくりと話しかける。
「よいか、シーザー。『民意』というものは決して1つに纏まるものではない。必ず某かの反対意見があるものなのだ。しかしだからと言ってそのような者達の口を力で塞いで駄目なのだ。無理に力で塞ごうとすれば力で反発される。そしてその結果どうなるかはお前も目の当たりに見た筈だ」
シーザーは父アレキサンドル公の話を行儀良く真剣に聞いていた。
「だからこそ、そう言う者達には口を塞いだりせずに根気強く説得し理解を求めるしかないのだ。たとえそれが困難で長い時間が掛かってもな」
シーザーが大きく頷くのを見てニッコリ微笑むと、その大きな手で可愛い息子の頭を撫でる。
(とはいえ・・・)
アレキサンドル公の目下の懸念は確かにそこにあった。
ウィルファン派の連中は、どんなに真摯に理解を求めても聞く耳を持たないといった状態である。
これは、ウィルファン王子が身分が回復されたにも関わらずモルーグ王国に戻って来ないのは戻れば前王同様に殺される事が判っているからだ、と誤解している為である。
しかし、誤解を解こうにも、前王一族の殺害、ウィルファン王子への銃撃、フィスリニア王族への騙し討ちのような攻撃、これだけ揃えば信じろと言う方が無理な話であるのだ。
そして、彼等は今日も街頭でプラカードを掲げて声高に訴え続けている。この数日でその数は増える一方であり、その狙いが戴冠式の来賓として訪れる諸国のお歴々へのアピールである事は明白であった。これは、戴冠式後に行う各国との会談に悪影響を与えるだろう。おそらく各国はモルーグ国内の政情不安を理由に、こちらに不利な条件で交渉を仕掛けてくる筈なのだ。今から考えただけでも気が滅入る。
また、戴冠式そのものにもアレキサンドル公を憂鬱にさせる要因があった。
モルーグ王国では、通常、王位の継承は王の存命中に行われる。よって戴冠式において王冠を新王に被せるのは前王なのだ。しかし、王の不慮の死によりそれが叶わぬ場合は前王に最も近しい存在、王妃等が変わりにそれを執り行うのである。
だがそれは順当に王位が継承される場合の事。闘争により王位を簒奪した場合、王冠を被せてくれる者はいない。戴冠式では、空席の玉座に置かれた王冠を自ら手に取り自分で被るのである。そうする事で自分の力で王となった事を鼓舞するのだ。簒奪王としては最も栄光に満ちた瞬間であり、周りの者達も力ある王の誕生に酔いしれるのだ。
そして今回はと言うと、アレキサンドル公も簒奪王であるため、この伝統に則った戴冠式になる。アレキサンドル公はそれが憂鬱なのである。自ら率先して王位を簒奪しようとした訳ではなく、気が付いたら担ぎ上げられていたというのが正しい。王位を渡したいウィルファンも帰って来ない。そもそもこれはアレキサンドル公が最も嫌悪する行為なのだ。どうしてそれを誇る事が出来よう。
そんな事を考えていると、シーザーの頭を撫でる手も段々と止まり、せっかく作った笑顔も消えていく。シーザーはそんな父の顔を、心配そうに見つめるのであった。
「ア、アレキサンドル様!た、大変です!」
重い空気の執務室にノックもせずに飛び込んできたのは、デロンに代わって新しい補佐官となったドナルド=ガーゴである。実直で凡庸、野心がない代わりに覇気もない、そんな印象だが、静かに堅実に仕事をこなす男であった。
そんなドナルドが、今まで見たことがないような慌て振りで飛び込んで来たのだ。重い空気を更に重くするか、吹き飛ばすほどに軽くするかどちらかに違いなかった。
ドナルドはアレキサンドル公の許しを得るのも忘れて話を続ける。
「1時間程前にフィスリニア王国のご来賓が飛行場にご到着になり、先ほど送迎車で飛行場からこちらに向かわれたのですが、ご来賓の噂を聞きつけた群衆がご来賓を一目見ようと大通りに詰めかけ溢れかえっております!」
アレキサンドル公は訝しげにドナルドを見る。何故そんな状況になるのか原因が掴めない。
「フィスリニアからは二名が出席すると聞いていたが、フィリア姫とミーア=リーア殿なのであろう?」
ならば何故そんな事になるのか、と問おうとしたところ、ドナルドが首を横に振り否定する。
「いいえ、今回はお二人はいらっしゃっておりません」
「ならば誰が来たのだ?」
アレキサンドル公はそう問いかけつつ
(2人が来ないと言うことは我が国と距離を置きたいと言うことか・・・まだ怒りが収まっておらず、適当な人物をよこした、と言うところか)
アレキサンドル公は、恐ろしい2人の顔を見ずに済むことにホッとしたものの、今後の両国の関係に不安を覚える。
そんなアレキサンドル公の心配をよそにドナルドは嬉々として報告を始める。
「お一方は、なんと、主席執政官の、アルベルト=イーゼルバーグ様です!」
「ほう!」
アレキサンドル公は思わぬ大物に驚く。フィスリニア王国の主席執政官は今まで外交に顔を出した事はなかった筈だ。その人物が表舞台に出て来たとなれば各国の要人達は色めき立つに違いない。
しかし、「はて?」とアレキサンドル公は首を傾げる。確かに大物には違いないが、民衆が大騒ぎする人物ではない。
そして、ドナルドが誰にも見せた事がないような満面の笑みを浮かべ、勿体ぶって言葉を続ける。
「そして、もうお一方は!」
今から1時間ほど前。
飛行場に降り立ったフィスリニア王国の専用機から2人の人物が降りてくる。
タラップの下では、何時もの如く来賓に歓迎を表す花の首飾りをかけようと、2人の少女が待機していた。
少女のひとりがアルベルトに花の首飾りをかけ、にこやかに歓迎の挨拶をする。
もうひとりの少女も何時もの手順を思い出しながら、花の首飾りを手に挨拶をしようとした。しかし来賓の顔を見た途端、頭の中の全てが弾け飛んだように動かなくなってしまい、やがて感極まったように泣き出してしまったのである。
「私には首飾りをかけてくれないのかい?」
来賓が茶目っ気たっぷりに笑顔で問いかけると、少女はようやく首飾りをかけ、挨拶の言葉を口にする。しかし、さんざん練習したはずの挨拶の言葉を思いっ切り間違えるのであった。
「あの!あの!・・・お帰りなさいませ!!」
「もうひとりのお方は、フィスリニア王国国王!」
アレキサンドル公は(何を言い間違えているのだ)と呆れて正そうとするが、ドナルドの続きの言葉に驚き、自身の言葉をなくすのであった。
「ウィルファン=ファース=モレード=イス=フォルニムール国王陛下です!ウィルファン様です!ウィルファン様が正式にフィスリニア国王となられたのです!」




