1-93 戴冠式 1
「どうしよう・・・これ・・・」
目の前のテーブルに置かれた書状を前に、フィリア姫は微妙な顔をしていた。
今はいつもの朝の閣議の最中。今では、ウィルファン王子、ギルバート=ラングルホース、フランク=メルギスの3名も新たに常任として加わっていた。
皆での食事もギルバートの家族が加わった事で賑わいを見せていた。
特にギルバートの息子のグラハムに対するミランダの食いつき振りが凄まじい。よっぽどお気に召したようで食事どきには必ず自分の隣に座らせ何かと世話を焼く。
しかし、その恋路を邪魔する者もいた。グラハムの妹、お兄ちゃんっ子のナンシーである。お兄ちゃんを取られてはならじとグラハムを挟むように反対側に陣取るのである。
「さぁ、グラハムしゃま。これおいちいでちゅわよ。あい、どうじょ!」
「お兄ちゃま!なんちーのも!どーじょ!」
2人から次々と料理を皿に盛られるグラハムはというと・・・思わぬモテ期にデレデレであった。
ギルバートの妻のフローリアは、フィスリニア城での生活のオープンさに戸惑いを隠せなかった。しかし、その様子に気づいた女官長を務めるマーサから「城の諸事を是非ご一緒に」と勧められ、城の雑務を通して他の女房達との交流が深まった事で、ようやく城の者達と馴染んだのであった。また、それにより、日々の食事のレパートリーにモルーグ料理が加わったのは、大きな収穫であった。
話は戻り、フィリア姫の目の前の書状。
それは、アレキサンドル=ファース=モレード公の戴冠式へのモルーグ王国からの招待状である。
モルーグ王国では、政変の後、アレキサンドル公が暫定的に実権を掌握し、事態の鎮静化を図っていた。
デロンが自分の都合がいいように掻き回した各省庁の人事の適正化を行っていたのである。
アレキサンドル公が即座に王位に着かなかったのには訳があった。それは、ウィルファン王子の身分の復活からも判るように、次国王にはウィルファン王子が適任であると考えていたからである。
そしてアレキサンドル公はウィルファン王子に対し、再三再四、帰国して王位に就くよう要請する。しかし、ウィルファン王子は頑としてこれを受け入れなかった。
これは、ウィルファン王子としては、フィスリニア王国が自分の真の居場所であるという想いと、モルーグ王国はアレキサンドル公に任せて、自分はフィスリニア王国の目的の成就に専念したいという使命感から来るものであった。
しかし、アレキサンドル公は、これはウィルファン王子の怒りの表れあると考えたのである。
そのため、アレキサンドル公は、正式に王位に就くこと躊躇っていたのだが、さすがにこれ以上の王位の空白は、内政上でも外交上でも問題であると側近達に懇願され、渋々王位に就くことに決めたのであった。
「普段だったら、私とミリーで行くので決まりなんだけど・・・ねぇ・・・はぁ~・・・」
フィリア姫は浮かない顔で溜め息を吐く。
「そうですねぇ。姫が行ったらアレキサンドル様は、また短剣を突き付けられるのではないかとビクビクしなきゃならないでしょうからねぇ」
「あんただって長剣を突き付けてたでしょうに!」
他人事のように語るミリーを、あんたも同罪よとばかりに同じ土俵に乗せるフィリア姫である。
フィリア姫としてはあんな事をやった手前、顔を合わせ辛いのである。
「かと言って、誰も行かない訳にもいかんでしょう」
レオンが困ったように呟く。
「他国からの出席者も注目しているでしょうからね。欠席や出席者のランクを下げたりすれば、両国の関係が冷え込んだと見るでしょう」
財務担当のケニーが言葉を繋ぐ。
「アレキサンドル公の事ですから戴冠式とは言いながら、各国との通商協議がメインとなるでしょうね。とすれば我が国との関係悪化は、他国との交渉においてモルーグに不利な材料となります」
アルベルトが腕組みをして言いながら、さてどうしたものかと思案に暮れる。
「問題は外交面だけではありません。国内の情勢もまだまだ不安定なようです。ウィルファン派の者達の反発が今だに根強く、正当な王はウィルファン様であると主張を繰り返してます」
不安そうなフィリア姫を横目にミリーは淡々と話を続ける。
「ウィルファン派には真面目で有能な人材が多いためアレキサンドル公は是非国の中枢に入って欲しいと考えているようですが、上手くいっていないようですね。今も多くの国民が、ウィルファン様がモルーグに戻り王位を継いでくれると信じているのです」
フィリア姫はたまらず隣に座るウィルファン王子の腕にしがみつき、
「ウ、ウィル様は絶対返さないんだから!ウィル様はフィスリニアの王様になるんだから!ねっ!ねっ!ウィル様!ねっ!帰るなんて言わないですよね!」
フィリア姫は涙目でウィルファン王子に訴えかける。今が閣議の最中であることも忘れているようだ。しかし、それは無理もない事だった。
フィリア姫は今まで口に出す事はなかったが、ウィルファン王子がモルーグ王国を脱出してからずっと不安を抱えていた。
確かにウィルファン様はモルーグ王国には帰らないと約束して下さった。しかし、ウィルファン様の回りにいた人達の想いは異なる。
彼等はウィルファン様がモルーグ王国の王となることを夢見ていた。しかし、父のゴルジア王や兄のガリアン王子がいる限りそれは不可能な事であり、それが変わるとは思いもしなかったのである。
しかし、政変により状況が一変した。有り得ない筈の夢が現実味を帯びて来たのだ。アレキサンドル公のウィルファン様への態度も追い風となった。後はウィルファン様がモルーグ王国に戻るだけでよいのだ。戻って「王になる」と宣言するだけでよいのだ。
そんな皆の期待を、これまでウィルファン様を支えてきてくれた人々と多くの国民の期待を、ウィルファン様は裏切る事が出来るのか。フィリア姫と共に過ごした時間よりも遥かに多くの時間を過ごしてきた人々を。
そんなフィリア姫の狼狽振りにウィルファン王子は最初驚きながらも、フィリア姫の気持ちを汲み取り、優しく微笑む。
「姫。大丈夫ですよ。私はフィスリニアの王となり姫のそばにいると決めたのです。たとえどんな事態になろうとも、私を支えて続けてくれたモルーグの人々を裏切ろうとも、です」
「本当に・・・本当によろしいのですか?」
フィリア姫の懇願するような問い掛けにウィルファン王子は大きく頷く。
フィリア姫はウィルファン王子の決意が揺るぎないと判り感謝の言葉を口にしようとした・・・が言葉は発せられなかった。フィリア姫は大きく目を見開きウィルファン王子を見つめたまま固まっていた。フィリア姫の脳裏にある作戦が閃いたのである。
ウィルファン王子が戸惑っていると、突然ミリーから駄目押しの確認が入る。
「ウィルファン様。そのお覚悟を信じてよろしいのですか?人々の想いを踏みにじる修羅の道となりますよ」
ウィルファン王子は厳しい表情で返事を返す。
「もとより、その覚悟は出来ている」
ミリーはにっこり笑い、フィリア姫に声を掛ける。
「では、姫のその作戦でいきましょう。アル様にお任せすると言うことでよろしいですね」
ミリーはフィリア姫が突然思い付いた事が判ったようだった。
「え?!」
突然話を振られたアルベルトは何がなんだか訳が解らないといった様子だ。
フィリア姫はウィルファン王子を見つめたまま頷き、イタズラ小僧のように、口元に笑みを浮かべるのであった。




