1-92 モルーグの嵐 11
「しかし、かすめただけでアレか・・・えらい威力だな」
ギルバートは半ば呆れたように感心する。
『ガルーダ』はギルバートにとって様々な思い出が詰まった愛着のある機体だ。ましてや乗っているのはおそらくかつての部下の筈だ。それ故にたとえ敵となっても倒したくないと思うのが人情である。
今回はアルベルトからも牽制だけでいいと指示を受けている。よって初撃は、直撃を避け『ガルーダ』の頭部右側の空間を通過するように放ち、狙い通りにいったのだが・・・
ビームが近くを通っただけで『ガルーダ』の頭部右側と右肩の表面は一瞬で焼けただれ煙が上がる。そして空中での姿勢制御が不安定になり『ガルーダ』はフラフラと墜ち始めたのだ。
「ミリー!何が起こったんだ?!」
ここまでやるつもりはなかったと言いたげにギルバートがミリーを問いただす。ミリーは、あらあらとでも言いそうな口調で返事をした。
「う~ん、そぉですねぇ。おそらく電子部品にビームが何らかの影響を及ぼして一時的に誤作動を起こしてるのでしょう。すぐ治りますよ」
「おいおい、撃ってるコッチは大丈夫なのか?」
「一応、電磁的なシールドは施してありますので」
ギルバートは(対処済みかい)と安心しつつ、『ガルーダ』の様子を見守った。
「どういう事なのだ!なぜフィスリニアに『ガルーダ』があるのだ?!」
デロンが誰にも答えようがない質問を周りの人間にぶつけまくる。
(あんな隠し玉まであるのか)
ほほうと感心しながらニヤリと笑っているのはアレキサンドル公であった。
「くそぉ!何なんだよ!これは!」
ライオットは、文句を叫びながら操縦桿を握り締め、何とか体勢を立て直そうとする。
直撃ではなかった筈だ。なのに頭部と右肩のダメージがひどい。いや、それはまだいい。問題はアチコチから鳴り響くイエローアラームの山だ。こんな状況は初めての体験であり、過去のトラブルでも聞いた事がない。おそらくあの新兵器の副次的な効果なのだろうが、今はそんな事を確認している場合ではなかった。
幸いにも完全な制御不能には陥っていなかったため、悪戦苦闘しながらも何とか地面との激突は避ける事が出来た。しかし、砂の上を転がった後、四つん這いになったその姿は惨めな限りであった。
「くそっ!制御が元に戻ればあんな奴・・・」
ライオットは少しずつアラームが沈静化していくのをもどかしげに待ちながら、バイザーに映し出される相手のマシーナを睨み付ける。
『ガルーダ』によく似た機体。その姿は、空を自在に飛び回る人型のマシーナは『ガルーダ』だけであるという誇りをいたく傷つけるものであった。
「一体どんな奴があのパチモンに乗っていやがるんだ」
ライオットがそう悪態をついた途端、いきなり無線が入る。
「『ガルーダ』のパイロット!大丈夫か!誰が乗ってる?!」
ライオットはその聞き覚えのある声に驚きを隠せない。
「その声・・・ギルバートさんか?!」
「そう言うお前は、ライオットだな!よく墜落を免れた!見事だったぞ!」
ギルバートの誉め言葉にライオットは素直に喜ぶ事は出来ない。
「ギルバートさん!そのマシーナは一体何なんですか?!」
ギルバートはライオットの問いかけを無視し、説得にかかる。
「そんな事より、このまま引け!まだ向かって来るようなら俺は『ガルーダ』を破壊せにゃならん。俺は『ガルーダ』を破壊したくない。『ガルーダ』はモルーグにまだまだ必要なんた。お前もな」
「命令には逆らえない!」
「そんな馬鹿げた命令で『ガルーダ』を失う気か!」
ライオットは説得に応じず2人の会話は平行線のままだ。しかし、ギルバートはそうなることは百も承知である。命令違反をすればライオットは二度と『ガルーダ』に乗れなくなるからだ。
そんな睨み合いはミリーからの明るい通信で唐突に終了する。
「ギルバートさん、お待たせ!無事、フィスリニアに到着しました!」
「おう、待ちくたびれたぞ!じゃあ俺も撤収するか。ライオット、また会おう!」
そう言ってギルバートは『カルラ』を後退させる。ギルバートとしてはフィリア姫達がフィスリニア王国へ到達するまで時間稼ぎが出来れば何でも良かったのだ。
「ま、待て!まだ勝負が!」
アラームがまだ残っている状態で、慌てて追いかけようとするライオット。しかし、ライオットには思わぬ邪魔が入る。
「『ガルーダ』!今すぐ撤収せよ!これは王命である!今すぐ撤収するのだ!」
「こ、この声は・・・間違いなくアレキサンドル様・・・」
ライオットは先程の失態を払拭する機会を失った事を悟り、ガックリと肩を落とすのであった。
「陛下!『撤収』などと何を血迷っておいでですか!このまま敵を逃がしたとあっては我が国の威信に関わりますぞ!お前達!全兵力を上げて奴らを追撃・・・」
青筋を立てて叫びまくるデロンの言葉を遮り、アレキサンドル公は全ての兵士に聞こえるかのような大声で叫ぶ。
「王命である!追撃などまかりならん!直ちに撤収だ!」
自分の意思を無視されたデロンは不機嫌そうにアレキサンドル公に詰め寄った。
「陛下、なんという愚かな事を。陛下はモルーグの威光をなんと心得ておりますか。これを汚す者を決して許してはならないのです」
「モルーグの威光だと?単にプライドを傷つけられた貴様の私怨ではないのか?!己の私怨を晴らす為に国家を利用するとは、反逆罪にも等しい行為であるぞ!」
デロンはアレキサンドル公の追求を、いつもの大袈裟な素振りでかわしにかかる。
「この私が反逆者?!国家のために全てを投げ出し忠義のかぎりを尽くすわたくしめをですか?!何と嘆かわしい。よろしゅう御座います。そこまでおっしゃるのであれば、わたくしめにも覚悟が御座います」
デロンはそう言うと、いつぞやのように差し出すように頭を垂れる。
「さぁどうぞ。わたくしの首をお召しください。わたくしは敬愛する王の治世が輝けるものであるよう、天より見守らせて頂きます」
デロンの仕草に合わせるように、デロンの側近達もデロンの後ろに並び同じように頭を垂れた。デロンはアレキサンドル公に顔が見えないのをいいことに、馬鹿にしたような笑みを浮かべるのであった。
しかし、アレキサンドル公の脳裏に浮かぶのはミリーの警告であり、
(私はまたあの少女に助けられるのだな)
と今度はその気持ちに何の迷いもなく、静かに長剣を抜く。
「判った。その決意に甘えさせて貰おう・・・毒虫」
デロンは驚いたように顔を上げ、「え?!お待・・・」と何かを言い掛けたが、アレキサンドル公が振り下ろした長剣により、その首は地面に転がったため、続きを言うことは出来なかった。
その光景に一番驚いたのは首を差し出していたデロンの側近達である。ある者は悲鳴を上げ、ある者は腰を抜かし、ある者は逃げ出そうとする。しかし気の利いた兵士が周りを囲み、誰も逃げ出すことは出来なかった。
「どうした?早く頭を差し出さんか!」
アレキサンドル公が剣を握り締め、凄みのある声で迫ると、デロンの側近達は地面に頭を擦り付ける程の土下座をし、情けない声で命乞いをする。
「どうか命ばかりはお助け下さい!あの様にすれば陛下は剣を振るわれないとデロン様がおっしゃっていたのです!」
「よくも余をたばかってくれたな!相応の報いを受けて貰うぞ!兵士ども!こ奴らを引っ立てい!」
アレキサンドル公は拘束され連れて行かれる側近どもを眺めながら、
(ミーア=リーア殿のような臣下か欲しいものだ)
と溜め息を吐きながらも気を取り直して撤収の指揮を執るのであった。
「以上が斥候からの緊急報告の内容です」
ソゼルド連邦の第一位将軍、ロベルト=バルザガンの執務室では、ロベルトが補佐官のサラ=トゥーリーと共に、フィスリニア王国とモルーグ王国の交渉場所に送り込んでいた斥候の報告を確認している所だった。
「モルーグ側は相手にされず適当にあしらわれた、という感じでしょうか。まぁそのせいで対立関係にはならず、我々もそのまま軍を退くことになりましたが」
「アレキサンドル公の英断の賜物でもあるな。まさか好戦派の部下を粛清するとは驚きだ」
ロベルトは笑いながらサラと会話を交わしていたが、急に真顔になる。
「しかし、この光の兵器とは一体何なのだ?想像出来ないのだが・・・」
戸惑うロベルトにサラが補足を加える。
「第一世代の者達に確認しましたところ、荷電粒子砲なるものではないかと。残念ながら詳しい事を知る者は1人もおりませんでした」
「そして『ガルーダ』に似た新型のマシーナとは・・・」
ロベルトは腕組みをし、難しい顔で黙りこくる。
その様子を見てサラは眉間にシワを寄せる。
「フィスリニア王国。もはや看過できぬ程に危険、という事でしょうか?」
「それが・・・判らんのだ」
サラは、このように歯切れの悪いロベルトを見たことがなかった。そのせいでサラ自身も普段見せない戸惑いの表情を見せ、ロベルトの次の言葉を待つ。ロベルトもサラの気持ちを汲み言葉を続ける。
「フィスリニア王国といえば、建国時は世継ぎ争いの煽りを喰った哀れな国と言われていた。しかし、ふたを開けてみれば、学院と工房を敵味方なく開放しその高い技術力を世に鼓舞した」
「そして軍備もどうだ。陸は『スニーキー隊』に『シャドウクレス』。空は『プテルス』に新型マシーナ。海は『A.O.U.』に『ウンディーネ』。そしてオールラウンドの『シューティングスター』。どれも一騎当千の化け物揃いだ!なのになぜ今だに学院と工房を敵にも開放しているのだ!」
ロベルトは自分が興奮し過ぎていることに気づき、一呼吸おいて気を落ち着かせる。
「すまなかった・・・私は・・・フィスリニアは何かに怯えている・・・そんな気がして仕方がないのだ」
サラはロベルトの大胆な推測に目を丸くして驚いた。
「怯える?!一体何に?!」
「それが判らんのだよ」
大きな溜め息を吐くロベルトをしばらく見つめていたサラであったが、突然、決意を固めたとでも言いたげに口を開く。
「閣下!まとまった休暇を戴いても宜しいでしょうか?!」
普段、休みを取れと言っても、眉間にシワを寄せて「そんな暇はありません!それとももう私は不要ですか!」と噛みついてくるサラである。ロベルトにはサラが何を考えているのか痛いほど判った。
「軍の再編の仕事がまだ残っている。今すぐは無理だな」
「再編が終わったら戴けますか?」
「・・・無茶はするなよ・・・」
ロベルトからの思わぬ優しい言葉に、サラは思わず眉間にシワを寄せて
「私を誰とお思いですか!」
と言いながらも、口元に笑みを浮かべて
「お心遣い、感謝致します」
と綺麗な敬礼をするのであった。
フィスリニア城の付属の病院の病室では、フィリア姫がウィルファン王子と仲むつまじく談笑していた。
フィリア姫は笑いながらもその神経は手元のナイフと果物に集中している。今日、お見舞いに来る前にマーサに特訓してもらったのだ。しかも会話をしながらという難易度の高い技に挑戦である。
ウィルファン王子も口には出さないがフィリア姫の不器用さは先刻ご承知のため、ハラハラドキドキのしっぱなしであった。
「それにしても驚きましたわ。あの時アレキサンドル様がデロンを粛清していたなんて。そしてウィル様やお父様達の身分も復活なさったとか」
「きっと叔父上の謝罪の気持ちの表れなのでしょう。全て姫のお陰です」
フィリア姫は顔を真っ赤にしてはにかむ。
「そんな、何もしていませんことよ」
「ミリーさんから聞きましたよ。なんでも叔父上の喉元に短剣を突きつけたとか」
フィリア姫はその場で固まる。ウィルファン王子の話は続く。
「短剣を突きつけ、叔父上を脅されたとか。あのミリーさんが『もう恐ろしくて私は隅で震えておりました』と言っていました。もうそんな無茶はお止め下さいね」
フィリア姫は辛うじて笑顔を作ってはいたが、口元と目元はヒクつき、額には青筋が立つ。
「わ、わたくし、急用を思い出しました。ちょっと行ってまいりますね」
そう言うと慌てて病室を出て行くのであった。
「そりゃもう、恐ろしいのなんのって・・・いっ?!」
フランクとにこやかに話をしながら病院の廊下を歩いていたミリーが、思わず立ち止まる。なぜなら、廊下の向こうからフィリア姫が右手にナイフを握り締めて凄い形相で歩いて来るのが見えたからだ。
フィリア姫もミリーを認めるなり叫びながら走り出す。
「ミリィィィー!!あんたウィル様になんて話してんのよぉぉ!」
ミリーも反対方向に走りながら叫ぶ。
「ごめんなさぁぁぁい!!」
病院を舞台にした禁断の追いかけっこは、両者が疲れ果てるまでしばらく続くのであった。




