1-90 モルーグの嵐 9
フィリア姫とミリーは、会談場となったテントから何事もなかったかのように外へ出ると、自分達が乗って来た砂上車へと向かう。
途中、アレキサンドル公の補佐官のデロン=ドロスが憎々しげな表情で何かを言いたげにしていたが、フィリア姫とミリーは完全無視を決め込んで目の前を通り過ぎたのだった。
フィリア姫達が乗って来た砂上車には、ウィルファン王子と共に亡命を果たしたギルバート=ラングルホースの妻フローリアと2人の子ども達、グラハムとナンシーが指示通り待っていた。
フィリア姫が3人と軽く言葉を交わしている間、ミリーが護衛兵に状況を確認する。
「お二人がテントに入って直ぐに『蜘蛛野郎』のエンジンに火が入りました。既に搭乗員も乗り込んでいるようです。会談中に動き出さないかヒヤヒヤものでしたよ」
「ご苦労だった。では予定通り先行して退却してくれ」
フィスリニア王国の護衛兵達はミリーに敬礼し砂上車に分乗し、フィスリニア王国への帰路に着く。ミリーが運転する砂上車は最後に出発したのであった。
アレキサンドル公は、まだ会談の席に着いたままであった。フィリア姫達が立ち去った後もその場に座ったまま腕組みをし、神妙な顔で何事かを考え込んでいたのである。
しかし、その黙想の邪魔をする不愉快な出来事の発生に、アレキサンドル公は我に返り眉をひそめる。
「この音は・・・まさか・・・」
せわしなく続くガシャガシャという音が段々と大きくなっていく。アレキサンドル公はこの音に心当たりがあった。
アレキサンドル公が慌ててテントを飛び出すと、目の前を2機の『ロングレッグスパイダー』がフィスリニア王国に向かって走っていく所であった。
「デロン!どこにいる!デロン!」
「はいはい、ここに控えておりますぞ。一体何用でございますかな」
大声で叫ぶアレキサンドル公の斜め後ろから兵士の間を縫うように、デロンがにやけた笑いを浮かべながら現れる。
「何のつもりだ!あれは万が一の護衛として準備していただけの筈ではないか!」
憤るアレキサンドル公を諭すようにデロンが口を開く。
「何をおっしゃいますか!あの生意気な小娘共を叩き潰す千載一遇のチャンスなのですぞ!」
「貴様!世界中と戦争を起こす気か!」
「たかが小娘2人が死んだところで、強大で神聖な我がモルーグ王国に楯突こうなどと考える愚かな国がありましょうか?今、国境に集まっている者共も、声を上げるだけで実際に攻め入る勇気など持ち合わせておりません。それにほれ、もう小娘共に追い付きますぞ」
自慢げに自説を披露するデロン。アレキサンドル公は、自説の正当性を主張するためには平気で事実関係を曲解する部下に、ミリーの言葉を思い出し、心配そうにフィリア姫達の砂上車を見つめるのであった。
「姫様、大丈夫なのですか?護衛の方々はもうあんなに遠くまで。マシーナも迫っております」
ギルバートの妻フローリアが心配そうに尋ねるのも無理はない。
自分達を護衛すべき兵隊達は任務を放棄したかのように、この車を置き去りにして遥か遠くまで猛スピードで去って行ってしまったのだ。背後には2機のマシーナが段々と迫って来ているにも関わらず、である。
フローリアの質問に答えたのは、後ろを振り向きながら運転していたミリーであった。
「あぁ、彼等には先に帰ってもらったんですよ。そばにいられると、敵を誘導するのに邪魔なんで」
にこやかにのんびりと答えるミリーの姿にフローリアが戸惑いながら更にミリーに声をかける。
「あの・・・前を見て運転なさった方が・・・」
「大丈夫ですよ。来る時にこの辺の地形は全部頭に入れておきましたから」
そう言いながらミリーは前を見ずに器用に大小の砂山をよけて通る。前を見ながら運転してもこんなにスムーズに避けられないだろうと言うほどの見事さだった。
そうしたミリーの言葉と動きにフローリアが戸惑いを隠せないでいると、今度はフィリア姫が後ろを向いてにこやかにフローリアに話しかける。
「ミリーはいつもこんなものよ。フローリアも早く慣れてね。でないと驚き疲れちゃうわよ」
フローリアの返事は「は、はぁ・・・」と心許ないものであったが、それも無理もないことであった。
「もうちょっと右かな?そうそう、ちゃんと素直についていらっしゃい」
ミリーはブツブツ独り言を言いながら砂上車をまるで敵マシーナの操縦桿のように操りながら敵マシーナを誘導していった。
「デクスター!出番!5、4、3、2、1、撃て!」
ミリーが無線機に指示するや否や、突然右の砂山からビームが砂を弾き飛ばしながら『ロングレッグスパイダー』の胴体右側上部を舐め、右側の4本の脚全ての付け根を溶かし切断した。『ロングレッグスパイダー』は立っていられるはずもなくその場に崩れ落ちる。
もう1機の『ロングレッグスパイダー』はビームが飛び出した砂山から慌てて遠ざかるように左に進路を変更する。
「うん!いい子だ!!ビート!出番!5、4、3、2、1、撃て!」
嬉しそうなミリーの掛け声に合わせて、今度は左側の離れた砂山からビームが走り、『ロングレッグスパイダー』の胴体後部を吹き飛ばす。エンジンを破壊された『ロングレッグスパイダー』は当然その場に崩れ落ちた。
ビームが発せられた砂山が崩れ、2機のスニーキー隊の『エミュール』が現れる。夜のうちにミリーの指示で隠れていたのである。
ギルバートの息子のグラハムは
「何!今の!かっけー!」
と顔を紅潮させて大興奮である。
「荷電粒子砲、心配でしたが意外と使えますね。再加速に時間がかかるため連射が利きませんが」
「そうね。でも第一世代がこんな兵器まで開発していただなんて驚きだったけど、この前発掘した『あれ』の武器の複製を短期間でスニーキー隊の『ウェポンシールド』に組み込んだミリーにも驚きだわ」
ミリーの寸評にフィリア姫が突っ込みを入れる。
「でもこれで、あの愚か者は大人しくしてくれるかしら?さすがにあんな物見せられたら迂闊に手は出せないわよね」
「さぁて、どうでしょう?こちらももう一手用意してますから、是非とも愚かさを披露して頂きたいものですが」
フィリア姫とミリーの軽快なトークが続く中、2機の『エミュール』も撤退を始める。しかし、その足取りはいつものように軽くはない。
流石の『エミュール』も砂漠での移動は苦手であり、そのため、隠れて初撃で敵を倒し即時撤退、という寸法だったのであった。
「な!・・・何なのだ!あの兵器は!」
二筋の閃光にデロンは思わず声を上げる。
モルーグ王国の陣営は見たこともない兵器の威力に動揺を隠せない。自慢のマシーナがたった一撃で沈んだのだ、動揺しない訳がない。
誰もが底知れない恐ろしさを相手に感じ、どんな手が隠されているか判らない以上、もう戦うべきではないと感じたのだ。・・・ただ一名を除いては・・・
「えぇーい!あのようなこけおどしに怯むでないぞ!神聖なる我がモルーグ王国が敗北などする訳がない。我が国には空を自在に駆け回る世界に唯一無二の守護神『ガルーダ』がいるのだ!皆の者!ガルーダの後に続いて生意気な小娘共の首を取って来るのだ!」
デロンが顔を真っ赤にしてどこかで聞いたような話を怒鳴り散らす。
そして、兵士の誰もがその言葉に疑問を感じる中、引き渡されたばかりの『ガルーダ』のエンジンに火が入れられるのであった。




