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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
89/311

1-89 モルーグの嵐 8

 フィスリニア王国とモルーグ王国との間の引き渡しと会談は、2日後に両国の間に横たわる砂漠のど真ん中で行われる事となった。

 会談に当たってはフィスリニア王国がミリーも同席させる事を要求し、モルーグ王国側がこれを快諾する。

 両者の対立が収束に向かっていることは諸外国も知る事となるが、各国が国境に配した軍が退く事はまだない。この会談次第では事態が悪化する事もあるからだ。




「フランク、お前、本当にあれで良かったのか?」

 ギルバートがフランクに尋ねる。

 『あれ』とは交換条件の事である。要求したのはギルバートの家族だけであり、フランクは孤児であるため呼び寄せる家族はいないとの事だった。

「まあ、ね。仕方がないです」

「そうか・・・お前がそう言うなら仕方がないか」

 フランクが寂しそうに笑い、ギルバートが残念そうに頷くのであった。




 引き渡し当日。

 嵐の時には湖と化していた砂漠どあったが、嵐が去ると同時にあっと言う間に水が引き、今では風が吹けば砂が舞ういつも通りの砂漠に戻っていた。


 その砂漠の真ん中にモルーグ王国によって、大小の円形のテントが用意されていた。小さい方のテントは会談用にわざわざ別に用意したものだ。

 そのテント群で待っているのは、アレキサンドル公、ギルバートの家族、デロンとその側近、そして少数の兵士達である。

 そしてその1Kmほど後方には、2機の蜘蛛型マシーナ『ロングレッグスパイダー』が控えていた。

 『ディフューザ』である『ロングレッグスパイダー』は、マシーナと言うよりは有脚装甲車と言った方がしっくりくる。

 蜘蛛のような長い8本の脚の根元に装甲車大の箱が付いており、そこに備え付けられた機銃によって眼下の兵士を掃射するのだ。

 さらにここにいる機体は、足先を砂漠用に改造しているため、足先が砂に沈む事なく高速に移動が可能であった。


「なんか、デロンという男の浅はかさが、よく判る光景ですねぇ」

 遠くに見える『ロングレッグスパイダー』を見て、ミリーが砂上車を運転しながら馬鹿にしたように呟く。

「まぁまぁ、後のお楽しみが増えたって事でいいんじゃない?対策は打っているんでしょ?」

「まぁ、そうですけど、なんだかなーって」

 助手席で笑いながら応じるフィリア姫にミリーはぼやいた。

 フィリア姫達は、フィリア姫とミリーが乗った砂上車と、護衛兵が乗った3台の砂上車、そして『ガルーダ』を載せた砂漠用トレーラーという構成である。


 フィリア姫一行は、モルーグ王国側が用意したテントに到着すると、ギルバートの家族の無事を確認する。

 深々と頭を下げ不安そうにするギルバートの妻にフィリア姫は笑顔で応じ、自分達の砂上車の後部座席で待つようにと指示する。

 そしてモルーグ王国側の案内人に従い、フィリア姫とミリーは小さなテントへと入って行った。




 テントの中では、既にアレキサンドル公が護衛2人だけを従えて待っていた。


「お久しぶりです、フィリア姫、ミーア=リーア殿。会見に応じていただき感謝しております。どうぞお座り下さい」

 アレキサンドル公が立ち上がり席を勧める。

  フィリア姫は険しい表情のまま無言で進み入り椅子に座る。ミリーは椅子に座らずにフィリア姫の傍らに立った。


 護衛の1人がお茶を入れたティーカップをフィリア姫に差し出すと、ミリーが躊躇なくそれを手に取り毒見をして元に戻す。

 その淀みなく洗練された仕草に、アレキサンドル公は臣下としての意識の高さかと感心し、フィリア姫は死にたがりの一面かと心配する。


「では会見をご希望になった理由をお聞きしましょう」

 ニコリともせずに切り出すフィリア姫に、アレキサンドル公は身を乗り出すようにして口を開く。

「単刀直入にお聞きしたい!ウィルファンは、ウィルファンは無事なのか?!」

「仕留め損なった政敵の動向が気になりますか?」

 心配そうな表情のアレキサンドル公にミリーが辛辣な嫌味をぶつける。

「なるほど、モルーグ王国の新王はそういう腹積もりでいらっしゃるのか」

 ミリーの過言を窘めるどころかさらに輪をかけるフィリア姫の言葉に、フィスリニア王国側の怒りの程を感じたアレキサンドル公は、青ざめながらも誤解を解こうと必死である。

「私がウィルファンを傷つけようなどと思う訳がない!それは舞踏会での我ら2人の仲を見て戴いてお分かりの筈だ」


 しかし、ミリーは鼻で笑い「どうだか」と、にべもない。とりつく島もないフィリア姫とミリーの様子にアレキサンドル公はガックリと肩を落とし愚痴をこぼし始める。

「信じて貰えないのも無理もない。ウィルファンが傷ついたという事実に変わりはないし、しかもこのような形で王位を簒奪したとあってはな・・・」

「しかし、これは私の本意ではないのだ。暴力と流血によって得た物に正当な物などないのだ。兄上を糾弾するにしてももっと胸を張れるやり方でなければいけなかったのだ。そして最も正統で資質にあふれたウィルファンこそが次の王となるべきだったのだ」

「しかし、デロンは最も愚かしい方法で始めてしまったのだ。私の意見を聞くこともなく。しかし始まってしまった以上、誰かが事態を収束させねばならぬ。これ以上の混乱を避けるためには私が起つしかなかったのだ」


 アレキサンドル公はようやく顔を上げ訴える。

「だからせめて、ウィルファンには幸せになって欲しいのだ。何の地位もなくなったウィルファンだが、せめて不自由なく暮らせるよう保護してもらえまいか?」

 アレキサンドル公はテーブルに両手を付き深々と頭をさげる。フィリア姫は不機嫌そうな声で返事を返す。

「アレキサンドル様。私達を見くびらないで頂きたい。ウィルファン様はたとえどんな立場におなりになろうとも、私の婚約者であり、未来のフィスリニア王国国王であることに変わりはありません。これはフィスリニア王国の総意です」

 フィリア姫の返事を聞き、アレキサンドル公はやっとホッとしたような表情を浮かべた。

「そうか、それは失礼な物言いをしてしまったようだな。申し訳なかった。私は今、ウィルファンの相手があなたで本当に良かったと心から思っている。感謝してもしきれない」


「私も血塗られた道となってしまったが善き王となることで罪の償いとしたい。フィスリニア王国いや旧フォルデベルグ三国ともこれまで通りの友好関係を保っていきたい、と言うのが私の願いだ」

 アレキサンドル公の言葉を黙って聞いていたミリーがここで口をはさむ。

「デロンはどうなさるおつもりですか?」

 ミリーの質問にアレキサンドル公の表情は浮かない。

「あれも・・・今のままのやり方ではいけないと判ってくれる・・・そう信じているのだ」

 アレキサンドル公が無理矢理搾り出すようにそこまで言うと、ミリーが突然話題を変えた。

「アレキサンドル様は『フォルバザンの毒虫』と言う話をご存知ですか?」

 突然の事にアレキサンドル公は「いや、知らぬ」と返事をするに留まり、ミリーの顔をジッと見つめて続きを待つ。


「フェルミール王国の中程に『フォルバザン』という地方があります。この地方には特有の毒虫がおり、これに刺されれば心臓発作を起こし高い確率で死に至るという恐ろしいもので、この地方の住民達は、この毒虫が発生すると大慌てで駆除に駆け回るのです」

「しかし、一方ではこの毒が強心剤として使えるのではないかと第一世代(ファースト)の医師達が長年研究を重ねましたが、結局、毒は毒でしかなく、強心剤としての有効な成分などないことが判り、その研究は誰も行わなくなりました」

「しかし、今から15年程前の事です。この毒虫が大量発生した年がありました。大量発生自体は周期的に起こりさほど珍しいものではありません。フォルバザン地方の人々はいつも通り早期に駆除しようとしたのです。ところが、この事に待ったをかける者が現れたのです」


「それは、この地方で診療所を開いていた第二世代(セカンド)の医者でした。彼は強心剤作りを諦めていませんでした。彼は強心剤は必ず作れるから原料となる毒虫を駆除しないようにと当時の領主に訴え、認めさせたのです。しかし、彼が強心剤が作れると言った背景には根拠などなかったのです」

「そして、保護を受けた毒虫は猛威を振るうようになり、人々は駆除を訴えましたが、医者は『薬は必ず出来る。医学の進歩のために今しばらく辛抱して欲しい』と訴えました。今までその地に貢献し名医と認められた彼の頼みですから断る事が出来ませんでした」


「しかし、その地方の住民の3割近い人々の命が毒虫の犠牲になると、住民達の我慢は限界を超え怒りが爆発しました。人々は医者の事を、己の利益の為に人々の命を弄ぶ悪徳医師、と糾弾し彼をなぶり殺しにしました。そして、怒りはそれだけでは収まらず、大きな暴動となって領主に迫ったのです。その後、騒ぎを聞きつけた当時のガーランド国王が領主を処断してようやく事態は鎮静化したのです」

 ミリーは話し終わると、アレキサンドル公に見下すような視線を向けてニマァと嗤い、こう締めくくった。

「さてさて、人々から『賢弟』と讃えられたアレキサンドル様がどのように呼ばれるようになるのか楽しみです。毒虫のせいで」


 アレキサンドル公が反論出来ずに渋い顔をしていると、お茶を飲み終わったフィリア姫が席を立ちながらニコリともせずに口を開く。

「いずれにしても、両国の今後の関係はアレキサンドル様の出方次第、と言うことです」

 フィリア姫はそう言うと、ミリーを連れて出口へと向かう。そして、アレキサンドル公の横をフィリア姫が通り過ぎようとしたその時であった。


「?!」

 アレキサンドル公は驚いたが、声を出す事も動く事も出来なかった。アレキサンドル公の喉元にはフィリア姫が抜いた短剣が光り、その目には憎しみと殺気が満ち満ちていたのである。

 アレキサンドル公の護衛も剣を抜く事も出来ずに固まっていた。何故なら彼等の眼前にはミリーが抜いた長剣が光っていたのであったる。

「大丈夫だ。お前達は動いてはならん」

 アレキサンドル公は声を絞り出すように護衛に命令する。ここでようやくフィリア姫が言葉を発する。


「最初の質問にお答えしていませんでしたね。あなたがこうして生きている事がその答えです。ウィルファン様は一命を取り留めご無事でいらっしゃいます。もしウィルファン様に万が一のことがあったならば、私は躊躇なくあなたの首を掻き切っておりました」

 さらに殺気を強めるフィリア姫にアレキサンドル公は小さく頷く事しか出来なかった。


 そして、しばらく睨み付けていたフィリア姫とミリーは同時に剣を納めると、アレキサンドル公達を見返すことなくテントを出て行くのであった。


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