1-88 モルーグの嵐 7
自分が剣を向けている相手の心情を測るように目を細めるウィルファン王子。
目の前の少女は剣を突きつけられていながら、何故こうも平穏でいられるのか。私が殺す事はないと高をくくっているのか。それとも・・・
躊躇するウィルファン王子。しかし、目の前の少女のせいで父も母も兄も死んだのだ。そう思うと、剣を持つ手にさらに力が入り、思わずぶれた剣先が少女の喉を傷つけ、一筋の鮮血が少女の喉元から流れ落ちる。
その時、ウィルファン王子は見逃さなかった。ミリーの口元に笑みが浮かんだのを。
やはり、この少女は死にたがっている!
そう確信したウィルファン王子はゆっくりと剣をミリーの喉元から離し、床に投げ捨てた。
ミリーは驚いたように目を開く。
「どうして殺して頂けないのですか?!」
「生かしておく事の方が、あなたへの罰に相応しいと感じたからです」
「そ・・・そんな・・・」
ミリーの顔は絶望に包まれ、目からは涙がこぼれ出す。ミリーはもはや何かを語る気力さえ残っていない様であり、その目にはウィルファン王子さえも映っていない様であった。
ウィルファン王子はミリーがどうするのかを待ったが、沈黙が時を刻み続けるだけだった。
仕方なく何をどう切り出すか迷っていると、都合よく病室の扉を叩く者が現れた。フィリア姫である。
ウィルファン王子に許されて入室したフィリア姫は、2人の様子に入口で立ち止まる。
「どうぞ。話は終わりました」
フィリア姫は、微笑みながら招き入れるウィルファン王子と、茫然と涙を流すミリーを見比べる。何があったのかと戸惑うフィリア姫に、最初に答えを与えたのはミリーであった。
「殺して頂けませんでした。生きる事が罰だと」
「そう。ならばその命をもってウィル様に報恩なさい。先ずは傷の手当てをしてアル達と共にモルーグの件に決着をつけるのです。ほら、シャキッとして!」
まだ茫然としているミリーに、フィリア姫は淡々と応じ、ハンカチでミリーの喉元の傷を押さえた。
ミリーが黙って頷き一礼して立ち去ろうとすると、ウィルファン王子が引き止める。
「少し教えて欲しい。叔父上が私を殺そうとしたのか?」
優しく尋ねるウィルファン王子に、ミリーは少し落ち着きを取り戻したような口調で説明を始める。
「アレキサンドル公が事態を仕切ったのであれば、ウィルファン様を傷つける事は絶対にありません。そればかりではなく、お父上達も無傷で捕らえ正当な裁判でお裁きになったでしょう。アレキサンドル公が直接仕切らずとも、公の意向を汲めばそうなった筈です。お父上達だけが捕まり、ウィルファン様は無傷で脱出となったでしょう」
「ならばクーデターは叔父上の仕業ではないのか?」
「アレキサンドル公は何も知らず、事が起こった後に担ぎ上げられたと推測します。主謀者はアレキサンドル公の補佐官のデロン=ドロスです」
ミリーは溜息を一つ吐いて言葉を続ける。
「私は、奴がこれほどまでに、稚拙で、浅はかで、愚かだとは思いもしませんでした。サモンと『医療車両』を配置したのも万が一の為で本当に使う羽目になるとは思わなかったのです。ウィルファン様が撃たれたと聞いた時、本当に肝を冷やしました」
「ミリーさんでも予測が外れる事があるのですね」
ウィルファン王子が笑いながら茶化す。
「愚か者であればあるほど、行動の予測は付けづらいのですよ」
肩をすくめて予測の限界を暴露するミリー。そして、怒りに満ちた表情で宣言する。
「いずれにしても、ウィルファン様を傷つけたデロンを決して許す事は出来ません。必ずやその報いを受けて貰います」
ミリーの宣言にウィルファン王子が頷く。
「叔父上の為にもよろしくお願いします。引き止めてすみませんでした。早く治療へ行って下さい」
ミリーは一礼して病室を去った。
フィリア姫は、ウィルファン王子と二人っきりになった事を確認すると、いきなり土下座をしようとする。
「お止めなさい!姫!」
慌てて叱りつけるウィルファン王子に「でも」とフィリア姫は涙目である。
「姫に一切の責任はおろか過失すらないことはミリーさんから伺っています!」
「でも臣下のしでかした事は・・・」
オロオロするフィリア姫を思わずウィルファン王子は(かわいい)と思いつつなだめる。
「ミリーさんの最後の話を考えれば、ミリーさんの責もどこまで問えるものやら・・・それよりも、ミリーさんには気を付けた方がいいですよ」
「危険分子、と言うことでしょうか?」
ウィルファン王子は(あ、そっち方面に取られたか)と言葉足らずな自分を反省しつつ発言を訂正する。
「いえ、そういう事ではなくて、ミリーさんの心の心配をしてあげた方がいいという事です。さっきハッキリ判ったのです。理由は判りませんが、ミリーさんは死にたがっています」
フィリア姫は今まで考えても見なかった事に驚きを隠せない。
「じゃあ、ミリーが自殺をするかもしれないと?!」
「それが、こんな変な事も言っていたのです。『私は自分の命を自分で終わらせる事が出来ないようにされている』と。自殺出来ないように何かをされている、と言う事なのでしょうか・・・姫は何かご存じありませんか?」
フィリア姫は驚きと戸惑いが入り混じった表情で激しく首を横に振る。
「とにかく、注意して様子を見ましょう」
ウィルファン王子の提案にフィリア姫は黙って頷く事しか出来なかったのである。
「さぁ~て。デロン殿はどう事態を収拾なさるおつもりかな?あれほど豪語しておったのだ。さぞや立派な策がおありなのだろう」
アレキサンドル公は王宮の一室でソファーにふんぞり返りながら、冷めた目でデロン=ドロスを見つめていた。
デロンはアレキサンドル公の嫌味に苦虫を何十匹も噛み潰したような表情で押し黙る。
デロンにしてみれば、旧フォルデベルグ三国の反発は想定外であった。しかも、40機以上のマシーナを始めとした大軍が国境に押し寄せ、その上フェルミール王国のルミエラ女王が自ら宣戦布告ともとれる宣言をぶち上げたのだ。
さらには、無関係であるはずのソゼルド連邦までもが多くの兵力を国境に集めていると言う。両国との国境に配置された守備軍は恐慌状態であり、兵士が次々と逃げ出し戦える状態ではなくなっているのだった。
「ま、全く、両国の連中は馬鹿としか言いようがありませんな。我々の要求に素直に従っておればよいものを」
デロンはしどろもどろに答える。しかし内容は現実逃避の戯言でしかない。
「逆にフィスリニアからどんな要求を出されても可笑しくない状況になったな」
「何をおっしゃいますか!国境に集まった雑兵など簡単に蹴散らして・・・」
「どうやって!具体的に述べよ!あれほどの兵力を雑魚呼ばわりする根拠もだ!」
「崇高なる愛国心があればどんな敵も・・・」
「貴様は私を馬鹿にするのか!精神論だけでは勝てぬと子供でも判るわ!それ程までに言うならば最も崇高な愛国心を持つ貴様が独りで敵を蹴散らしてまいれ!さぁ!今すぐ行ってこい!」
激怒するアレキサンドル公にデロンは沈黙するしかなかった。
そんな状況の中、さらなる事態の悪化を告げる伝令が飛び込んで来る。
「大変です!レンザリア公国の『ティフォーン』が我が国との国境へ向かって移動を開始しました」
『ティフォーン』は『オリジナル』のマシーナであり、モルーグ王国の南東に接するレンザリア公国の旗機である。人型のトーチカとしても名高い。その『ティフォーン』が国境に来ると言うことは、過去の例からモルーグ王国へ侵攻しようとしている事は明白であった。
「西側諸国が追随するのも時間の問題だろう。フィスリニア王国との同盟で護られていたのはフィスリニアではなく我がモルーグであるということがハッキリしたな」
アレキサンドル公は腕組みをし、難しい表情を浮かべる。
「早く事態を収拾させねばならん。万が一どこかで戦いが起これば、雪崩を打つように全ての場所で戦いが始まるだろう。そうなればモルーグは滅ぶ。デロンよ。貴様はこの事態を引き起こした責任をどう取るつもりだ?」
アレキサンドル公の追及にデロンは目を泳がせながらも追及をかわすそうとしていた。
「せ、責任とおっしゃる理由が判りませんな。私は情報を元に作戦を立てておるだけで、情報通りに動かないフィスリニアが悪いのです」
アレキサンドル公は呆れて返す言葉もなくしていた。
「フィスリニアから返信が来ました!」
「遂に来たか。どんなに理不尽で不利な要求であっても、即座に呑まざるを得ないだろうな。読み上げろ!」
アレキサンドル公が険しい表情を浮かべる中、返信が読み上げられる。
「読みます!『ガルーダ』の返却のみ承諾する。交換条件として、ギルバート=ラングルホースの妻及び2名のご子息ご息女の無傷での引き渡しを要求する」
その後、部屋を沈黙が支配する。皆、続きの言葉を待ったのだ。だが、悪戯に時間だけが過ぎていった。その静寂を破ったのはアレキサンドル公であった。
「・・・他には?」
「以上です!」
その短い返答にアレキサンドル公は一瞬、呆気に取られていたが事態を飲み込むと満面に笑みを浮かべ、
「最高の返答ではないか!」
と高笑いをするのであった。
しかし、デロンはその内容が気に食わないと見えて、顔を真っ赤にして不快感を露わにする。
「逆賊ウィルファンの引き渡しが入っていないではないか!こんなもの認める訳には」
「貴様は黙っておれ!!」
通信員に詰め寄るデロンを、アレキサンドル公は突き飛ばし、さらに叱り飛ばした。
「フィスリニアに承知したと直ぐに返答しろ!そして、出来ればフィリア姫と私で1対1で会談したいと申し入れるのだ」
通信員が返答をフィスリニア王国に送っているのを眺めながら、アレキサンドル公は、
(これでこの国は救われる)
と、ホッと一息をつく。
しかし、デロンは、
(みんなあの小娘のせいだ。あの小娘の・・・今に目に物見せてくれるわ)
と、その汚いはらわたの中に怒りを溜め込むのであった。




