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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
87/311

1-87 モルーグの嵐 6

「どうして・・・どうしてよ、フランク」

 モルーグ王国の首都『ペリトーラ』近くの飛行場。

 その中の、今は複数の兵士によって封鎖されている『ガルーダ』の格納庫を遠巻きに見つめながら少女はつぶやいた。

 少女の名は、『メイシア=リームゼン』。

 歳は18。従軍看護師をしている。黒い癖っ毛を頭の後ろで太い一本の短い三つ編みにしている。丸い大きな眼鏡が、少し丸みを帯びた顔によく似合っていた。

「昨日はここには誰もいない筈じゃなかったの?」

 メイシアは目に涙を浮かべて、もうここにはいない人間に向かって訴えかけた。


 昨日の政変の時、メイシアは自宅にいた。

 嵐もひどいし、誰もいない格納庫に行っても面白くはない。今日の当番は午後からだ。なら時間まで家でゴロゴロしていよう。と考えたのである。

 そして突然の政変。街路を赤い襷を付けた兵士が駆け回り、外出禁止を叫んでいた。一体何が起こっているのか全く判らなかった。


 午後も中頃になって、公職者はそれぞれの部署に集まるようにと、やはり襷の兵士がふれ回っていた。一般人の外出はまだ許されていないようだ。メイシアは言われるままに軍部の医務局に顔を出す。

 そこで何が起こっているのか、新しい責任者の説明と、アレキサンドル公に忠誠を誓わされた事で察しはついた。

 アレキサンドル公とは『ガルーダ』の格納庫で何度か会い、話をしたこともある。気さくなとても良い人という印象だった。それだけに未だ信じられないという想いだ。それに加えて信じたくない話もあった。それは国王とその御家族が粛清されたという話だ。

 その話が本当ならウィルファン王子も殺されたと言う事になる。それも信頼していたアレキサンドル公にだ。こんな非道い話は信じたくない。


「メイシー、大丈夫?」

 メイシアが真っ青な顔で茫然と座っていると、いつの間にか隣に1人の少女が座り、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 それは、看護師仲間の少女、パーシーであった。

 パーシーは従軍看護師仲間で大の親友である。

 メイシアがあの事件のせいで、『血塗ろの看護師』と他の従軍看護師仲間から軽蔑され嘲笑された時も、メイシアを信じかばい続けてくれたのだ。

 そんなパーシーが控え目に笑いながらメイシアの耳元で囁く。

「あんたに朗報よ。ウィルファン様が生きているらしいわ」

 メイシアは驚き親友の顔を思わず凝視する。

「本当に?!」

「本当かどうかは判らないけどそういう噂。まだ逃亡中だって。どう?少しは元気出た?」

 メイシアはこの日初めてニッコリと笑い頷いた。


 逃亡中ならフランクやギルバートさんが何か知っているかもしれない。メイシアがそう考えたのは自然な事であり、『ガルーダ』の格納庫に足を向かわせたのも当然であった。

 その日の夕方、メイシアは『ガルーダ』の格納庫に向かったが、飛行場そのものが封鎖されており格納庫に近づく事すら出来なかった。

 そして翌朝。

 封鎖が解かれた飛行場に入り、馴染みの職員達から思いもしなかった事実を突きつけられたのである。


 ウィルファン王子、ギルバート、フランクの三名が『ガルーダ』で逃亡。


 メイシアにとってこの事実は、ウィルファン王子が生きていた喜びよりも深い悲しみを作り出していた。

 私は置いていかれたのだ。ずっと苦楽を共にする仲間だと思っていたのに、私だけ置いていかれたのだ。

 きっと、フランクもギルバートも何かこうなる事が判っていて私を遠ざけたに違いない。私を危険な目に合わせたくなかったのかもしれない。

 それでも連れて行って欲しかった。まだ、命と心を助けてもらった恩を返していないのだ。そして、フランク・・・


 メイシアはその場に膝をついて座り込む。

「フランクのバカぁぁぁぁ!私どうすればいいのよぉぉぉ!私達の事どうすればいいのよぉぉぉ!」

 メイシアは天を仰いで大声で泣き続けたのであった。




 政変があった日の夕刻過ぎ。フィスリニア城附属の病院に一台のトレーラーが到着する。

 病院の入口では数名の職員と、この国のお歴々であるフィリア姫、ミリー、アルベルトが待ち構えていた。

 トレーラーの後部ハッチが開かれ、ウィルファン王子を載せた台車型のストレッチャーが職員達の手によって運び出される。

 フィリア姫が駆け寄り「ウィル様」と声をかける。しかし、ウィルファン王子は目を開かない。

 心配そうなフィリア姫に、続いて降りてきたサモンが何事もないように説明する。

「麻酔が効いて眠っておるだけじゃよ。じきに目を覚ましおるわい」

 フィリア姫がホッとした表情をしていると、その後に降りてきたギルバートとフランクが突然フィリア姫の前に土下座して謝罪を始めた。


「姫!ウィルファン王子に傷を負わせてしまい申し訳御座いません!」

 必死に謝る二人の手を取り、立ち上がらせるフィリア姫であった。

「何を言うの。ウィル様が無事に脱出出来たのは、二人の働きがあったからよ。感謝しこそすれあなたたちを責める材料なんてどこにもないわ。本当にありがとう!」

 フィリア姫からの手放しの感謝の言葉に、ギルバートとフランクは恐縮しながら立ち上がる。

「お疲れの所申し訳ありませんが、状況の整理と今後の方針についてお話がありますのでこちらへ」

 微笑みながら声をかけてきたのはアルベルトであった。ギルバートとフランクは神妙な表情で黙って頷いた。




「以上が、モルーグ王国の現状と、我が国に突き付けられた要求になります」

 フィスリニア城の中央司令室に隣接する会議室で、ギルバートとフランクはアルベルトとフィリア姫から説明を受けていた。この場にミリーがいないのは、ウィルファン王子が目を覚ました時に大事な話があるということでウィルファン王子に付き添っているのだと、フィリア姫が辛そうに語っていた。


 話を聞いたギルバートとフランクはテーブルに両手を付き頭を下げ懇願する。

「我々は送り返してくれても構わんが、ウィルファン王子だけは匿って欲しい!王族としての地位も奪われた以上、もはやフィリア姫との婚約は破棄されると思うが、せめて・・・」

 アルベルトはギルバートの言葉を笑いながら遮る。

「モルーグが何と言おうと、ウィルファン様がフィリア姫の婚約者であり次期国王であることに変わりはありません。ですよね、姫?」

「当たり前じゃない!」

 話を振られたフィリア姫は聞くまでもないと不機嫌そうに答える。アルベルトが笑いながら話を続ける。


「それに我々はあなた方も返す気はありません。『ガルーダ』と引き換えに御家族の引き渡しを要求するつもりです。如何でしょう。この国で、姫とウィルファン様のために働いて頂けないでしょうか?」

 思わぬ申し出にギルバートとフランクは驚き顔を見合わせ、そしてフィリア姫達に深く頭を下げた。

「是非、お願いしたい」

 フィリア姫はその様子を見て頷く。

「これより、ギルバート=ラングルホースとフランク=メルギスは我が臣下と認めます。ではアルベルト。二人に例の物を」

 アルベルトはフィリア姫の指示を受けて立ち上がる。

「早速ですが、お二人に是非見ていただきたい物があります。こちらへ」




 ウィルファン王子はゆっくりと目を覚ました。


 見たことがない天井。見たことがない設備。ウィルファン王子は、自分がどこにいるのかまるで判らなかった。やがて、自分が目覚めた事に気付いた白衣の職員に、ここがフィスリニア城附属の病院である事を告げられる。

 看護師と見られる女性職員から、様々な検査を受けている間、自分がなぜここで治療を受けているのか必死に思い出していた。


 前日にギルから『ガルーダ』の格納庫に呼ばれた。朝、『ガルーダ』の前で喋っているといきなり兵士がなだれ込んできた。『改革』とか叫んでいたっけ。ギルやフランクが「『ガルーダ』に乗れ!」と叫んでいた。そして撃たれたのだ。あとは、痛みで意識が朦朧として記憶が曖昧だった。

 ウィルファン王子は何とか状況を整理しようとする。

 『改革』などと叫んでいた事から、モルーグ王国でクーデターが発生したのは間違いないだろう。ならば、そのクーデターは成功したのか失敗したのか。国王である父そして母と兄は無事なのか。自分をここまで連れてきてくれたはずのギルとフランクはどうなったのか。そもそも何故あの二人の反応があんなにも早かったのか。


 そんな事を考えている最中にも検査は無事に終わり、ウィルファン王子は個室の病室に移される。

 病室に一人きりとなったウィルファン王子がとにかく情報が欲しいと思っている所に、病室に入って来たのはミリーだった。

「姫にお願いして、先に2人だけでお話しをする時間を頂きました」

 ミリーが俯き沈んだ声で切り出し、ウィルファン王子は眉を潜める。

 ミリーがモルーグ王国の状況を説明する。(やはり父たちは・・・)とウィルファン王子は肩を落とすが、それでも確認すべき事がある、と視線をミリーに向ける。


「ところで、ミリーさんが私と二人っきりで話さねばならない事とは?」

 ウィルファン王子がミリーを睨みつける。ミリーはウィルファン王子の傍らに両膝をついて観念したように話し始めた。

「お察しの通り、私はこのクーデターを予見し・・・ウィルファン様の御家族を・・・見殺しにしました」

 ウィルファン王子の右手がベッドのシーツを握りしめる。

「ギルとフランクは?」

「あの2人には、万一の場合にはウィルファン様を連れてフィスリニアへ脱出するように指示しました。ウィルファン様には内密にと厳命して。そしてそれ以上の事は教えておりませんでした。ですので、あの二人には何の罪も御座いません」


 さらにミリーは続ける。

「姫は、私が予見した事もご存知ありませんでした。お気付きになったのは、全てが起こった後です。その時、姫は大変激昂されました。御家族を見殺しにするなど、ウィルファン様に合わせる顔がない、と。そのお悲しみ様に私は、打ってはならぬ手を打ってしまったのだと悟りました」

 ミリーは俯き、辛そうに顔を歪める。

「全ては私の独断によるものです。罪は私にあります。姫は私の処分を次期国王でいらっしゃるウィルファン様にお任せすると言っていました。ウィルファン様、右手をお出し下さい」

 ウィルファン王子が右手を出すと、ミリーはその手に長剣の柄を握らせ、自分は掌で剣の腹を下からそっと支え上げ、剣先を自分の喉に当てる。

「私は自分の命を自分で終わらせる事が出来ないようにされています。だから、ウィルファン様の手で罰をお与え下さい」

 ミリーはそう言うと、静かに目を閉じる。

 ウィルファン王子は目を細め、剣を強く握り締めた。


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