1-86 モルーグの嵐 5
翌朝。
この、フェルミール王国とモルーグ王国との国境がこれほどまでに賑やかになった事はなかった。ただし、あまり嬉しくない理由において、である。
既に両陣営には仮設の作戦本部が設置され、戦いの布陣を敷き睨み合いの状態である。しかし、その戦力差は歴然としていた。
フェルミール王国側は、シオンの『シャドウクレス』と、フェルミール王国の全騎士団27機、そして早朝に到着したフォルデベルグ王国の『フォルン騎士団』15機、総勢43機のマシーナが立ち並び、さらに十数台の戦車と数千の兵士が開戦はまだかと待ち構えていた。さらに上空を、フェルミール王国の『ウェルニー空軍基地』およびフォルデベルグ王国の『ラーミザン基地』から飛び立った爆撃機と攻撃機が入れ替わり立ち替わり所狭しと飛び交っていたのである。
それに対しモルーグ王国側は、数台の戦車と数百の兵士のみであった。そして圧倒的な戦力差に加え、今朝フェルミール王国側からモルーグ王国側に向けてなされた宣言がモルーグ王国側の士気を落とせるだけ落とし、指揮をすべき将官達は全ての兵を置き去りにして逃げ出してしまったのであった。
「本当によろしかったのですか?あんな事までしていただいて・・・」
シオンは仮設本部の中でひたすら恐縮している。その相手は誰あろう、戦装束に身を固めたルミエラ女王その人であった。
「いいのよいいのよ。ああいった脅し文句は上の者が言った方が効果があるの。それに一度やってみたかったのよ。眼前に広がる敵に向かって大見得を切るってやつ。ほんとスカッとしたわ。機会があったらまたやらせて頂戴ね」
無邪気に笑うルミエラ女王にシオンは釣られて笑いながら(ほんと御姉妹なのだな、フィリア姫にそっくりだ)と感心する。そしてこの開けっ広げな様子は他に誰もいない個室であるから見られるのであり、素のルミエラ女王に接する事が出来る数少ない人間の一人にしてもらえたのはとても嬉しい事であった。
アルベルトから緊急の連絡を受けたのは昨日の昼前であった。
シオンは直ちにルミエラ女王に事件の経緯を説明し、『ヴァルキュリア騎士団』をお借りしたいと懇願したのである。そう、シオンは『シャドウクレス』と『ヴァルキュリア騎士団』の10機のマシーナで脅しをかける予定だったのだ。
しかし、話を聞いたルミエラ女王はニコッと笑ってとんでもない事を言い出したのである。
「せっかくだから、全軍を向かわせましょう」
「いえ!戦いを回避するための作戦です。脅しをかける為だけですからそこまでの規模は必要ないでしょう。費用も馬鹿になりません」
驚き遠慮するシオンに、ルミエラ女王は楽しそうに説明を始める。
「いくつか理由がありますよ。まず一つ目は、これが脅しだからです。相手に脅しだと悟られては意味がありません。多大な費用と労力を注ぎ込む事で相手に本気だと思わせる事が肝心なのです。本当に戦争となった場合の事を考えればこのくらい安いものです」
シオンは感心しながら思った。
(張り子の虎の騎士団の件といい、女王は間違いなく『ブラフの女王』だ)
「そして、二つ目の理由は、今回の件が我が軍にとても有益だからです。もう判っていると思いますが、我が軍は規模こそ立派であるものの、隣国との紛争は現在皆無であり、自分達が戦いに赴くとは考えていないのです。先日の合同式典での戦いも自分達には関係のないどこか遠い国での出来事くらいにしか思っていないのが現状です。『ヴァルキュリア騎士団』の傷だらけの戦乙女達を目の当たりにしてもです」
シオンは(あの子達を傷だらけにしたのは私なんだが)と思いつつも、この国で教練を始めてから、騎士団だけではなく軍全体の問題であると気付いていた。ルミエラ女王から「いっそ将軍になって軍全体を」と懇願されたのを「流石にそれは」と丁寧にお断りしたばかりであった。
「そんなだらけた軍に活を入れるよい機会なのです。それに、緊急の非常事態に全軍がどれだけ動けるのか確認もしておきたいですし」
なるほど、とシオンは納得する。訓練で問題なく出来た事が実戦ではどうなのか。また個別では良くても全軍の連携となった場合どうなのか。確かに今回の件は丁度よい機会だ。
という事で、国境にはフォルデベルグ王国の大軍が立ち並び、ルミエラ女王が先頭に立って、モルーグに向かって脅しの演説を派手にぶち上げたのであった。そして今、ルミエラ女王とシオンの二人きりで状況を整理中なのである。
「発令から約1日が経とうとしている現在で、マシーナ騎士団は100%揃いましたが、戦車部隊は60%、歩兵に至っては40%ですか・・・見た目は何とか揃いましたが・・・」
「補給関連が20%だなんて弛みすぎよね。ほんと、ハッタリだけで世の中を相手にしている気分だわ」
シオンは腕を組み、ルミエラ女王は溜め息を吐く。
二人の表情が冴えないのは、さきほど届いた一通の報告書のせいでもあった。それは隣接するソゼルド連邦の動きを監視していた斥候からのものである。
「ソゼルド連邦は、ローデモング帝国との国境に配備していた戦力をモルーグ王国との国境に集めたようです。しかも夜明け前には完全に配備が完了したそうです」
ソゼルド連邦の動きを見張ったのはアルベルトから指示があったからである。ソゼルド連邦のこの動きは偶然ではない。フェルミール王国の動き出しを確認して動いたものだ。
この事によって2つの事が判明した。
1つは、フェルミール王国の軍内部にソゼルド連邦への内通者がいる事。そしてもう1つは、ソゼルド連邦の兵の練度が非常に高いという事である。フェルミール王国よりも遥かに。
「ソゼルド連邦との国境に戦力を回す必要はないかしら?いつ矛先を変えてくるか心配だわ」
心配顔のルミエラ女王にシオンは首を横に振る。
「アルベルト様から、『それは絶対にしないように』との厳命です。ソゼルド連邦の狙いはあくまでも『漁夫の利』だそうです。モルーグ王国が旧フォルデベルグ三国と戦いになった場合にモルーグ王国の北の領土をかすめ取るつもりだろう、と」
「じゃあ、我々が戦いにならなかったときは?どちらかを攻めて採算を合わせようとするのではなくて?」
「その場合、旧フォルデベルグ三国とモルーグ王国の連合軍を相手にしないといけない訳で、余計に採算が合わなくなるのでそれはない、と。いずれにしても、ソゼルド連邦がフェルミール王国にかかってくる心配はない、ソゼルド連邦の将軍はものの道理がよく判っている方だそうです。さらに理由をあげるならば」
シオンは一呼吸おいて言葉を続ける。
「ローデモング帝国を弱体化させたミリーさんの影がチラついているからだそうです」
ルミエラ女王は「なるほどね」と納得する。
「ところで今回の作戦の指揮はミリーさんじゃないのね」
「はい、主席執政官のアルベルト=イーゼルバーグ様です。もし、ミリーさんが指揮を執っていたならば・・・モルーグ王国は夜明け前に世界地図から消えていたのではないかと・・・」
「なんか、判るわ~~・・・」
誇張が過ぎる話であるが、ルミエラ女王は気だるそうに同意するのであった。
「閣下、入ります」
ノックの音とともに、落ち着いた、それでいてキビキビした女性の声が聞こえたかと思うと、扉がガチャリと開かれる。
ここは、ソゼルド連邦の第一位将軍であるロベルト=バルザガンの執務室である。
入って来たのはサラ=トゥーリー。ロベルトの補佐官である。サラはストレートの黒髪をアップにし、細い眼鏡を掛け、黒のスーツを着こなし、カッカッとハイヒールの音を小気味よく響かせて颯爽と歩いてくる。まさに才女、キャリアウーマンと言う言葉がよく似合う女性であった。
サラは書類を挟んだバインダーをロベルトの机に置き報告する。
「モルーグ国境への部隊の配置、完了しました」
「よし。では指示通り、モルーグと旧フォルデベルグ三国の動向に注意するように伝えよ」
「はっ」
サラは肯定の返事を返すがその場を動こうとしない。
ロベルトが「何だ?」と声をかけると、サラは一礼をしたあと口を開く。
「こちらから先に打って出る訳には行かないのでしょうか?」
「ダメだ。あくまでも動くのは、モルーグと旧フォルデベルグ三国が戦闘に入った場合だけだ」
「では、戦闘になる確率は?」
「モルーグの新しいトップが大馬鹿でない限り、限りなくゼロに近いだろうな。まぁ、今回の作戦は戦闘になったら儲けもの位に思っておけばいい」
サラはさらに言葉を続ける。サラがロベルトに物怖じする事はない。これが自分のアイデンティティだと自負している。
「僭越ではありますが、フェルミールとの国境の兵力を増強しておく必要があるのではないでしょうか?彼等が、いつ矛先をコチラに向けるとも限りません」
「まぁ、気持ちは判るがその心配はない。今回、旧フォルデベルグ三国の指揮を執っているのは、アルベルト=イーゼルバーグという男だ。奴は決して目的を違える事はない、ものの道理が判っている男だ。敵ながら阿吽の呼吸がとれる相手だよ」
「そやつをご存知なのですか?」
「知ってるも何も、『ラドルド平原戦争』で私に手痛い敗北を味合わせた男だ」
サラは眉間にシワを寄せ険しい表情になる。
「なら、憎き相手ですね」
「いやいや、休戦協定の調印の場で会ったが、なかなか清々しい男だった。是非、私の片腕に欲しいと思ったよ」
サラはさらに眉間にシワを寄せ、さらに険しい顔になる。
「私では、ご不満であると?」
ロベルトは苦笑いしながら、サラをなだめた。
「不満などある訳がない。両腕があれば便利だと思っただけだ。それより、参謀本部の話は何だった」
「第一世代の参謀に念押しされました。旧フォルデベルグ三国には手を出すな、と。ミーア=リーア=シュタインロードという人物を気にしているようです。女性だそうですね」
「20歳に満たない少女らしい。しかし、ローデモング帝国をあれ程までに叩き潰すとは・・・一体どんな人物なのだろうな」
「是非、会ってみたいものです」
そう言うとサラは口元で笑うのであった。




