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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
85/311

1-85 モルーグの嵐 4

「ミリー・・・入ってもいい?」

 扉をノックしてフィリア姫が力なく声をかける。


「どうぞ。お待ちしておりました」

 ミリーの声を待って、フィリア姫はミリーの自室へと入る。ミリーは部屋の中央に置かれたテーブルの椅子に座っていた。

 初めて入るミリーの部屋。フィリア姫は思わず中を見回す。

 何もなかった。そこには、必要最低限の物以外、何もなかった。まるで生活感と言うものが感じられなかった。そしてフィリア姫の視線はある一点で止まる。

 備え付けのクローゼットの隣の壁に大きな姿見の鏡があった。しかし、その鏡は粉々に壊れていたのである。破片は部屋の隅に片付けられていた。


「私が壊しました。ここへ来てすぐに」

 フィリア姫の疑問を読むかのようにミリーが告げる。しかし理由語られなかった。それはまるで理由の説明を拒んでいるようにフィリア姫には感じられた。

 ミリーの言葉に釣られるように、フィリア姫はミリーを見つめ気付く。

 ミリーはマントを羽織っていた。普段、正装だと主張している服装をしていた。しかし、それはミリーの旅装束でもあることをフィリア姫は知っていた。


「ミリー・・・ここを出て行っちゃうの?」

 フィリア姫の哀しげな問いかけにミリーが静かに答える。

「姫のご沙汰をお待ちするのですから正装が当然です。私の処分はどうなりましたか?斬首刑ですか?絞首刑ですか?火刑ですか?」

「何を言っているの?!」

「私は姫の逆鱗に触れたのです。極刑が当たり前でしょう。姫が直々においでになったと言う事は、そういう事なのでしょう?」

 フィリア姫は驚いて何度も首を横に振る。

「私はただ、さっきの事を謝りに来ただけ。やりすぎたと思って・・・」

 ミリーは一瞬驚いたような表情から困惑の表情へと変わる。

「何故そんな事になるのか・・・本当に姫様の考えは解りません」


 フィリア姫はテーブルの上に、さっきミリーが着ていた服が無造作に置いてあるのを認めた。お茶のシミがくっきりと付いているのが判った。

「シミ、落ちるかな?」

「無理でしょうね。その服はもう捨てるしかありません」

 ミリーは何の感慨も躊躇もなくあっさりと言い放つ。

 しかしそれはフィリア姫にとってとても悲しい事に思えた。

 この服にシミを付けたのは私だ。このシミは服だけではなく、ミリーの心にもべっとりと付いてしまったのではないだろうか。そしてその落ちないシミのせいで私を捨てるのではないだろうか。この服のようにあっさりと。


 フィリア姫は椅子に座るミリーの後ろに回る。そして、ミリーの首に強く抱きつき、謝り、そして泣いた。ミリーはその様子にまた驚く。

「どうされたのです?」

「私達は家族なの。激しい喧嘩だってするかも知れないけど、それでも心の奥底では繋がり合っているものなの」

「でも、姫と私は血が繋がっていませんから家族とは呼べませんよ」

「血なんか関係ないわ。心で認め合えればそれでいいの。だからミリーもこれから家族というのがどういうものか、心に刻み込んでいって欲しいの」

「・・・判りました。なかなか難しそうですが、努力します」

 ミリーはそう言うと、首に抱きついているフィリア姫の腕に自分の手をそっと添えた。


「しかし、ウィルファン様のお気持ちは如何されますか」

 ミリーの突然の質問だった。これにはフィリア姫はうつむいたまま答える事が出来なかった。その様子を見てミリーが口を開く。

「今回の事は私が独断で行った事です。私がウィルファン様に全てをお話しします。その上で私をどうするかはウィルファン様にお決め頂きたいと思います。私の生死も含めて。それでよろしいですか?」

 フィリア姫は黙ってコクリと頷く。


「では、取り敢えず中央司令室へ行きましょう」

 微笑みながら話すミリーに、フィリア姫も微笑みながら頷くのであった。




 中央司令室の扉を開けてフィリア姫とミリーが入ってきたとき、その場にいた皆が作業の手を止め2人の様子を注視した。そして、2人の会話が普段通りの様子であることに安堵して作業を再開する。


 2人が中央の会議卓まで進み入るとアルベルトが近づき声をかけた。

「2人とも、落ち着いたようで」

「私は最初から落ち着いてます」

 と、ミリーが澄まし顔で言うと、フィリア姫が「はいはい」と呆れたような合いの手を入れて2人でクスっと笑い合う。

 アルベルトも釣られて微笑むが、すぐに真顔になった。

「では、報告です。状況が動きました」

 フィリア姫とミリーも途端に険しい顔つきになり、言葉の続きを待つ。

「お二人が司令室を出てすぐに、モルーグから要求がありました。『ガルーダ』の返却、そして反逆者であるウィルファン王子、ギルバート、フランクの3名の引き渡し。このいずれが欠けても、フィスリニアの敵対行動とみなし、即座に攻撃を開始する。との事です」


 それを聞いて、ミリーは「フン!」と鼻で笑う。


「そこで僭越ではありましたが、独断でフォルデベルグ王国とフェルミール王国に、出来るだけ多くのマシーナを至急、モルーグ王国とフェルミール王国の国境に派手に送るよう要請しました。ついでに爆撃機も」

 アルベルトの説明にフィリア姫は辛そうな表情を浮かべながらもしっかりと頷く。

「判りました。とうとうモルーグと戦争になってしまうのですね。ウィル様は悲しまれるかもしれませんが、仕方のない事ですね」

 俯くフィリア姫に、アルベルトは笑いながら意外な事を言う始めた。

「何をおっしゃいますか。これは戦争にならないための方策ですよ」


 フィリア姫はどういう事か解らず、思わずミリーを見つめる。

「全くアル様は優しいんですから。私でしたらモルーグをこの地上に残しませんのに」

 そう危ない事をニコニコしながら言うミリーにはどういう作戦か察しがついているようである。自分だけ解っていないというのは何とも腹立たしい。

「アル。どういう事か、私でも解るように説明して貰えるかしら」

 拗ねたような言い方になってしまったフィリア姫に、ミリーは思わず横を向いてプッと吹き出してしまった。

 フィリア姫はムッとしたようにミリーを一瞥すると、アルベルトに向き直る。

「勿論です。取り敢えず座りましょう。誰かお茶を頼む!」

 そして3人はテーブルを囲むように座るとアルベルトが説明を始める。


「このモルーグの政変の首謀者は、なぜ今、事を起こし、ウィルファン様を亡き者にしようとしたのか。そして、なおかつ、このような高圧的な態度に出たのか。以前にミリーから、旧フォルデベルグ三国を敵に回すぞ、と脅されたにも関わらずです。とう思われます?」

「よほど切羽詰まった、という事かしら?」

 アルベルトの設問に、フィリア姫は少し考えて答える。が、アルベルトにあっさり否定されてしまう。

「いえ、切羽詰まっているのなら高圧的には出ませんよ。奴らは旧フォルデベルグ三国がモルーグに逆らう訳がないと思い込んでるんですね」


「それは何故?」

「タイミング的に、旧フォルデベルグ三国が、ローデモング帝国との対立で手一杯でモルーグを敵に回したくないはずだと思っているのでしょう」

 フィリア姫は先日の式典の騒動とローデモング帝国の大敗を思い出す

「でも、ローデモングは私達にとって取り敢えず脅威ではなくなっているわよ。なのにどうして」

「情報収集能力が稚拙なのでしょうね。それに情報の不足部分を自分の都合のよいように曲解しています。これはアレキサンドル公の思考パターンではありませんね。ミリー。この思考パターンに心当たりは?」

 アルベルトの問いかけにミリーが即答する。

「アレキサンドル公の補佐官、デロン=ドロスですね」


「そいつが真の首謀者でしょう。アレキサンドル公は利用されたとみるべきです」

「あの毒虫か!」

 フィリア姫はその名を聞いて、舞踏会での不快な記憶が蘇る。そしてアレキサンドル公の人となりが印象通りであるならば、モルーグ王国との関係にまだ希望は持てるはずだ。

(ウィル様への唯一の朗報・・・かな・・・)

 フィリア姫は悲しみの淵にいるであろうウィルファン王子の事を思うと、辛い気持ちを拭う事は出来ないのであった。


「それで?」

 フィリア姫は職員が淹れてくれたお茶を飲みながら尋ねる。

「まずは、その大馬鹿者に真実を見せつけてやります。ローデモングに向けていた兵力をフェルミール王国とモルーグ王国との国境に集め、フェルミール王国側から、既にローデモングが脅威ではなくその戦力をモルーグの逆賊討伐にまわせる事、そしてフィリア姫の一声によっていつでも進軍可能である事を、明朝にでも声高に宣言してもらいます。今、フェルミールに行っているシオンに既に指示を出しておきました」

 シオンは、フェルミール王国の筆頭騎士として、たまたま全騎士団の訓練に行っているのであった。

「そして、ちらつかせた戦争の可能性に敵が怯んでいる所で交渉をコチラに有利に運びます」


「でも、モルーグの毒虫が信じてくれるかしら?」

 フィリア姫の心配をアルベルトは笑い飛ばす。

「大丈夫です。客観的証拠が動きますから。いえ、もう動き出しましたから」

「証拠?」

 首を傾げるフィリア姫。

「敵の敵は何とやら・・・ですね」

 笑うミリー。そして、

「そう、ローデモングが脅威ではなくなった証拠です」

 アルベルトはそう言って笑い、さらに一呼吸おいて口を開く。


「ソゼルド連邦がローデモングとの国境に配備していた兵力を、モルーグとの国境に緊急配備したのです。こちらの動きを早々と察知して、思惑通り動いてくれました」

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