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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
84/311

1-84 モルーグの嵐 3

「モルーグで政変があったって?!ウィル様が撃たれたって本当なの?!ご容態は?!」


 フィリア姫が真っ青な顔をして飛び込んで来たのは、フィスリニア城の中央司令室である。

 中央司令室では、既にアルベルト、ケニー、ヒースの各執政官とマイケル老が、情報を収集すべく職員に指示を出しているところだった。

 フィリア姫の質問にマイケルが答える。

「サモンからの連絡では、ウィルファン様は正面から左肩と胸の間を撃たれた様ですな。しかし、サモンの手術が成功して命に別状はないとの事。傷痕は少し残るかもしれんが後遺症の心配もないそうじゃ。直ちに城に戻り病院に入院させるそうじゃよ」


 余程緊張していたのだろう、その朗報を聞いてフィリア姫は力が抜けたように近くの会議卓の椅子にへたり込む。アルベルトが傍らに立ち、説明を続ける。

「政変の方も真実のようです。ファウンディール経由で色々と情報が発信されています。ゴルジア王、ベラ王妃、ガリアン王子は粛清された模様です。ウィルファン王子は王の直系の唯一の生き残りになります」

「首謀者は誰?」

 フィリア姫は、職員が淹れてくれたお茶をすすりながら尋ねる。ウィルファン王子が無事と判れば落ち着いたものである。

「アレキサンドル公のようです。ご本人による宣言がなされたようです。首都および主要都市では戒厳令が発布されているようですね」


「アレキサンドル公が!信じられない!」

 フィリア姫はゴルジア王の舞踏会で会ったアレキサンドル公の人となりを思い出す。とてもそんな事をする人物とは思えなかった。彼に一体何があったのか、それが判る人物と言えば・・・

「そう言えば、ミリーは?」

「まだ自室では?そのうち来るでしょう」

 アルベルトは特に気にする様子もない。フィリア姫もあまり気にせずにお茶を飲んでいると、職員の一人が話しかけてくる。


「それにしても、ウィルファン様はすごい強運の持ち主ですよね。王宮にいたら確実に殺されていた所を、たまたま『ガルーダ』の格納庫にいたお陰で間一髪で脱出できて、我が国への入国についてもそこの場所にいたのがたまたま機転の利く『スニーキー隊』で、しかもすぐそばの村に『医療車両』とサモン様がいらっしゃって・・・」

 感心しながら喋る職員の話しを、お茶を飲みながら穏やかに聞いていたフィリア姫であったが、急に険しい表情になりティーカップを持つ手も止まる。


「運?・・・たまたま?・・・偶然?・・・」

 フィリア姫はブツブツ呟いていたが、突然テーブルを叩いて立ち上がり、大声で怒鳴った。

「何がたまたまだ!ふざけるな!今すぐミリーをここに引っ立てて来い!今すぐにだ!」

 フィリア姫はそう言うとまた椅子にドカッと座り、難しい表情で腕を組んだまま動かない。

 話しかけていた職員が、自分のせいかとオロオロしていたがアルベルトがそうではないとなだめる。アルベルトにはフィリア姫が何に憤慨しているのか解ったのである。




 職員に連れられてミリーが中央司令室に現れたのは、フィリア姫が一杯目のお茶を飲み終わり、新しくお茶を淹れて貰った時だった。

 ミリーはフィリア姫の傍らに立ち声をかける。

「姫、お呼びと伺いましたが?」

 フィリア姫はミリーの顔を見ずに一呼吸おいて話し始めた。

「モルーグで政変だそうだ」

「そのようですね」

「ウィル様が撃たれたらしいがサモンが国境の村に行っていたお陰で助かった」

「危のうございましたね。ご無事でなによりです」


 無表情に淡々と答えるミリー。フィリア姫は急に質問を変える。

「そう言えば、モルーグを訪れているキャラバンは大変だな。何組のキャラバンがモルーグにいるんだ?」

 フィリア姫が顔を上げる事無く淡々と質問する。

 しかしミリーは黙して答えない。

「何組だ?、と聞いている」

 フィリア姫の姿勢は変わらないが、口調がややきつくなる。

「・・・0・・・です」

「ほぉ・・・モルーグという国は、そんなに人気がないのか?それとも誰かがクーデターを予測し避難勧告でも出したのか?!答えろ!ミリー!」


 フィリア姫はミリーを未だに見ようせず口調だけが強くなっていく。ミリーはフィリア姫に気付かれた事を確信し、もう隠し立ては出来ないと観念した。

「はい。私が避難勧告を出しました」

「ギルバート達のウィル様の保護と脱出は彼等の独自判断によるものか?!」

「いえ、私が指示しました」

「何故スニーキー隊はあの国境線にいた?!何故サモンはあの村に『医療車両』を持って行った?!彼等もクーデターを予測したとでも言うのか?!」

「いえ、本当の目的を隠した上で私が配置しました。彼等は今回の事は偶然だと思っているでしょう」

 中央司令室の皆が二人のやり取りを注視しながら作業を進めている。フィリア姫の怒りが尋常ではないと判ってきたからだ。


「ならばお前はこうなることが判っていながらウィル様の命を危険にさらしたと言うのか!判っていながらウィル様のご両親とご兄弟を見捨てたと言うのか!」

 怒るフィリア姫にミリーは淡々と説明する。

「ウィルファン様はこの国の王となられるお方であるためお助けしました。しかし、ご両親とご兄弟は我がフィスリニアとは関係がありません。あくまでもモルーグの内部事情ですので、その生死についても私は関与致しません」

「何を言う!ウィル様のご家族なのだぞ!ご家族は見殺しにしましたなどと、どのツラを下げてご報告出来るのだ!私はウィル様に顔向けが出来ん!どんな顔をしてお会いすればよいのだ?!どうお詫びすればよいのだ?!」


 頭を抱えるフィリア姫にミリーが淡々と意見を述べる。

「そんな悩むような事でしょうか?ウィルファン様もご両親やご兄弟を見限っておいででしたから、きっとご理解頂け・・・」

 その瞬間だった。フィリア姫は突然立ち上がりミリーを睨みつける。と同時にティーカップをまるで剣で切り上げるように振り上げ、熱いお茶をミリーに浴びせかけたのである。

 フィリア姫は、顔を真っ赤にして今まで誰も見たことがないような憤怒の形相でミリーを睨みつけていた。ミリーは上半身と顔をお茶で汚しながらも熱がるような素振りも見せず無表情にフィリア姫を見つめていた。フィリア姫は怒りを溢れさせるかのように怒鳴りつける。

「ふざけるな!!血の繋がりはそんな単純ものではないわ!見限っていようがいまいがそれでも心の奥底では完全に捨て去る事が出来ない、それが血の繋がり、家族の情と言うものだろう!お前にだってそれ位の事は・・・解っ・・・て・・・」


 突然のトーンダウンだった。フィリア姫は口を半開きにした驚きの表情でミリーを見つめていた。

(まさか、ミリーは家族の情を知らない?それを理解出来ない?)

 それが、フィリア姫の心に突然浮かんだ解答だった。

 以前にマーサから編み物を教わっている時にミリーは言った。2歳の時に家族は死んだと。そしてその後の事は、ミリーの異常な狼狽のせいで聞くことが出来なかったのだ。


 フィリア姫は自分の気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりと椅子に座り、テーブルに肘を付き頭を抱える。

「ミリー。自室に戻っていろ」

 フィリア姫が小さく呟くが、何かをいいたげにミリーは動かない。

「戻っていろと言ったのだ!聞こえなかったか!」

 フィリア姫の強い言葉にミリーは深々と頭を下げ静かに部屋から立ち去っていった。


 ミリーが立ち去るのを確認すると、フィリア姫はおもむろに立ち上がり、Bクラスの継承者(サクセサー)の職員の一人からデバイスを借り、何事かを調べ始める。普段から周囲の者にデバイスを借りる事が多いため、扱いは手慣れたものであった。

 しかし、欲しい情報がなかったとみえて不満そうな顔でデバイスを返すと、今度はアルベルトにデバイスを借りて調べ物を始めた。Sクラスのアルベルトのデバイスなら情報量が多いのではと考えたのは言うまでもない。


 アルベルトは、そんなフィリア姫の傍らに立ち、恐る恐る語りかける。

「姫。お怒りを被るのを覚悟で進言いたします。もし、ゴルジア王、王妃、第一王子の命を救えたとしても、我が国に迎えるのは困難であったと思われます。もし彼等を我が国に迎えたならば、ウィルファン様との関係を盾に我が儘の限りを尽くし、モルーグから自分達の腹心どもを呼び寄せこの国を乗っ取らんと企むでしょう。そして姫の婚約者をガリアン王子に変更してくるでしょう」


 アルベルトはフィリア姫の顔色を見ながら話しを続ける。

「そして彼等がモルーグにとって粛清されるべき悪の象徴であるが故に、モルーグとの関係も致命的なダメージを被るでしょう。彼等を迎え入れる事は重大なデメリットしか産みださないのです。ですから、国を預かる身としては冷たいようですが・・・」

「判ってるわ」

 意外にもフィリア姫は平常心で返事をする。

「確かに政を行う立場として国の事をキチンと考えれば、切り捨てる結論しか出ないかもね。でも、その前に人としての想いをもって何か策がないか考えるべきだった思うの。でもミリーは・・・」

 アルベルトはフィリア姫が取り敢えず落ち着いてくれた事に安堵の息を漏らす。しかし、フィリア姫はデバイスを操作しながら何やら不満げであった。


「何をお探しですか?」

 アルベルトの問いかけにフィリア姫は不満を口にする。

「ミリーの生い立ちを探してるの。ファウンディールの名簿に載ってる筈でしょ?でも載ってるのはスニーキー隊との事ばかり。それ以前の情報が一切出てこないのよ。フランソワ=シュタインロードに引き取られる前の情報が欲しいのに」

 アルベルトがケニーと目を合わせると、ケニーは静かに首を横に振る。アルベルトはそれを確認するとゆっくりと口を開く。

「ミリーに関するその情報はどこにもありません」

「どうして?!またファウンディールが隠していると言うの!」

「違います。名簿の編集局がどんなに催促しても、フランソワ=シュタインロードが絶対に公開しなかったと聞いています。ですから、ファウンディールの人間も誰一人ミリーの生い立ちを知らないのです。私も含めて」


 フィリア姫は驚きに目をみはる。


 ミリーの師であるフランソワ=シュタインロード。

 ミリーの生い立ちを隠し続けた人物。

 ミリーに他人の行動を読み取る異常な技術を叩き込んだ人物。

 ミリーと二人で旅を続けていたにも関わらず、殆どミリーと会話をせず、ミリーを静かに観察し続けた人物。


 フィリア姫は、フランソワ=シュタインロードと言う人物に、何か得体の知れない不気味さを感じ始めるのであった。

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