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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
83/311

1-83 モルーグの嵐 2

「フランク!ウィルの様態はどうだ!」


 ギルバートが『ガルーダ』を操縦しながら声をかける。フランクはウィルファン王子を抱きかかえて、コックピットの操縦席の背もたれと壁との隙間に潜り込んでいた。


「よくありません。意識がもう殆どありません。早く傷の手当てをしないと」

フランクはウィルファン王子の左肩の銃創を血で真っ赤になった布で押さえながら不安げに答える。ウィルファン王子は荒い息をしながらぐったりしていた。




 この日、3人は朝から格納庫の『ガルーダ』の前にたむろしていた。ウィルファン王子がこの場にいたのはミリーの指示をギルバート達が忠実に行使したからだ。

 やがて時を告げる鐘が聞こえると格納庫の外が騒がしくなる。ウィルファン王子は気にも止めなかったがギルバートとフランクは顔を見合わせ頷いた。

 そして突然銃声が鳴り響いたかとおもうと、格納庫の通用口の扉が乱暴に開き、赤い襷をかけた兵士の集団が格納庫内になだれ込んで来たのである。

「我々は改革派の者である!大人しくこっちへ来い!」


 彼等の言葉に、ギルバートは咄嗟にコックピットに駆け上がる。

「王子も!早く!」

フランクが叫び、ウィルファン王子の手を引きコックピットへ駆け上がる。しかし、事情が飲め込めないウィルファン王子が足を止め侵入者を確認しようとしたその時だった。兵士達が発砲した弾がウィルファン王子の左肩を襲ったのである。


 ウィルファン王子は苦痛に顔を歪め、コックピットの中に倒れ込む。フランクがウィルファン王子を受け止めたのを確認すると、ギルバートはハッチを閉じ『ガルーダ』のエンジンの出力を上げた。

「王子!大丈夫ですか!」

「フランク!ウィルをしっかり抱えていろ!」

 そして『ガルーダ』は、格納庫の扉を蹴破り、嵐の空へ飛び出して行ったのである。




「やはり振り切れないか」

 飛行場から3機の戦闘機が追って来るのをレーダーで確認したギルバートがボヤく。

 嵐のせいで高度を下げる事が出来ないため、追っ手を撒く事が出来ずにいるのだ。しかし、ウィルファン王子の様態が急を要するため、このまま追っ手を引き連れてフィスリニア王国に入国するしかないと判断せざるをえなかった。だがそうなると、フィスリニア王国側の国境警備隊の対応が問題になる。話しが判らない連中だった場合、入国出来ない可能性があるのだ。

 そして更に悪い事が重なっていた。

「フランク!デバイスはどうしてもダメか?!」

「ダメです。壊れたようです」

 フランクが泣きそうな声を上げる。ウィルファンを襲った銃撃は、ミリーから預かったデバイスも破壊していた。そのため彼等はウィルファン王子の非常事態を知らせる術を失ってしまっていたのである。


 3人を乗せた『ガルーダ』は、山岳森林地帯を抜けフィスリニア王国との国境に広がる砂漠地帯に差し掛かる。砂漠は記録的な集中豪雨を捌ききる事が出来ずに湖の様相を呈していた。

 ここまで来てしまってはもう追っ手の戦闘機を撒くことは出来ない。戦闘機からの投降命令が無線機からひっきりなしに流れてくるなか、ギルバートはエンジンの出力を最大まで上げ、無線の全チャンネルに向かって叫び続けた。

「こちら、モルーグ王国所属マシーナ『ガルーダ』!モルーグ王国でクーデターが発生!我々はウィルファン王子を伴い逃亡中!フィスリニア王国への亡命を希望!さらにウィルファン王子が銃撃で負傷!危険な状態である!繰り返す!・・・」


 ギルバートは叫びながら考える。フィスリニア王国からの返事はまだないが速度を落とす訳にはいかない。不法入国覚悟で飛び込むしかない。そして医療設備があるフィスリニア城を目指す。それまで王子が保つことを信じるしかない!

 ギルバートがそう決意し操縦桿を握り締めたその時だった。


「お前、ギルバートか?!俺だ!オズワルドだ!今の話は本当か?!」

 ギルバートは思わず笑みを浮かべる。スニーキー隊なら旧知の仲だ。

「本当だ!頼むから我々を」

「気にせず入って来い!追っ手は俺達が何とかする!それからサモンの爺さんが近くの村で『医療車両』ってヤツの運用テストをやってる!そいつなら治療が出来る筈だ。『ガルーダ』なら1分もかからん!座標を送るからそこへ向かえ!」

「恩に着る!」

 ギルバートは希望を胸にオズワルドが指し示した方角へ向きを変えた。


えらい事になったな、とオズワルドが呟くと、今度は追っ手の戦闘機からうるさい程に無線が入る。

「こちらは正当なるモルーグ軍である。そちらに接近中の『ガルーダ』は反逆者である。直ちに撃墜するか、追撃の為の侵入許可を要求する」

「誰が許可するかぁ!ボケェ!」

 オズワルドの啖呵に追っ手が動揺する間に『ガルーダ』がスニーキー隊の上空を通過していく。

「き、貴様!我々は正当な」

「『正当な』などと何度も口にする奴ほど怪しいだろうが!おい!野郎ども!展開して国境線を護る!奴らが国境を越えて来たら蜂の巣にしてやれ!」

 敵味方全てに聞こえる通信でオズワルドが叫ぶと、へい!と言う掛け声と共に、スニーキー隊は大きく間隔を開けて国境線上に散らばった。


「貴様、自分がしている事が判っているのか!国際問題になるぞ!」

「こちとら、国際問題よりも姫様の機嫌を損ねる方が怖いんだ!解ったらサッサと帰りやがれ!」

 オズワルドそう言いながら、両腕の固定シールドに内蔵された機関砲を掃射し威嚇する。


 この『オースティレン』の『ウェポンシールド』と呼ばれる装備は『(あま)街船(まちふね)』の墜落時にはもう失われていたのだが、たまたまマイケル老が持っていた設計書から再現したものであり、放物面をした肉厚のシールドで各種の兵装を内蔵していた。

 この装備はレブリカである『エミュール』にも装備されているため、4機の『エミュール』もここぞとばかりに機関砲を撃ちまくる。


 激しい対空砲火を受けて恐れをなした追っ手は、「覚えてろ!」と捨て台詞を吐いて帰っていく。

 オズワルドが「あぁ、覚えておくさ。お前らの間抜けな様子はな」と、返事をしたのは言うまでもない事だった。




 『ガルーダ』が指定された村へ到着すると、村には不似合いな大型トレーラーのそばでサモンが待っていた。このトレーラーが『医療車両』と言う物らしい。

 ウィルファン王子をトレーラーに運び込む最中にも、

「助かりますか?!王子は助かりますか?!」

 フランクがサモンにしつこく食い下がる。

「大丈夫だ!この位の怪我で死なせたとあっては医者の名が泣くわ!今から中で手術するから外で待っとれ!」

 それでも何度もしつこく確認してくるフランクに辟易したサモンはギルバートに声をかける。

「おい、モルーグではこの傷で死ぬ事があるのか?」

「ええ、上から押さえて止血するくらいしか出来ませんから。本人の運次第です」

 サモンはモルーグの医療事情に呆れて首を振りながら、黙ってトレーラーの中に消えて行った。




「アレキサンドル様。そろそろ参りましょう」


 ウィルファン王子に逃げられたとの報を受けたデロンは暫く怒り狂っていたが、落ち着きを取り戻すとアレキサンドル公を促す。

「何処へだ?」

 アレキサンドル公が憮然と聞き返す。

「決まっております。王宮に出向き、アレキサンドル様がこの国の新たな統治者であることを世に知らしめるのです。既に主要な省庁の重臣達も集まっております。もっとも今回、改革により多くの者が代わっておりますが」

 そう言ってニヤリと笑うデロンを見て(殆どの大臣が粛清されたか)とアレキサンドル公は判断する。


「一体、誰が新たに要職に就いたのだ?」

 アレキサンドル公の素朴な質問に、デロンは大袈裟に残念そうな仕草でこう言った。

「おぉぉ、アレキサンドル様がそのような些細な事を気になさる必要はありません。全て私にお任せ下されば良いのです」

 そしてデロンはニッコリと笑いながら深くお辞儀をする。

 アレキサンドル公はその様子に言いようのない不快感を覚えながらも、何でもない風を装って意見を述べる。

「正当な後継者はウィルファンだ。ものの道理から言って、あいつを次の王とすべきだろう」

 デロンは途端に機嫌を悪くし吐き捨てるように断言する。


「ウィルファンなど、もはや先王という犯罪者の息子でしかありません!そのような者に王の資格などありましょうや!フィスリニアももうあの若造に何の価値もないことは判っているはず。我がモルーグ王国がちょっと脅しをかければ、喜んであの若造の首を差し出すでしょう」

 デロンの自己中心的な推論を聞き流しながら、アレキサンドル公はミーア=リーアという少女の事を思い出す。

(デロンはフィスリニアの事をまるで理解していないようだな。あの、ミーア=リーアという少女の危険性も含めて)

 アレキサンドル公は一つ溜め息を吐くと、ゆっくりと立ち上がる。

(今は取り敢えず、こいつらの言うことん聞くしかあるまい)


 アレキサンドル公はデロン達を引き連れて王宮へと向かった。


 雷は叫び風雨は吼え、嵐はまだまだ収まりそうになかった。

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