1-81 過去と明日 4
「なんという事じゃ・・・なんという事じゃ・・・」
シャリア婆はそう呟きながらも、なんとか気を落ち着かせようとしている様に見えた。そして、詳しい情報を得ようとヒースに向かって矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「ミーア=リーアの様子はどうじゃ?あれと話をした感じは?印象は?」
「よく笑う、明るい普通のお嬢さんって感じだよ」
ヒースは自分が見たままを話す。それで十分シャリア婆を安心させられると思ったからだ。しかし、ヒースの思惑に反し、シャリア婆の表情はさらに混迷を深める。
「笑うじゃと?!明るいじゃと?!・・・なんという事じゃ・・・もう手遅れだと言うのか・・・」
シャリア婆はブツブツ言いながら考え、思い出したように質問を出す。
「『シュタインロード』を名乗っておるということはフランソワはあれを継承者にしたのか・・・そうじゃ、フランソワはどうしておる?ミーア=リーアの師、フランソワ=シュタインロードじゃ。ミーア=リーアの側に付いておるのじゃろ?」
「その方だったら、もう数年前にお亡くなりだよ」
「なんじゃと!ならばミーア=リーアは一人きりで野に放たれたと言うのか!」
シャリア婆は愕然とする。
「側に、と言うなら、アルベルト=イーゼルバーグさんが許婚として側に付いていらっしゃるけど。あ、因みにその師のエリザベート=イーゼルバーグ様もとっくに亡くなっておいでだからね」
「エリザが言っておった小倅か・・・エリザが監視として付けたのか?・・・いや、小倅自身、エリザからどこまで真実を聞かされておるのやら・・・」
シャリア婆はブツブツと何事かを自問自答しているがヒースには何を言っているのかはっきり聞き取れないでいた。
「ばあちゃん、何か問題があるのなら、引っ越さなくてもいいし、必要なら仕事を断ってもいいけど」
シャリア婆の尋常ではない様子に、ヒースが気を利かせて提案するが、シャリア婆は意外にもこの提案を拒絶する。
「馬鹿者!何を戯けた事を言っておる!行くに決まっておるだろうが!いや、行かねばならんのだ!儂は行ってミーア=リーアに謝罪せねばならんのだ!そしてあれの生涯を見届けねばならんのだ!こんな好機を与えてくれたお主に感謝しておるぞ」
そしていきなり戸口に向かって歩き出す。
(『見届ける』って、どう考えても先におっ死ぬのはばあちゃんだろ)
ヒースが突っ込みを口に出せずにいると、シャリア婆から催促がかかる。
「何をモタモタしておるか!サッサといくぞ!」
「ばあちゃん!ご近所に顔を出すのとは違うんだから、荷馬車の手配とかもしなきゃだし、そんなにすぐには行けないの!」
こうしてヒースは、久し振りにやる気を見せているシャリア婆のやる気を削るのに思わぬ苦労を強いられる毎日を過ごす事になるのであった。
「やーっと着いたぁ!」
ヒースが慣れない荷馬車を操りフィスリニア城に着いたのは、『謁見の間』で会見を行ってから30日程たった後であった。
城の入り口でフィリア姫を始めとする面々が出迎える。
「お疲れ様。荷物は城の者に運ばせておくから、取り敢えず入って寛いで」
フィリア姫がにこやかにヒースに声をかける。そしてケニーもヒースの肩をポンと叩きながら声をかけた。
「随分とゆっくりだったな」
ケニーの一家はとっくに到着していたのだった。
シャリア婆がヒースの介添えを受けながら荷馬車から降り立つ。腰は曲がり杖を突きながらではあるが、年の割にはしっかりとした足取りで歩いてきた。
「シャリア様。遠路はるばるようこそおいで下さいました。私がフィスリニア王国国主、フィリア=フェム=フォルニムールです。これからはこの城がシャリア様のお住まいとなります。どうぞご自由にお使い下さい」
「これはこれは、姫様直々のお出迎え、光栄ですじゃ」
シャリア婆とフィリア姫が挨拶を交わす。その後、アルベルトが少し興奮気味に言葉をかける。
「シャリア様。私はエリザベート=イーゼルバーグの継承者でアルベルト=イーゼルバーグと申します。シャリア様の素晴らしさは、我が師から常々聞かされておりました。お会い出来て大変に光栄です」
「ほう。お主がエリザの所の小倅か・・・よろしく頼むぞ」
シャリア婆はそう言ってアルベルトをジッと見た後、おもむろに口を開く。
「ところで、ミーア=リーアはどの子じゃな?」
その呼び掛けに呼応するように、アルベルトの背後からミリーが進み出た。
「初めまして、シャリア様・・・てっ?」
笑顔で挨拶を始めたミリーの両手をシャリア婆はいきなりガシッと掴む。手から離れた杖がカランカランと音を立てて転がっても気にする様子もなく、シャリア婆は無我夢中でミリーの顔を覗き込む。そのシャリア婆の瞳は悲しみに包まれていた。
何が何だか解らないミリーは戸惑いながらも辛うじて笑顔を絶やさずにいた。
そのまま動こうとしないシャリア婆に業を煮やしたヒースはシャリア婆に話しかける。
「ばあちゃん、ほら、みんな待ってるから、取り敢えず中に移動しよう」
シャリア婆はミリーの両手を掴み顔を覗き込んだままの姿勢で返事をする。
「おぉ、そうじゃな。すまぬ事をした。儂はミーア=リーアと二人きりで話したい事があるでの。皆すまんが先に行っては貰えぬか」
フィリア姫やアルベルトは心配そうにミリーを見つめ、ミリーは彼らを安心させるように笑顔で頷いた。
ミリーとシャリア婆の2人をその場に残し、みんなで移動する最中にもフィリア姫は何度も後ろを振り返り様子を見ていた。
シャリア婆が何かを必死に話していた。ミリーは最初にこやかに聞いていたようだが、すぐに笑顔が消え驚きの表情となる。そして苦渋の表情に変わったかと思うと、ミリーはその場にしゃがみ込み両手で顔を覆って泣いていたのだ。そのミリーをシャリア婆が必死になだめているようだった。
過去においで一体2人の間に何があったのか。フィリア姫は必死に考える。
しかし、ミリーはシャリア様とは面識がないと言っていた。しかし、シャリア様はミリーを知っているようだ。ならばミリーの師であるフランソワ=シュタインロードの繋がりである可能性が高いが・・・
フィリア姫は持ちうる限りの情報という歯車を色々組み合わせて推論を立てようとするが、歯車が全く噛み合わない。というより、ミリーに関する歯車が少な過ぎるのだ。推論を立てることが出来る段階ではない。
フィリア姫は推論を諦め食堂となっている大部屋へ向かう。いつかミリーが自分に相談してくれる事を願いながら。
ミリーがシャリア婆の介添えをしながら、食堂代わりの大部屋に入って来たのは、皆が座ってお茶を飲み始めた頃であった。2人は仲良く笑顔で他愛のない話をしている。さっき見た光景を思い起こさせる雰囲気は微塵にもなかった。
そして、この時どんな話があったのか。ミリーの口からフィリア姫に語られる事は死ぬまでなかったのであった。
「フランク。ミリーは何か言ってきたか?」
モルーグ王国の旗機『ガルーダ』のパイロットであるギルバート=ラングルホースが重い口を開く。『ガルーダ』の専属整備士であるフランク=メルギスは険しい表情でミリーから与えられた簡易デバイスを覗き込んでいる。
シャリア婆がフィスリニア城に落ち着いて1ヶ月程が経っていた。
旧フォルデベルグ三国とその周辺国は特に小競り合いもなく平和な日々が続いていた。
『天の街船』の深海発掘も順調で、大きな発掘品が次々と上がっていた。
しかし、平和の水面下では目に見えない小さな渦が巻き起こり始めていた。
その渦を素早く的確に捉えたものがあった。ミリーがフランクに託したチェック項目である。
ミリーから監視を依頼されていた18の項目、それがこの数日で次々とヒットしていき、もう15項目まで埋まってしまったのである。これらの項目のそれぞれが意味する事を理解していないフランクやギルバートでさえも何か不吉な事が起こる前兆であると思わざるを得ない不気味な動きであった。
そしてこの事はミリーから連絡用に借り受けていた簡易デバイスによって、フランクが連日ミリーに報告を入れていたのである。そして、ついに・・・
「ミリーさんから、指示が出ました。明後日から24時間体制でウィルさんの側にいるように、何時でも脱出できる体制で、との事です」
フランクは口にするのも辛いといった風である。
「何か理由を付けて、『ガルーダ』の格納庫に寝泊まりさせるしかないな。まぁ普段よくやってる事だから理由は何とでもつくだろう」
「あの・・・メイシーはどうしますか?」
メイシア=リームゼン。従軍看護師であるが、とある事情によりウィルファン達3人と仲が良い。どんな時でもいつもこの4人で行動するのが基本であった、
「メイシーがここに近づかないように、フランク、お前が上手くやってくれ。悟られるなよ。悟られたら絶対『私も!』ってなるからな」
フランクは「ですよね」と苦笑いを浮かべる。
そして笑顔が消えポツリと呟いた。
「モルーグの明日は・・・どうなるのでしょう?」
ギルバートは無言で首を横に振るだけだった。
モルーグ王国とフィスリニア王国に時ならぬ嵐が近づいていた。




