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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
80/311

1-80 過去と明日 3

「おいおい、勝手に入っちゃって大丈夫なのかい?」

 扉を開けた衛兵を横目で見ながら、ケニーは心配そうに少女達に声を掛ける。

「大丈夫よ。行きましょ」

 少女達はそう言うと、臆する事なく扉の反対側にある玉座を目指す。

 ケニーとヒースは仕方なく少女達に従った。


 ケニーはこの城に来てから違和感を感じていた。いや、このミリーと名乗る少女に出会った時からかも知れない。その違和感はドンドン成長していき、今では心の中で無視出来ない程に大きくなっていた。

(何か見落としている、もしくは勘違いしている気がする)

 ケニーはその違和感の正体が判らないまま、玉座の前まで来てしまう。

 王と王妃の玉座は一段高い台の上に設えてあった。


「お嬢ちゃん達、こんな所まで勝手に入り込んじゃって大丈夫なのかい?」

 不安げに尋ねるヒースに、頭巾の少女は返事をする代わりに

「私、この玉座って嫌いなのよね。偉そうで」

 そう言って台の上に登る。ミリーと名乗った少女も頭巾の少女に付き従った。

「そんなセリフ誰かに聞かれたら大変・・・あ!登っちゃ駄目だよ!」

 オロオロするヒースを後目に、ケニーは違和感の正体に行き当たろうとしていた。

 頭巾の少女は王妃の玉座の前まで来ると頭巾を脱ぎミリーに手渡す。頭巾を脱いだ後からは、まばゆいばかりのブロンドの髪が音もなく滑り落ちる。

 少女は王妃の玉座に優雅に腰を下ろし、ミリーという少女は後ろ手を組んで玉座に寄り添うように立った。


(俺としたことが!何たる失態!)

 ケニーが慌てて跪く。

(どうして気付かなかった!姫はともかく、ミーア=リーアは髪の色も髪型もあの時と同じじゃないか!)

「あーっ!駄目だよ座っちゃ!」

「馬鹿!早く跪け!」

 この期に及んでもまだ気付かないヒースをケニーが無理矢理座らせる。ヒースはそれでもまだ何が起こっているのか理解していないのかキョトンとしていたのだった。


 フィリア姫は、口元に手をあてクスッと笑うと、柔らかな笑顔で言葉を紡ぎ出す。


「ケニー=ザリアード様。ヒース=ワーミール様。ようこそおいで下さいました。我らの招請に応じて頂き感謝しております。私がフィスリニア王国の国主、フィリア=フェム=フォルニムール。そして、ここに控えておりますのが次席執政官のミーア=リーア=シュタインロード、城の者は皆ミリーと呼んでいます」

 ヒースはようやく状況を理解し慌てて平伏する。

 ケニーは頭を垂れたまま非礼を詫び始めた。

「知らぬ事とはいえ、数々のご無礼、お詫びのしようもございません」

 フィリア姫は笑いながらケニーの言葉を遮る。

「いえ、とんでもない。詫びねばならないのはこちらの方です。私もついミリーの悪ふざけに乗ってしまいました。どうか許して下さい」

 頭を下げるフィリア姫にケニーとヒースが慌てふためく。王族が頭を下げるなど聞いた事がないからだ。

「この国は世間の常識が通用しませんからね。普段はもっとざっくばらんですよ」

 ミリーがそう言いながら笑うと

「ちょっと、それはひどいんじゃない?」

 と、フィリア姫が笑いながら文句を返す。

 ケニーとヒースも釣られて思わず笑ってしまうのであった。


 皆が和んだところで、ミリーが懐かしそうにケニーに声をかけた。

「ケニーさん、お久し振りですね。10年振りでしょうか」

「そうですね。もうそんなになりますか。でも、やっぱりまた縁がありましたね」

「はい。私は、あの時戴いたパンの味、決して忘れる事はないでしょう。とても心に染みました」

「それは良かった。余計な事をしたかと思いましたが、あの時、追いかけた甲斐があったというものです」


 懐かしそうに昔話に浸る2人を見ながら、フィリア姫は2人の会話に出て来た『10年振り』という言葉の意味を考える。もしかしたらアルが言っていた事件を知っているのかも知れない・・・と。

 しかし、ここでその話を切り出すのは良策ではない事もフィリア姫には判っている。

「それではそろそろ本題に入りましょうか」

 ミリーは気持ちを切り替えて話を始めた。


「このフィスリニア王国は、政にスピードを持たせるために、余分な役職を廃し、現状、姫と、2名の執政官である主席執政官のアルベルト=イーゼルバーグ様と私の2人で全てを決定してきました。しかし、如何に小さな国とは言っても荷が勝ちすぎます。得手不得手もありますし」

 ミリーは肩をすくめて話を続ける。

「そこで、内政の中でも我々が特に苦手としている部分を頼める人材ということで、あなた方お二人に白羽の矢を立てさせて頂きました。あなた方も執政官となりこの国のトップの一人として力を発揮して頂きたいのです」

 ケニーとヒースは話の大きさに目を丸くする。


「これは普通の仕事の契約とは異なります。姫に忠誠を誓い臣下となって頂く事になります。ですので期限などはありません。一生物となります」

「そのお覚悟の上で、この話をお受けになるかお考え下さい。例え断られたとしても、私達は恨んだり致しません」

 ケニーとヒースは顔を見合わせケニーが質問する。

「身に余るお申し出、ありがとう御座います。不躾ながら、具体的にはどのような仕事の内容になるのでしょうか?」

「ケニー殿には、少なくとも財務全般をお願いしたいと考えております。そして、ヒース殿には・・・」

 ミリーはヒースをジッと見て言葉を続ける。

「ヒース殿はこの国の状況をどうお考えになりますか?」


 ヒースは突然話を振られて慌てまくる。

「えっ?!いや、まだ軍備などを確認しておりませんのでなんとも・・・」

 ミリーは困ったように笑う。

「言葉足らずで申し訳ない。芋をご覧になりましたよね。あのような事は芋に限った事ではないのです。あなたにお願いしたいのは、国民が飢えないような政策です。土地の改良や治水も必要となるでしょう。10年や20年で済むとは思っていません。もしかしたら何世代にも及ぶ事業になるかもしれません。そのような大事業の始まりを担って頂きたいのです」


 ミリーは返答を待ったが、ヒースは目を見開いたまま固まっていた。仕方なくケニーが肩を揺さぶり呼び戻す。

「わ、私に出来るでしょうか?」

「やってみたいとは思いませんか?」

 動揺するヒースをミリーは笑いながら軽く後押しする。ヒースは少し考え、ありのままの想いを口にする。

「やってみたいです!」

「なら、何も問題ありません」

 ミリーはにこやかにその想いを受け止めた。


 ケニーとヒースは再び顔を見合わせると大きく頷き、フィリア姫に向かって頭を下げる。

「我ら両名。フィリア姫に忠誠を誓い、職責を全うする事を確約致します」


 フィリア姫はニッコリと笑うものの直ぐに真顔になる。そして今度はフィリア姫とミリーが顔を見合わせ軽く頷き合い、口を開く。


「忠誠を誓って戴いたばかりで申し訳ありませんが、お二方にはフィスリニアの重要な秘密をお聞き戴いた上で最終的な判断をしていただきたいのです。たとえその結果、仕える事は出来ないと仰られても責めたりはいたしませんが、決して他言なさらぬようお願いします」


 そう言ってフィリア姫が切り出したのは、空の上の敵との戦いに関する話であった。ケニーとヒースは世界規模の危機の話に驚愕したものの、最後は笑いながらこう言ってのけたのである。

「縁の下の支えはお任せ下さい」


 フィスリニア王国の新たな家族の誕生の瞬間であった。




 フィリア姫は2人の意思を確認すると、ホッとしたようにミリーに向かって言い放つ。

「これで大丈夫よね?ご飯抜きじゃないわよね?」

「姫。色々と台無しですよ」

 ミリーが苦笑すると、ケニーとヒースは(あれは真面目な話だったのか)と驚くのであった。


「やっぱり玉座って上から目線で偉そうでキライ」

 フィリア姫はそう言いながら玉座から飛び降り、ケニーとヒースの前に立ち、2人に立つように促す。

 そして2人と握手を交わしながら

「やっぱりこの視線の高さが自然よね。これからよろしくね」

 ケニーとヒースは王族との握手という行為に戸惑いながらも、(この姫様に仕えるのは、なかなか楽しそうだ)と思うのであった。




 その後、2人の住まいの話になり、「家族共々、城に居を構えてはどうか」という提案に2人は驚きながらも快諾する。


「ケニーさんの奥様は確か、基礎教育関係の第三世代(サード)でいらっしゃいましたよね。出来れば学院の幼年組の教育を手伝って頂きたいのですが。あと、是非お子様も幼年組に」

「それはどちらもありがたい。今住んでいる国が子供に教育をしない風習のため女房が引っ越そうとうるさかったのですよ」

 ミリーとケニーの会話を聞いていたフィリア姫は(なんだ妻子がいるのか)と残念がる。ミリーとアルベルトとケニーの三角関係の争いを少し期待していたのだ。


「姫。ヒースさんのお婆さんは第一世代(ファースト)なんですよ。子供の保護と救済に大変熱心だったお方で『聖母シャリア様』と呼ばれ多くの尊敬を集めていたそうです。ファウンディールの有力者のお一人だったのですが、私が継承者(サクセサー)になる少し前に突然ファウンディールから脱退されたそうなんです」

 それは是非お会いしたい、とフィリア姫は口にする。

「脱退してからも子供の保護には熱心で、私はそんなお祖母ちゃんに引き取られて育ったのです。今では一緒にいるのは私一人になりましたけどね。今はのんびり過ごしてますからきっと喜んでここに来ますよ」

「それで今はどちらに?」

「トロンタ共和国です」

 途端にフィリア姫は(うわぁ)と複雑な表情を浮かべる。ミリーとの二人旅を思い出したのだ。

「時間はかかってもいいから、シャリア様に無理がかからないようにお連れするのよ。解った?」

 ヒースに言い聞かせるフィリア姫の表情は真剣そのものであった。




「ほっほっほ。おぬしが執政官とは、世も末じゃのう」

 久し振りに帰って来た養い子の出世を内心喜びながらも、つい茶茶を入れるシャリア婆である。

「そんな事言わないでよ。ちゃんと俺の事を理解してくれた上での登用なんだし」

 手放しで喜んでくれると期待していたヒースは、不満たらたらである。

「しかし、いくら何でもお前じゃ若すぎるんじゃないかえ?」

 確かにシャリア婆の心配も尤もである20歳になるかならないかの若造が一国のトップだなどと、普通では考えられない事だ。


 ヒースは、フィスリニア王国では何の不思議もない事を必死で説明しようとする。

「フィスリニア王国の中枢は若い人材で揃えられているんだ。若さで言ったら、次席執政官のミーア=リーアさんなんか俺より若いし」


 ゴン!


 シャリア婆はテーブルから運ぼうとした水差しをテーブルの上に落とすように置く。にこやかだった表情は驚きに取って代わられていた。


「ばあちゃん、大丈夫?」

「い、今、誰と言うた?」

 ヒースの心配を無視し、シャリア婆は聞き直す。

 ヒースはミーア=リーアの恐ろしい話を心配しているのかとも思ったが、ばあちゃんがファウンディールを脱退した後に例の事件が起こった筈だから知っている筈がない、との思いに至る。

「ミーア=リーア=シュタインロードさんだけど」

「おぉぉ・・・」

 シャリア婆は嘆くような呻きを漏らしよろける。ヒースがすんでのところで支え椅子に座らせた。

「なんという事じゃ・・・あれがまだ生きておると言うのか・・・あの哀れな幼な子は・・・生き延びてしもうたと言うのか・・・おぉぉ・・・」


 シャリア婆は、深い驚きと悲しみと後悔に包まれたように、嘆き続けるのであった。

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