1-79 過去と明日 2
ケニー、ヒースそしてミリーを加えた3人連れは、のんびりとフィスリニア王国の自然を満喫しながら城へ向かって歩いて行く。
「ところでさぁ。ミリーちゃんは知ってるかなあ。この国の執政官の『ミーア=リーア=シュタインロード』という御方の事。どんな方なのか知っていたら教えて欲しいんだ。その、とっても恐ろしい方だと聞いたものでね」
切り出したのはヒースである。しかし、まさか目の前にいるのがその御本人だとはヒースもケニーもまったく気付いていなかった。
ミリーは一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに笑顔で答える。ただ目元にはイタズラ小僧っぽい表情が僅かに浮かんでいたが、ヒースとケニーが気付く筈がない。
「えぇ、よく知ってますよ。でも『恐ろしい』だなんてとんでもないです!お美しくて、清楚で、優しくて、とっても素敵な御方です。私だけでなく城の者はみんな、ミーア=リーア様に大変よくして頂いてます!」
目の前で手を組み陶酔したように語るミリーに、ヒースとケニーは「ほほう」と相槌を打つ。
2人の反応に満足したミリーは、今度は暗い表情を浮かべて話しを続ける。
「それに引き替え、恐ろしいのはフィリア姫様です。ミーア=リーア様が従順なのをよいことに我が儘放題。ミーア=リーア様に無理難題を押し付けていつもいじめるのです!」
ヒースとケニーが「それはそれは」と気の毒そうな表情を浮かべると、それを見たミリーは目に涙をうっすらと浮かべ、ヒースとケニーの目を見て訴えかけた。
「ですからお願いです!お城勤めをなさるのでしたら、是非ともミーア=リーア様のお味方になってあげて下さい」
「任せなさい!ミリーちゃんの願いは聞き届けた!」
ヒースが大声で安請け合いをする様子に、ケニーは笑いながらポリポリと頭を掻いた。
「ありがとうございます!」
とミリーは元気よく頭を下げると、2人を先導して歩き始める。この時ミリーがペロリと舌を出したが、後ろを歩く2人が気付く事はなかったのである。
その後、ケニーとヒースから飛び交う幾多の質問に、ミリーが今度は真面目に答えながら田舎道をテクテク歩いていく。しばらくすると、道沿いの畑から「ミリーちゃん、ミリーちゃん」と声が聞こえた。
「あ、おばあちゃん。腰、大丈夫?」
ミリーが心配そうに声をかけながら畑へ降りて行く。ケニーとヒースも様子を見ようと畑へ降りていった。畑では芋の収穫の真っ最中である。この辺りでは今が芋の収穫シーズンのようだ。
「ミリーちゃん、今年はおっきいのが沢山取れたんだよ。少し持ってお行き」
「ありがとう。お城のみんなで戴くね」
差し出された芋をミリーか受け取る。その芋を見て、珍しくヒースが真剣な顔になる。
(大きい?これが?)
ヒースはこの品種を知っている。この種類ならどんなに手を抜いて育ててもこの倍の大きさにはなるはずだ。そう言えばさっき拾ってあげた芋はもっと小さかった。
「この国ではこの大きさが限界なんです」
ヒースの考えを察したのか、ミリーが耳元で囁く。
ヒースは黙って畑の中に入ると、しゃがみ込んで土を手でこねくり回し、終いには口に放り込んで味を確かめていた。
「あれで、ある程度成分が解るそうなんだ。農業関係が奴の本業でね」
ケニーの説明に、ミリーは「へぇ」と感心し、嬉しそうにその様子を見つめていた。
やがて、首を傾げながら戻って来たヒースにミリーが尋ねる。
「どうですか?何とかなりそうですか?」
「う~ん・・・もっと色々調べてみないと何ともいえないね。土地が痩せているのか、気候などの相性が悪いのか、もっと他に阻害要因があるのか・・・」
「頑張って下さいね。期待してますよ」
ミリーの応援にヒースは力なく笑う。
「何とかしてやりたいのは山々なんだけど、仕事を決めるのは雇い主だし・・・やらせて貰えないだろうなぁ」
ヒースは今まで請け負ってきた仕事の事を思い出す。今まで一度も得意分野である農業関係の仕事を依頼された事はなかった。継承者と言うだけで、マシーナを中心とした兵器の整備をあてがわれてきたのだ。自分の力を思う存分発揮する機会を得られないのがいつも悔しかった。
そんな悔しそうなヒースを、ミリーは微笑みながら見つめるのであった。
3人がフィスリニア城に着いたのは、お昼を摂るにはまだまだ早過ぎる時間であった。学院は授業の真っ最中であるため人通りも殆どない。
「取り敢えず、お芋を置いてきましょう。こっちにお願いします」
ミリーそう言って、ケニーとヒースを引き連れて、城の裏口を目指して歩いて行く。その時だった。
「おわっ!おひょっ!ほわっ!おひゃあああ!」
と、素っ頓狂な声が聞こえたかと思うと、外壁の角の向こうから3羽のニワトリが「カカカカカカ!」と鳴きながら飛び出して来る。そしてその後を「待てぇぇぇ!」と叫びながら少女が飛び出して来た。
その少女は年の頃は12、3歳だろうか。ありふれた村娘の装いに頭巾をかぶっている。
「ミリー!そいつらを捕まえてぇ!」
少女の叫びに「芋の次はニワトリかい!」とケニーが高笑いする。そしてケニーとヒースの手伝いもあって、ニワトリを全て捕獲し小屋へと放り込むと、ミリーが少女を責めた。
「まーた、卵をつまみ食いしようとしたんでしょ!」
「違うわ、ニワトリさんが元気か確認しようとしただけよ」
少女は惚けた表情でしらを切る。ここでようやく、少女はケニーとヒースに気が付いた。
「えっと・・・ミリー、こちらのお二人は?」
「ケニーさんとヒースさんです」
ミリーの簡単な紹介に、少女は(あぁ、例の2人ね)と思い当たった所で、ヒースからいきなり質問を受けた。
「ねぇ、お嬢ちゃん。ミリーちゃんからここのお姫様はとても恐ろしいお方だと聞いたけど、どんな感じなの?ここで働くとしたら何か気をつける事ある?」
「はぁっ?!」と思わず声を上げ(なんで私が恐ろしい事になってんの?)と、少女ことフィリア姫は戸惑いを見せたが、その後のヒースの話と、ニヤニヤ笑いながらソッポを向くミリーの態度で事情が飲み込めてきた。
それなら反撃とばかりに、フィリア姫は胸の前で手を組み、ヒースとケニーを上目遣いに見上げながら涙目で訴える。建国祭以来の大芝居にフィリア姫もリキが入る。
「フィリア姫様が『恐ろしい』だなんてとんでもない!お美しくて、清楚で、優しくて、とっても素敵な御方です。私だけでなく城の者はみんな、フィリア姫様に大変よくして頂いてます」
どこかで聞いた台詞だなぁ、とヒースとケニーは思いつつも、少女の訴えを取り敢えず聞くことにする。
「それに引き替え、恐ろしいのはミーア=リーア様です。フィリア姫様が大人しいのをよいことに好き放題。フィリア姫様から実権を奪いこの国を我がものにしようと企んでいるのです!」
そして少女はヒースとケニーの手を取り懇願する。
「ですからお願いです!お城勤めをなさるのでしたら、是非ともフィリア姫様のお味方になって下さい」
そうはさせじとミリーが割り込む。
「何を言ってるの!2人はもうミーア=リーア様のお味方よ!既にお約束くださったわ!」
「無効ですことよ!何もご存知ない方々を騙すようなやり方は無効に決まっておりましてよ!」
何やらどこぞのお嬢様の言い争いのような芝居がかった口調になっているが、調子が乗ってきた2人は気にしない。
そして2人の口論と睨み合いは続き、2人とも顔をヒクつかせて一発触発という雰囲気になっていたが、これは吹き出しそうになるのを必死に堪えているだけの事であった。
しかし、そんな事とは知りもしないヒースとケニーは戦々恐々である。。
「派閥争いが激しいのでしょうか?」
「さぁ・・・」
困惑しまくっているヒースとケニーを横目に、さてどう纏めるか、とミリーとフィリア姫はアイコンタクトでタイミングを測っていたが、突然、2人にとって最悪の事態が発生する。
フィスリニア城の真の支配者、マーサの降臨である。
「2人共、何を騒いでいるのです?おや?そのお二方は?」
ケニーとヒースは、話の判りそうな落ち着いた女性の登場に安堵しマーサの元へ駆け寄った。ミリーとフィリア姫が慌てて止めようとするが間に合わない。
マーサは最初「一体なんの話?」といった感じでケニーとヒースの話しを聞いていたが、事情が飲み込めて来たらしくミリーとフィリア姫を睨みつけ始めるのだった。
ミリーとフィリア姫は、近づく事も立ち去る事も出来ず、力のない笑みを浮かべ、マーサと目を合わさないようにしながら、その場に立ち尽くすしかなかった。
「ミリーさん、マーサは怒っているのかしら?」
「さぁ、マーサさんをしっかり見てないので解りません」
「しっかり見てよ。あなた、人の気持ちを読むの得意でしょ」
「だから見れないんですよ!今のマーサさんと目を合わせるなんて、そんな恐ろしい事出来ません!」
「私達、お昼抜きかしら」
「お昼だけなら儲けもんだと思いますよ」
2人は揃って泣きそうな情けない表情になった。
マーサはケニーとヒースの話を遮り口を開く。
「お話はよく判りました。大丈夫です。フィリア姫様とミーア=リーア様は、本っ当に、いやになるほど仲がよろしゅう御座いますから、何のご心配もいりません。そこの2人!」
マーサの怒鳴り声にミリーとフィリア姫は直立不動になり「はい!!」と声を揃える。
「このお二方を『謁見の間』に御案内し、フィリア姫様とミーア=リーア様にキ・チ・ンと歓迎して頂きなさい!さもないと・・・」
「さもないと?」
ミリーとフィリア姫はゴクンと喉を鳴らす。
「明日の朝まで食事抜きです!」
「わ、判りました」
この時の2人は死刑宣告を受けたような表情であった。
しおらしくなった2人が来訪者を連れて城内に入るのを見届けると、マーサはホッとしたように微笑む。
マーサは先日の合同式典の後からミリーが何となく元気がないように見えていた。そしてミリーと同行していたジョンとクリムから聞き出したミリーの異常な行動にマーサは衝撃を受け、ミリーが心に何か深い傷を負ったのではと心配していたのである。
「良かった。あれなら大丈夫そうね。そうそう、昼食を2人分追加しなくちゃ」
マーサは急ぎ足で厨房に向かうのであった。
「お嬢ちゃん達が悪いんだよ。お兄さん達をからかうから」
ヒースがしょんぼりとしている2人の少女を窘める。ケニーはそんな様子を見て笑っていたが、その興味はすぐに城へと移っていた。
「随分と飾りっけがない城だな」
内装を見回しながら呟き、フィリア姫が説明を加える。
「装飾なんて必要最小限あれば十分でしょ。過剰に飾る余裕があったらもっと庶民に回すべきだって方針なのよ。そういうの、お嫌い?」
「いや、好きだな。共感が持てる」
ケニーが答えヒースが頷く。フィリア姫とミリーはその様子に顔を合わせて微笑む。
しかし、ケニーにはさっきから気になっていることがあった。
小間使いの少女と知らない男が城の中心にズカズカと入り込んでいるのに、衛兵が誰も注意しようとしないのである。思い付く理由がないまま、一つの扉の前にたどり着くと、やはり衛兵が何も言わず静かに扉を開ける。
少女達はケニーとヒースに向き直り、笑顔で語りかけた。
「ここが『謁見の間』よ。さぁ、どうぞ!」




