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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
78/311

1-78 過去と明日 1

 ラーミザン基地。


 今日もまったりと平和であった。が、以前とは違って必要最小限の緊張感は保つようになっていた。先日の悪夢のような1日によって、誰もが基地の重要性を認識した結果だ。


 所長のジョージ=フォールも以前より忙しそうである。いや、実際に忙しかった。王都から居住区の街化遂行の指令を受けたからだ。

 ジョージ所長は処罰される事を覚悟していたが処罰どころか新しい仕事を与えられたのである。張り切るのも無理はない。ただ、面倒な部分は全てカイトに丸投げであったが。


 そのカイトが今回の事件の前後でもっとも周りの評価が変わった人間だろう。反逆者として処罰される筈だった人々が罪に問われなかったのは彼の努力のおかげだ、頼りなさそうに見えるが大事な所では頼れる男だ、という濡れ手に粟の高評価を受けたのである。


 レミィのカイトに対する評価も大きく変わった。しかし評価した部分は他の者とは少し異なっている。皆が高く評価している部分は元々ミリーの作戦の範疇でありカイトにとって濡れ手に粟の結果であることがレミィには判っている。しかしカイトが皆を助けようと必死になった事をレミィは知っており、あの恐ろしい人にたてつこうとした事は助けた事に匹敵すると考えている。

 そして何より、自分の心が砕けそうになった時にずっと支えてくれて恐怖と後悔を共有してくれたのだ。そんなカイトにレミィが感謝以上の気持ちを持ってもおかしくはないことだった。


「カイト。お昼食べよう!」

 毎日お昼休みになると同時に手作りのお弁当を2人分持ってカイトのそばにやってくる。「カイトは私のものよ!」というオーラを辺りにばらまき、カイトに目を付け始めた他の娘を牽制するのだ。

 カイトも、一緒にミリーと対峙して想いを共有したせいか、レミィに対して特別な感情を抱いていた。


「そう言えば、ナーシャは何かあったのか?午前中はボーッとしてたみたいだけど」

 お弁当を食べながらカイトが質問する。

 レミィは思い出し笑いをしながらカイトに説明する。


 朝いちでナーシャに来客があったのだが、これがなんと、王族や貴族の御用達でドレスを作る有名な工房の人間だったのである。

 その者が言うには、フィスリニア王国のお姫様から、「ナーシャのウェディングドレスを駄目にしてしまったので作ってあげて欲しい。費用はフィスリニア王国で全額出すので、是非近隣諸国の姫君達にも負けない立派なドレスを頼む」と要請があったのだそうである。

「それでナーシャが『あたしどうしたらいい?』ってうろたえるから『折角だから有り難く貰っておきなさい』って言ってやったわ。それでいいわよね?」

 レミィの言葉にカイトはひと笑いした後、「うん、それで構わない」とまた笑った。


「それにしても・・・」

 と、サラダをフォークの先でつつきながらレミィが呟く。レミィがサラダを中心に食べているのは、自分自身もウェディングドレスが射程圏内に入ってきたからに違いないだろう。

「・・・それにしても、ミリーさんとはどうしても判り会えないのかな?」

レミィの言葉にカイトから笑顔が消え、フォークを持つ手が止まる。

「俺さ、調べてみたんだ。『リンドの悪魔』の伝承をさ、いろいろと。何故ミリーさんがあんな風に人を殺すのか知りたくて」


 レミィはジッとカイトの目を見る。カイトから聞いた工作員虐殺の様子は確かに異常だ。

「それで何か判った?」

「何故『リンドの悪魔』は人を殺して喜ぶのか。レミィは何故だと思う?」

 カイトから逆に質問されたレミィは考える。昔話で聞いた『リンドの悪魔』の様子を思い浮かべる。

「他人が苦しみながら死んでいくのを見るのが好きだから、だったと思うけど?」

 カイトはフォークの先をジッと見つめながら答える。


「うん、確かに書物になった『創世神話』でも、今の子供達が聞かされる神話でも、神様から人を殺してよいと言われた時にそう言って喜んだ、ってなっているよね」

「うん」

「でも本来はそうじゃなかったらしい。神様から人を殺してよいと言われても、ただただ、自分が死ねなくなった事を悲しむだけだったらしい。人の苦しみを喜ぶと言うのは、他の昔話での『リンドの悪魔』が人を陥れる様子から、その理由付けとして『創世神話』の方を脚色した、と言う事なんだそうだ」

 レミィは初めて聞いたと呟き「じゃあ、どうして?」と続きを催促する。


「俺の考えだけど・・・『憎しみ』なんだと思う。『リンドの悪魔』は人という存在をとても憎んでいるんじゃないかと思う」

「それはどうして?」

「唯一の楽しみであり希望でありもっとも大切だった『自分の死』を、人という存在によって奪われてしまったからさ」

「でもそうしたのは神様よね」

 理不尽だ。と思うレミィの考えももっともである。

「うん、でも神様は憎しみの対象には出来ないんじゃないかな。だから人を憎む。悲しんで憎んで悲しんで憎んで悲しんで憎んで・・・そして『リンドの悪魔』は・・・壊れちゃったんだと思う」


「ミリーさんも、人という存在をとても憎んでいるように思うんだ。もしかしたら、とても大事なものを人に奪われたのかもしれない。一体何を奪われたらあそこまで人を憎めるのかは想像すら出来ないけどね」

「少なくとも『自分の死』ではないわよね。それにいくら『リンドの悪魔』と呼ばれていてもそんな所まで同じとは思えないわ」

 そう言うレミィの言葉に返事も出来ないほどカイトは考え込んでいた。しかし唇に何かが当たる感触でカイトは我に返る。当たったのはレミィのフォークに刺されたお肉だった。


「ねぇ、もう会えない人の過去の話をしても仕方がないわ。それより、もっと大事な話をしましょ。私達の明日についてのお話をしましょ。ねっ」

 訴えるようにジッと見つめてくるレミィの言葉にカイトはにっこり頷くと、差し出されたお肉をパクリと食べる。そして、愛おしい人の顔を見つめ続けるのであった。




「いやぁ、のどかだねぇ」


 緑の薫る街道を深呼吸しながらゆったりと歩いているのはケニー=ザリアードである。


「ケニーさん、もっと急いだ方がいいんじゃないですか?相当待たせてますし」

 ケニーの先を歩き、何かとケニーを急かしているのは心配性のヒース=ワーミールである。


「いいんだ、いいんだ。どうせローデモングの国境を越えるのにあれだけ掛かったんだ。それに先方は、到着日時はこちらの都合で構わない、と言ってくれてるんだ。お言葉に甘えるさ」

 ケニーはそう言いながら道行く地元民と軽く挨拶を交わす。


 2人はローデモング帝国からフォルデベルグ王国へ抜けるのに海岸沿いの街道を使ったのだが、ケニーの予想通り国境が封鎖されていたために国境近くの村で足止めとなったのである。

 封鎖は3日間続き、封鎖解除後も入国者のチェックが念入りに行われたため、入国待ちの長蛇の列に並んだ2人が入国出来たのは更に2日後の事であった。


 2人は今、王都フォリストフォルンから列車に乗り、フィスリニア城に一番近い駅であるベルゼール村で列車を降りて、徒歩でフィスリニア城へ向かっているところである。

 乗合馬車を使う手もあったが、城まで徒歩で1時間ちょっとと言う話を聞き、歩こうと言い出したのはケニーである。

「これからお世話になる国の実情をしっかり見ておくのは基本だろ?」

 と言うのがケニーの言い分である。


「にしても、結構みんな気さくで親切だな」

 ケニーは人々の様子に少し驚いていた。

 ベルゼール村を出て城までの道を歩いていると、地元民と思しき人々の殆どが挨拶をしてくるのである。さらに「どこまで行きなさる?」と聞いてくる者も多く、「城まで」と言うと道順と所要時間を教えてくれ、中には「これでもかじりながら行くといい」と収穫したばかりの果物をくれる者もいるのである。

(心が豊かな証拠だな)

 と評価すると共に、治安の面でもよい事だと考える。声をかけられるというのは、悪事を働こうとする者にとって相当のプレッシャーだ。さらにここのように次から次へと声がかかるとなれば、目を付けられていると深読みしてもおかしい事ではない。


「ほら、急いで!」

 急かすヒースに応えて少し速度を上げてやる。いや、確かに自分の足取りは重くなりがちだった。それがどうしてかはケニーには判っていた。

 ミーア=リーアに会うのが怖いのだ。恐怖している訳ではなく、ミーア=リーアがどうなっているのかが心配なのだ。

 あの日の別れの時の表情は今も目に焼き付いたまま消えない。自分はあの時、この子の力になってあげたいと心から思った。その想いは今も変わらない。ただ10年の月日が経った今、それまでの想いが無駄になってしまうような状況になっているのではないか。それが怖いのである。


 そんな事を思い、貰った果実をかじりながら歩き、登り坂にさしかかった時だった。


「うわっ!わっ!わわっ!わひゃーっ!」


 突然、素っ頓狂な叫び声が坂の上からあがる。

 見れば、前方を歩いていた少女が抱えていた紙袋が破れたらしく大量の芋が坂の上からケニー達に向かって転がり落ちてきていた。声の主の少女も回れ右して慌てて坂を降りてくる。

 ケニーとヒースは落ちてくる芋を笑いながら次々と取り押さえる。


「おじさーん!ありがとー!」

 少女は満面に爽やかな笑みを浮かべながら駆け寄って来ると、明るい口調で礼を言い、ケニーの顔をジッと見つめてきた。

「その袋、もう駄目だねぇ~」

 ケニーはそう言うと、上着を脱いで、芋を全て上着に包みこむ。

「おじさんが運んであげるよ。どこまで行くんだい?」

 ヒースが「またぁ~」と呆れるのを無視して、ケニーは包み込んだ芋を抱え上げた。


 少女は申し訳なさそうに行き先を告げる。

「すみません。じゃあお城までいいですか?」

「お嬢ちゃん、お城で働いているの?」

「はい!雑用ばっかりですけど」

「それはちょうどいい!おじさん達もお城に行くところなんだ。お城で雇って貰えることになってね。良かったら歩きながら、お城の事やこの国の事を色々教えてくれないかな?」

「ええ、もちろんいいですよ。何なりと聞いて下さい!」

 ケニーはドヤ顔をヒースに向ける。

「俺はケニー、こっちがヒース。よろしく頼むよ・・・えっと・・・」


若草色のワンピースを纏い爽やかな笑顔を振り撒く少女は、無造作に両耳の後ろで束ねた錆色の赤い髪を揺らしながらこう告げた。


「私はミリー。よろしくね!」


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