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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
77/311

1-77 リンドの悪魔 25

 ローデモング帝国では、ケニー=ザリアードとヒース=ワーミールが宿舎の部屋を引き払い、建物から出ようとしていた。

「さて、ケニーさん。どうやってフィスリニアまで行きます?」

「そうだな、海沿いの街道をフォルデベルグ経由で行くのが一番近道なんだが、フォルデベルグ側が国境を封鎖している可能性もあるしな」

 ケニーとヒースがそんな話をしていると、数人の男達が慌てた様子で2人の所へやってくる。それは、2人が奇襲を中止するようグリンス参謀長に進言した時に一緒にいた将官達であった。


 何が起こったのかケニーには推測がついたが、あえて惚けてみせる。

「おやおや、お偉いさん自ら確認に来なくても、我々はとっとと出て行きますよ」

「いや、少し待って欲しい」

「そんな、何故です?」

「実は、その・・・奇襲部隊が全滅したらしいのだ。南下中の戦車部隊がソーン渓谷で全滅しているのが偵察機からの報告で判った。王都の奇襲に向かった潜水空母も攻撃開始の通知を最後に連絡を絶ったまま。『ラーミザン基地』も音沙汰がない。王都の内通者からも連絡がないのだ。もはや全てが失敗したとしか思えんのだ」


 ケニーはヤレヤレといった表情で将官の言葉を遮る。

「そういう事はグリンス参謀長殿と相談してください。一方的に解雇され退去命令まで戴いた我々に話されても困ります!」

「グリンスは今回の責任を取らせるべく牢に入れておる。その後任としてお主を起用してやってもよいと思っておるのだ。どうだ、悪い話ではなかろう」

 もう一度雇ってやるから有り難く思えと言わんばかりの将官の態度に、ケニーとヒースはうんざりした表情で顔を見合わせる。


「残念ながら私達2人とも次の仕事が決まっているんですよ。正式に承諾の手続きもしました。だから無理です。他を当たって下さい」

 彼等が泣いて喜ぶと信じていた将官達は思わぬ拒絶に狼狽する。

「相手の力量を見事に見破ったお主の能力を遺憾なく発揮させてやろうというのだ!そんなチンケな契約など反故にして我々と再契約するのが筋というものだろう!」


 筋違いはそっちだろう、とケニーは言いたかったが、もめたくないので我慢する。

「フィスリニアに手を出すと聞けば、第一世代(ファースト)継承者(サクセサー)なら誰だって中止を進言しますよ。ファウンディールでは常識です。私達を雇う位なら、ファウンディールに求人を出した方が良いですよ。戦略の専門家をね」


 ケニーはそう言うと、掌をヒラヒラと振りながら去って行く。ヒースもペコリと頭を下げてケニーに続く。

 茫然と立ち尽くす将官達の視線を背中に感じながら、(ミーア=リーアに弓引いた国で働きたいと思う猛者がいるならね)とケニーは心の中で付け足した。




 ミリー達は『ラーミザン基地』に来たときと同じように運転席に横並びに座り、一路、王都フォリストフォルンのフォリターナ宮殿を目指していた。

 今回の作戦の結果報告がミリーの到着を待って行われる事になっているからだ。フォリターナ宮殿への到着は翌朝となる。


 車中は『ラーミザン基地』に行く時と違う所が一つあった。それは匂いだ。運転席に血の匂いが漂っているのである。原因は判っている。ミリーのマントだ。おびただしい量の返り血がそのままになっている。頬にこびりついた血もそのままだ。気にしていないだけなのか、何か思惑があるのか、ジョンもクリムも判断しかねていた。

 運転をクリムに任せて真ん中に座っているジョンはチラチラとミリーに目を向ける。今のミリーは膝を抱え小さく丸くなり扉にもたれ掛かっている。何だか今にも消えてしまいそうな、そんな儚さを漂わせていた。


「2人とも、色々と私に言いたい事があるんじゃないの?」

 ミリーが顔も上げずに元気のない小さな声で尋ねる。作戦中の高圧的な物言いは何処かへ行ってしまったようだ。

 ジョンとクリムはチラリと顔を見合わせる。確かに、ないと言えば嘘になる。しかし・・・


「何でも良ければ一つ聞きたい事があるんですが」

 暫しの沈黙のあとジョンがこう切り出し「何?」とミリーが続きを促した。

「あの・・・城の中央司令室のオペレーターのエレナと、村の『はばたき亭』の娘のカンナ。どっちが俺のプロポーズを受けてくれますかね?」

「はぁ?!それを私に聞くの?!」

 予想の斜め上を行くこの質問はさすがのミリーも想定外だったようで、思わず顔を上げ素っ頓狂な声を上げてしまうのだった。


「せっかくフォリストフォルンに行くんですからちょっと奮発してプロポーズの贈り物を買おうと思って。どっちも脈はあると思うんですが、もし断られたら今度はこっち、って訳にはイカンでしょ。ミリーさんは人が考えていることが判るから失敗しないように聞いておきたいんですよ」

「そんなもん、自分でなんとかするのが普通でしょ!」


 呆れながら文句を言うミリーをジョンは受け流す。

「よく、友達に気持ちを確かめてもらうとかあるじゃないですか。それと同じノリでお願いしますよ」

 ミリーは「はぁ~・・・」と溜息を吐いて答える。

「どっちも大丈夫よ。と言うより2人でジョンを自分のものにしようと競い合っているけどね」

 ジョンの表情は一気に明るくなる。

「それじゃ、どっちの方が上手くいきますかね?」

「それこそ自分で判断して頂戴!それに、『上手くいくかどうか』じゃなくて、『上手くいく努力をする』べきでしょ。因みにあの2人はそれが出来る人間よ。後はあなた次第。悩め悩め」


 どうしよう、と悩むジョンを後目に、今度はクリムが口を開く。

「ねぇ!俺は俺!俺を好きな女の子っていますか?」

 そうねぇ、とミリーは少し考えて口を開く。

「村の鍛冶屋のところのリリアンとリンダ。この2人がクリムを取り合っているわね」

「やったぁ!・・・って、それ、2歳の幼児とそのひいお婆ちゃんじゃないですか!」

「超幼女と超熟女、さぁ!どっちを選ぶ?」

「どっちも選びません!!」

 トレーラーの中は3人の笑いに包まれる。


「やっと笑ってくれましたね」

 突然のジョンの言葉に、ミリーが驚いて2人を見る。2人はにこやかにミリーを見ていた。

 ミリーは動揺して思わず口走った。

「笑ってって!こんなのただの条件反射」

 ミリーは慌てて自分の口を手で押さえてジョンとクリムの様子を横目で見る。

「釣られてでも笑えるっていうのは良いことです。やっぱりミリーさんは、笑っている姿が一番です」

 ジョンの言葉にクリムも笑って頷く。

(2人は私の言葉を誤解してくれたようだ)ミリーはほっとする。

 真意に気付けなかったジョンは話しを続ける。

「ミリーさん、作戦の始めからとても辛そうでした。そんなミリーさんを俺達は支えただけです。だから俺達の事を気にする必要はありません」


 ミリーは思う。優しい連中だ。こいつらだけじゃない。フィスリニアの連中はみんな優しい。だから私は彼等と話をしていると調子が狂う。そしてその優しさが、きっと私を・・・私を殺す・・・


「何だかフォリストフォルンに行くのがかったるくなってきたな。クリム、適当な村で降ろして。先にフィスリニアに帰るから」

「駄目です!絶対に降ろしません!」

 クリムにしては珍しくキツい口調であった。ミリーが少し驚き口籠もっていると、クリムが立て続けに口を開く。

「姫様に怒られます。それに、それに・・・」

 クリムの表情と口調が悲しみを帯びる。

「それに、ここでミリーさんと別れたら、もう二度とミリーさんに会えない気がします。それは絶対に嫌です」

「判った判った。まったく心配性なんだから。疲れたからもう寝る」

 ミリーはそう言うと、前にも増してキツく膝を抱えて小さくうずくまる。そして思う。


 ほら、やっぱり優しい。




 フォリターナ宮殿に戻って来た『ヴァルキュリア騎士団』の少女達は、圧倒的な勝利を飾ったにも関わらず悲痛な面持ちで早足で宮殿内を進む。少女達の目的は作戦本部に設置された通信設備だ。

 シオンの交渉により、と言うよりは使っていなかったからだが、即座に使わせて貰える事になり、少女達か早速通信を始めていた。


 シオンはその間に目的の人物を探す。その人物は作戦本部の隅にいた。

「姫様!アル様!」

 フィリア姫は椅子に座って元気なくうなだれていた。付き添うアルベルトも元気がない。

「『ラーミザン基地』は一体どうなっているんですか?ミリーは一体何をやらかしたんです?」

 シオンの質問にフィリア姫が顔も上げずに力無く答える。


「正式な最終報告が少し前に『ラーミザン基地』から届いたわ。基地内の死者は26名、全てローデモングが送り込んだ工作員でミリーが処刑したそうよ。その他には犠牲者なし」

 シオンはほっと胸を撫で下ろす。

「良かった。基地の職員が200人以上惨殺されたという噂はやっぱりデマだったんですね。ミリーは無事なんですか?」

「最初は、あちらも混乱していたみたいでね。憶測による情報が色々流れてきてそんな事になったのよ。さっき言った事が一番正確。ミリー達も無事で今こっちにむかっているって」


 シオンはひとまず安心する。しかし、それにしてはフィリア姫が元気がない。

「姫、どうしたのですか?作戦は上手くいきましたし、怪我人もなくて万々歳じゃないですか」

「でも、なかなかミリーの酷い噂が収まらなくて」

 なるほど、とシオンは出来るだけ明るく振る舞う。

「正しい情報が届いたばかりなのでしょう?広まるのには時間が掛かります。心配しなくてもすぐ収まりますよ」


 そんな話をする3人のもとに『ヴァルキュリア騎士団』の少女達が戻って来て、みな嬉しそうに報告を始める。

「隊長が仰る通り、兄は大丈夫でした!」「私の方は王都からの使者に助けられたと感謝していました!」「こっちはそんな騒動も知らなかったって言ってました!」

 少女達は口々に喜びを語った後、フィリア姫に気付いて慌てて敬礼する。シオンはその様子に微笑み、フィリア姫に語りかけた。

「姫、ほら、こうやって正しい情報が広まって行きますから、大丈夫ですよ」

 フィリア姫は力無く笑って頷き、シオンは少し安心するのだった。


「ところで、みんなは『スターリアン=フォルン』ってお店知ってる?」

「当然知ってます!とってもオシャレで美味しいと評判の、女性に一番人気のレストランですよね?料金はかなりお高いですがいつも予約で一杯、女の子の憧れの的で一生に一度は行ってみたいお店ナンバーワン!」

 シオンの質問にアンリが答え、他の子達も力強く頷いている。シオンはニッコリ笑って切り出す。

「実はそのお店のオーナーと知り合いなの。昔の傭兵仲間でね。今日、お願いして特別に席を用意して貰ったの。私からのみんなの初陣記念のお祝いなんだけど、どうかしら?」

 この直後、ここは少女の歓喜の悲鳴で埋め尽くされ、周りから注意される事になったのは言うまでもない。




翌朝。


 噂はもっと酷い事になっていた。

 正式な最終報告は大量虐殺を隠すための嘘で、『ラーミザン基地』は職員の家族まで一人残らず殺された、というのがもっとも信じられた話であった。


 人と言うのは、つまらない真実よりも派手な虚偽を好む。それも浅薄な持論をひけらかすのに都合がいい話であれば尚更だ。現に数多くの博愛主義者や人道主義者がミリーを『リンドの悪魔』だ!狂人だ!糾弾すべし!処罰すべし!と声を上げ、目的である信奉者の獲得を果たしていく。

 そして、嘘がバレても、こう言えば責任はないと思っているのは明白だ。『知らなかった』と。


 このような愚劣な連中が罷り通る事を思い知らされたフィリア姫は憤りを隠さない。

「誰のお陰で今こうして生きていられるのか判っているの!貴様たちは何をしていたの!こんな事ならミリーが言うとおり式典を欠席すれば良かった!そしてみんな死んでしまえば良かったのよ!」

 涙ながらに暴言を吐くフィリア姫を、フィスリニア王国の面々と『ヴァルキュリア騎士団』の少女達、そしてルミエラ女王が必死で慰める。


 彼らは今、ミリー達を乗せたトレーラーの到着を待っていた。『ヴァルキュリア騎士団』の少女達とルミエラ女王がいるのは騎士団の事の礼を言いたかったからだった。


 事前に到着予定時刻が知らされていたため多くの者が遠巻きに集まっていた。

 『リンドの悪魔』と呼ばれた人物がどんな人物であるか興味があったのだ。男なのか女なのか若いのか年なのか皆知らなかった。屈強な男の兵士、というのが一番人気の予想であった。




 皆が待つ中、トレーラーが到着し、フィリア姫達が駆け寄る。

 運転席側の扉が開き2人の青年がタラップを降りて来た。

「どっちが『リンドの悪魔』だ?」「いや、どっちもそんな雰囲気じゃない」と野次馬がざわめく。

 その2人かまだ車内を気にしていることから、助手席側の窓に見える人影に注目が集まる。

 フィリア姫が助手席の扉を叩き呼び掛ける。

「ミリー!どうして降りて来てくれないの?!ミリー!早くお顔を見せて!ミリー!」


そして、ようやく助手席側の扉が開き、ミリーがタラップの上に立った。




 一瞬、空気が全てなくなったかのように、全ての人が息を止めた。


 まだ幼さが残るような可愛い少女である事に皆が驚かされた。しかし、この少女が間違いなく『リンドの悪魔』である事を、頬とマントにかかったおびただしい返り血の跡が物語っていた。

 そして、皆を見回すその瞳に、誰もが息も出来ない程に恐怖したのだ。

 その視線は、あまりにも冷たかった。全てが凍てつくような視線だった。『殺気』と呼ぶには温すぎた。『死の宣告』と呼ぶにふさわしかった。


 博愛主義者や人道主義者はガタガタと震え二度と文句を言わなかった。言えば殺されると直感した。

 ミリーに感謝していた『ヴァルキュリア騎士団』の少女達もガタガタと震え無意識に身を寄せ合っていた。そして思わずシオンに確認する。

「た、隊長・・・あれは・・・人・・・なのですか?」

 余りに失礼な物言いであったが、誰も咎めようとは思わない。シオンも

「あ、ああ・・・その筈だ・・・」

 と真っ青な顔をして答えるのが精一杯であった。

(ミリー、一体何があったんだ・・・)

 シオンは心の中でそう繰り返した。


 ミリーがタラップを降り、冷たい視線のままフィリア姫と向き合う。

 フィリア姫は、ミリーの目を見つめながらボロボロと涙を流したかと思うとミリーの血塗れのマントにしがみつき頭を擦り付けながら叫ぶ。

「私のせいだ!私がミリーをこんな目に合わせてしまった!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 泣きじゃくるフィリア姫に驚いたのはミリーである。

「姫!そんな事をしてはご自身が血で汚れます!」

 しかし、フィリア姫は頭を擦り付けながら叫ぶ。

「ミリーが血で汚れるなら私も汚れるべきなの!ミリーだけを辛い目に会わせるのはイヤ!」


「まったく・・・姫にはいつも驚かされます」

 ミリーはそう行ってしゃがみ込み、フィリア姫のおでこをハンカチで吹きながら微笑む。その表情に冷たさはもう何処にもなかった。

「やれやれ、これからは姫を汚さないように、私もやり方を考えないといけませんねぇ」

 そう言いながら、フィリア姫の手を取って歩き始めたのであった。


 その様子に一番驚いたのは、フォルデベルグ王国の重臣、グライゼ=バッセルであった。

「なんと。あのミーア=リーアが人に歩み寄るとは・・・」

 そう思わず呟く程、グライゼにとって衝撃的な出来事だったのである。




 三国による報告会議が終了し、フィリア姫とミリーが席を立ち話をしながら退出していく。

 その姿をジッと見つめているのは、フォルデベルグ王国の王、ランベルト=メル=フォルニムールである。


「お前達の中で知っていた者はいるのか?『ラーミザン基地』の危うい現状を」

 ランベルト王の問い掛けに重臣達は一様に下を向く。ミリーはこの場で、『ラーミザン基地』の失態は『ラーミザン基地』を街として整備してこなかった国側に責任があると様々なデータを以て示し、『ラーミザン基地』の人々に罰を与えず、かつ街として整備する事を重臣達に約束させたのである。


 ランベルト王はミリーの見識の広さに舌を巻き感心し、ポツリと呟く。

「是非、我が国に欲しいものだな」

 しかし、バッセルがそれを咎めた。

「あれは、とても強力な薬です。しかし、使い方を少しでも誤れば間違いなく身を滅ぼします」

「余には扱えぬと?」

 やや不機嫌になるランベルト王にバッセルは飄々と答える。

「と言うよりは、フィリア姫とフィスリニア王国の存在理由がミーア=リーアに合っているのでしょうな」

「と言うと?」

「ミーア=リーアは様々なおぞましい二つ名で呼ばれております。しかし、中にはこのような二つ名で呼ぶ者もいるのです」

 バッセルは、手を繋いで遠ざかるミリーとフィリア姫の姿を目を細めて見つめながら言葉を続ける。




「『盾のミーア=リーア』、『弱き者の守り手』、『世界の守護者』・・・とね」


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