1-76 リンドの悪魔 24
「ミリーさん、失礼します」
会議室の扉をノックし声をかけるカイトに、室内から了承の返事が返る。
扉を開けて入ってきたのはカイトとレミィであった。
出撃した各部隊からの結果報告、および王都フォリストフォルンの作戦本部からの全作戦完了の報告をカイトが受け取った頃には、レミィもすっかり落ち着きを取り戻し、しがみついていた腕をほどいて、カイトの袖の先を少しつまむ程度にまで回復したのであった。
「レミィ。ミリーさんに作戦完了の報告しないといけないからここで待ってて」
「いや。私も同席させて」
レミィの思わぬ反応にカイトは戸惑う。これから、第9倉庫に捕らわれている者達の処分についても話し合わなければいけない筈なのだ。それは、またレミィの心を痛めつけるに違いなかった。
「いや、これから話し合う事は、レミィにとって辛い事になるから」
「それはカイトにとっても辛い事じゃないの?あなたの辛さを私も共有したい。2人でなら乗り越えられると思うの」
カイトを真っ直ぐ見つめるレミィの瞳には決意のようなものが見て取れた。カイトは仕方なく黙って頷いたのだった。
2人が会議室に入ると、そこにはミリーと所長が座っていた。
所長は第9倉庫から戻ってきた時と変わらずうなだれたままである。ミリーは悠然とお茶を飲みながら「報告を」とカイトに説明を督促する。
カイトは各部隊の出撃結果と、王都フォリストフォルンの作戦本部からもたらされた戦闘結果を報告する。
「これで全て完了だな」
ミリーが微かに微笑みながら言うのに対し、
「後は、第9」
とカイトが言いかけた所で扉が開き、2人の男、クリムとジョンが中に入って来た。
「出立の準備、整いました」
クリムの言葉にミリーは立ち上がる。
「丁度よかった。王都の方も片付いたそうだ。もうここには用はない。さあ、帰るぞ」
そう言って歩き出そうとするミリーを、カイトが慌てて引き止める。
「ミリーさん!彼らはどうするのですか?その・・・反逆者として第9倉庫に捕縛した連中です」
カイトがチラリとレミィを見ると、レミィが驚きに目を丸くしてカイトを凝視しているのが判った。カイトはレミィがその意味を考える前にさらに言葉を重ねる。
「彼らは反逆罪を犯したのですから極刑は免れない事は承知しております。ですが、ですが・・・」
生きている者達がいる。それはレミィが考えもしなかった事であったため、理解するのに時間がかかった。そして理解すると今度は何故教えてくれなかったのかとカイトに怒りを感じ始めた時、『反逆罪』という言葉が重くのしかかり、カイトが教えてくれなかった理由を理解した。
『反逆罪』は如何なる理由があっても死刑から減刑される事はなく、即執行と言うのがこの国のルールである。だから今生きていたとしてもすぐに死を迎える事になるのだ。もう死んでいるのも同然なのである。だから私のために教えてくれなかったのだ。
レミィは、さらに何かを言おうとしているカイトを見つめる。青ざめ、脂汗を流し、恐怖に怯えながら必死に何かを言おうとしているカイトを見つめる。
意を決して、カイトは言い放つ。
「・・・ですが、何とかなりませんか?!命だけでも助ける事はできませんか?!」
レミィには、この一言が如何に無謀なものであるか判っていた。人の命を弄ぶミリーさんを相手にそんなお願いなど火に油と言うものではないか。下手をすればカイト自身の命すら危うい筈だ。カイトもそれを判っている筈だ。レミィは無意識のうちにカイトの袖を掴みミリーの反応を待った。
ミリーが2人をジッと見つめた後に口を開く。その口から漏れ出た言葉は全く意外なものだった。
「お前に任せる。好きにすればいいだろ」
予想出来なかった返事に、カイトは一瞬何を言われたのか理解出来ず、反応がワンテンポ遅れてしまう。
「・・・す、好きにって、・・・そうしたいですが反逆者の処遇は決まって・・・」
動揺するカイトの言葉を、面倒臭そうに頭をポリポリ掻きながら聞いていたミリーが遮る。
「カイト。彼等が反逆者として何をしたか言ってみろ」
「彼等は、この基地に職員として潜入していたローデモングの工作員に脅迫されて、この基地の占領作戦に加担しました」
ミリーの質問にカイトが即座に返答した。
レミィは初めて聞く話に驚き思わずカイトを見つめる。
「えっ?工作員って?」
「リストの○印が工作員だったんだ。既にミリーさんが処刑したけどね。因みに△印が脅迫された反逆者達、昔からこの基地にいた人達だ。こちらは今は処分待ちなんだ」
レミィの疑問にカイトが小声で答える。
レミィはリストの内容を思い出す。そう言えば○印は最近やって来た馴染みのない者達ばかりだった。自分も含めて他の者が心配していた昔馴染みは全て△印だ。
しかし、カイトの回答にミリーは不満そうである。
「私の質問の答えになってないぞ。私は『何をしたか』と聞いたのだ」
ミリーの指摘にカイトは少し質問の意味を考え直し答える。
「そう言う意味では、相手が行動を起こす前に捕まえましたから『まだ何もしていない』と言うのが正しいのでしょうか」
「そうだな。それで彼等は今何をしている?」
「大人しく、裁かれるのを待っています」
「そうだな。抵抗もせずに待っているな」
複数の衛兵に銃を突き付けられ、目の前に死体を置かれたら、大人しくせざるを得ないだろう、とカイトは思う。
「ならば、こう考える事も出来るんじゃないか。『確かに脅迫された。しかし従わなかった。愛する国家を裏切る事は出来なかった』素晴らしい愛国心じゃないか。そんな彼等のどの行動を見て反逆を起こしたなどと言うのだ?工作員だって全部死んでいるのだ。証言する者など何処にもいないぞ」
カイトはようやくミリーが言わんとする事が判ってきた。レミィと署長も同じように理解したらしく、表情が徐々に明るくなっていく。
「私には彼等に着せる罪を思い付かん。だからカイト、お前に任せると言ったんだ」
ミリーの言葉にカイトは喜びを抑えながら意見を述べる。
「私には・・・無罪放免にする事しか思い付きません」
ミリーは小さく頷く。
「ん、そうだな。ただし、何を脅迫されていたのかは把握しておけ。ないとは思うが、万が一その事でまた脅迫された時に、基地として皆で対応出来るようにするためにな」
カイトと所長は黙って頷く。
「では、私は出立する。王都の作戦本部にもその方向で報告しておく。それから私が去るまで箝口令はこのまま。判ったな」
ミリーがそう言って扉にて手をかけた時に、レミィと所長がにこやかに声を掛ける。
「また来てくれますよね!」
「旨い酒を用意しておきますゆえ、また是非」
しかし・・・
「二度と来るものか!」
ミリーの返事には明らかに憎しみがこもっていた。さらに肩越しに振り向いた顔に憎悪と殺意を込めてこう言った。
「いや・・・次に来る時は・・・貴様等を皆殺しにする時だ」
全てを拒絶されたカイト達は表情を一気に曇らせるしかなかった。
ミリーと従者2人は、会議室を出て周りに注意を向ける事なく、出口へと歩いて行く。遅れてカイト達も会議室から現れる。
椅子に力なく座り俯くナーシャの前をミリーが通りかかった時にそれは起こった。
「死んじゃえぇぇぇ!!」
突然、ナーシャが隠し持っていた短剣をミリーに突き立てようと椅子から飛び出したのだ。
咄嗟の事にジョンとクリムは反応出来なかった。しかし、ミリーは表情を変えることなくナーシャの動きに合わせて何かを振り下ろす。
『リンドの悪魔』に不意打ちなんて出来る訳がない。カイトはナーシャが切られたと覚悟した。
カラカラン
ナーシャが持っていた短剣が、床に落ちる音がした。
ナーシャは切られていなかった。ミリーが振り下ろしたのは鞘に納まったままの剣であり、それはナーシャの手を打ち据えただけだったのである。
その場にへたり込むナーシャに、カイトとレミィが駆け寄る。
「ふん、こんなもの、襲われた事にもならんわ!」
ミリーはナーシャを見下ろしながらそう言って、チラリとカイトと目を合わせた後、そのまま平然と司令室から去って行く。その背中には、他の職員からの小声での卑怯な悪態が浴びせられていた。
「ちくしょう!ちくしょう!」
ナーシャは悔しくて泣いた。ミリーの言葉が自分を馬鹿にしたものだと感じたからだ。しかし目が合ったカイトはミリーの言葉の真意を理解していた。
泣きじゃくるナーシャにレミィが語りかける。
「ナーシャ、よく聞いて。トニーは生きているのよ」
ナーシャは泣くのを止め、驚いた顔で2人を見つめる。
「本当?」
「本当だとも。傷一つ負ってないし、罪も問われなかった。全てミリーさんの采配のおかげだよ」
2人の言葉を聞いて、ナーシャの表情は明るく変わりつつあったが、すぐに絶望的な表情に戻る。
「どうしよう。私、ミリーさんに剣を・・・私、反逆者として処罰されるの?」
ナーシャの言葉にレミィも心配そうにカイトを見つめる。
しかしカイトは2人を安心させるかのような笑顔で語った。
「大丈夫。ミリーさんが言ったじゃないか。『襲われた事にもならん』って。あれは、なかった事にしてくれるって事だよ」
ナーシャはようやく笑顔を取り戻す。
「私、ミリーさんに非道い事をしたから、謝ってお礼も言わないと」
立ち上がりかけたナーシャを、レミィとカイトが慌てて引き止める。不思議そうな顔をするナーシャにレミィが真剣な顔で忠告する。
「ダメ!絶対にダメ!あなたが傷つくだけ!ミリーさんとは決して分かり合えないから!」
レミィとカイトは顔を見合わせて頷き合い、声を揃えて呟いた。
「そう、理解出来る相手じゃないから」




