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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
75/311

1-75 リンドの悪魔 23

 ソーン渓谷。


 フォルデベルグ王国とローデモング帝国の間に横たわる山脈の、ど真ん中を横切る交易路である。


 この山脈のせいで、二国間を行き来可能な陸路は限られている。その多くは東の海岸沿いに集中し、『ラーミザン基地』がある内陸部は、山々の間を縫うように確保されたこのソーン渓谷の交易路ただ一本であった。


 しかし、この渓谷は周辺が活火山である影響から、火山灰や火山弾、溶岩の瓦礫で出来ているため、水は蓄えられず、木や草がほとんど生えない荒地であった。

 さらに周辺には村落もないため、水や食糧を調達することも叶わない事から、この道が人々の往来に使われる事はなかった。使うのは『ラーミザン基地』に用がある『サンダール商会』くらいのものだったのである。


今、そのソーン渓谷を、戦車と輸送トラックによる大部隊が堂々と進軍中であった。

 今までであれば考えられない光景である。

 ソーン渓谷は、木も生えていないため隠れる場所もない。特に渓谷の中腹は、道の両側に急勾配の斜面が立ち、道幅が狭く攻撃を回避する事もままならない。

まさに守るにうってつけの地形なのである。


 その攻めの難所を彼らは緊張感もなく進む。

 先頭を戦車が12輌、その後を輸送トラックが30輌、最後尾を戦車が3輌、一列になってダラダラと進む姿は非常に情けないものがあった。

 少しでも危機感があれば、最初に数台の車両で一気に危険地帯を走破し、防空能力を持つ拠点を設営、対空監視の中を数台ずつ間を開けて突破を試みるべきなのだ。それ以外にも色々と考えられる対策をとるべきなのである。


 しかし、そんな緊張感のなさも無理のない事かも知れない。何故ならば、彼らの頭の中ではここはもう敵陣ではなく、彼らの領土なのである。安全な自国内の領土だから警戒するという発想が生まれないのだ。


輸送トラックの中は様々な談笑で盛り上がり、アチコチから国歌を高らかに合唱する声も聞こえた。戦車隊も輸送トラックも働いているのは運転手だけで他は開店休業状態だった。レーダー員も同様であった。

 そのため、その異変に最初に気付いたのは、ボンヤリと前方を見つめていた戦車隊隊長であった。


「何だ?あれは?」

 隊長が見咎めたのは、雲一つない青空の中の黒いしみ、ハッキリと飛行機の編隊と判る影である。

 昼寝をしていたレーダー員が慌ててレーダーの画面を覗き込む。

「飛行機の編隊ですね。方向からすると『ラーミザン基地』からのようですね」

(そんな事、この距離なら見れば判る)

 と隊長はツッコミたくなるが、特に責め立てる事はしない。


「我々の護衛に来てくれたんじゃないですか?ソゼルド連邦との国境も近いし」

「予定にはなかった事だがそれも考えられるか・・・」

レーダー員の見解を、隊長は腕を組みながら肯定する。

「あいつらの目的を確認しろ」


 通信兵は全チャンネルを開いて呼び掛ける。

「接近中の飛行部隊に告ぐ。直ちに接近の目的を述べよ」

「我が部隊は貴部隊の護衛の任を命じられている。接近の許可をいただきたい」

 この返答は一人の攻撃機パイロットのアドリブであり、返答のあと彼はペロリと舌を出した。

「接近を許可する」

 隊長を始めとして侵攻部隊の誰もがその言葉を疑わなかった。


 しかし、飛行部隊が近づくにつれて、隊長の胸に小さなモヤモヤが生まれる。

 あの部隊、編成がおかしくないか?警護と言うのなら戦闘機が主軸となるべきだろう。しかし、あの部隊は攻撃機と爆撃機が殆どだ。編成した人間は一体何を考えているんだ?


 隊長は真っ直ぐ近づいてくる飛行部隊を見つめる。胸のモヤモヤは小さな疑念へと進化する。

 飛行部隊は攻撃機が前に出て高度を下げ始める。


 小さな疑念は徐々に大きくなり確信へと変わった。

「全車両!防空体制を取れ!」

 しかし、その判断と指示は遅きに失した。

 隊長の叫びと同時に、先頭集団の対空火器を装備した戦車が攻撃機のロケット弾の餌食となり、次々と吹き飛び業火に包まれる。

 隊長は破壊された戦車か道を塞いだと見るや慌てて指示を出す。

「撤退だ!撤退しろ!」

 しかし、その時には最後尾の戦車にも攻撃が加えられ、その炎上する残骸が退路を完全には塞いでいたのである。


 進む事も退く事も出来なくなった部隊は混乱に見舞われる。転進しようとして衝突するもの、山の斜面を無理に越えようとして転倒するもの、輸送トラックは次々と自滅していく。もはや隊長の指示を聞くものなど誰もいなかった。いや、その隊長ですらもはやどうして良いのか判らず、口をパクパクさせるだけだったのである。

 そんな大混乱の部隊にトドメが刺される。


 彼らの上空に地響きのような爆音が轟く。混乱していた部隊は思わず車を止める。窓から顔を出し空を見つめる者、トラックの幌の中で見えもしない空を見上げる者、反応は人それぞれだが、悲劇は皆の頭上に平等に降り注ぐ。


 爆撃機の編隊が、渓谷を筆でなぞるように大量に投下した爆弾と焼夷弾は、戦車やトラックを破壊し全ての兵士を燃やし尽くしていった。

 兵士達の歌声は悲鳴に変わり、笑顔は苦しみの形に黒く固まった。

 抵抗していた残りの戦車も攻撃機のロケット弾の前に次々と鉄屑に変わっていった。


 攻撃機と爆撃機が去った後に残ったのは、渓谷を埋め尽くす炎だけであり、動くものはその炎と炎が生み出す黒煙だけであり、そのモクモクと立ち上る巨大な黒煙は、『ラーミザン基地』やローデモング帝国南部からはおろか、王都フォリストフォルンやソゼルド連邦からも確認出来たと言うことである。




 14時55分。


「敵潜水空母!2隻、再浮上しました!時刻、座標共に予測通りです!」


 観測所からの報告にも、作戦本部にはもう驚く者はいなかった。最初の潜水空母の浮上から始まった一連の出来事が全て予測通りであり、もはや驚くに値しなくなったのである。




「浮上が完了したらすぐに奇襲部隊の回収を始めろ!奇襲部隊はもう上空に待機しているな!」

 潜水空母の艦長が予定通りの指示を出す。しかし、レーダー員からの返答は予定にないものだった。

「上空に待機しているのは一機だけです。他にはいません。あ、その一機は2番艦に着艦した模様です」


(何という事だ!作戦遂行が遅れているのか!)

 艦長は苛立ちながら指示を飛ばす。

「戻ってきた一機から状況を聞き出せ!」


2番艦の甲板作業員が、浮上して水面上に露わになった甲板に慌てて飛び出す、が、飛び出したところで足を止めてしまう。それも仕方のない事であった。何故なら甲板には見たことのない純白のマシーナが立っていたからだ。


「はい。ごめんなさいね」

 リークはそう呟くと、軽くホバリングで宙に浮き、足下の潜水空母の甲板に向かって3発のロケット弾をランチャーから発射した。ロケット弾は甲板を突き破り艦内で炸裂する。

 そして2番艦は煙を吐きながら無残にくの字に曲がって沈んでいった。


「急速潜行!急げ!」

 1番艦艦長の怒号が艦内に響く。

 2番艦に取り付いたマシーナの姿を見て艦長は一瞬で悟った。作戦は失敗したのだと。艦長の撤退判断は素早く的確だった。これが並みの相手であったならばの話だが・・・


 完全に船体が水面下に没して艦長は一安心と顎の髭を撫でる。

(他に敵の艦艇は周囲になかった。さっきのマシーナも水中までは追って来れまい。さて、この後、どうやって状況を確認するか・・・)

 艦長が思案に暮れていた時、レーダー員が悲鳴を上げる。

「ソナーに反応!2番艦の方角から小型挺が後を追いかけて来ます!」

「馬鹿な!アソコには他に何もいなかった筈だ!あのマシーナが水中を追いかけて来たとでも言うのか?!」

 艦長のこの言葉は有り得ない事の比喩だった。しかし実際その通りだったのである。


 『シューティングスター』はマシーナ形態のまま着水すると水中で飛行形態へと変形した。ただし通常の飛行形態と異なり、可変主翼を胴体と平行に真後ろに移動していた。一見すると一本の棒のように見える。『シューティングスター』は、そのサブマリン形態で潜水空母の真後ろに近づく。


 そして、胴下に収まっている盾に今回取り付けられた魚雷が発射される。魚雷は潜水空母の後部に突き刺さりスクリューもろとも後部を吹き飛ばす。

 『シューティングスター』は推力を失った潜水空母の真横に回り込み、ど真ん中にさらに魚雷をお見舞いした。そして潜水空母は2つに折れて海の底の闇に消えていったのであった。




 こうして、ローデモング帝国の奇襲作戦は、ローデモング帝国側の全滅、フォルデベルグ王国側の損害無し、という結果で幕を閉じたのである。


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