1-72 リンドの悪魔 20
「そろそろ時間だな。準備は整ったか?ん?」
会議室から出て来たミリーが声をかける。ミリーのマントはまだ血塗れであり、頬に付いた血も拭おうともしていなかった。
ミリーが一瞬、訝しげに目を留めたのは、さっきレミィが座っていた場所である。そこには今、カイトが座り各部署と連絡を取り合っていた。
そのカイトの隣には椅子が並べられレミィが座っていた。レミィはカイトの左腕にしっかりとしがみつき嗚咽を漏らしながら泣いていた。
先ほど、うずくまって泣きながら吐くレミィを介抱していたカイトが、
「レミィ。お前はなにも悪くない。ここは俺がやるからお前はあっちの部屋で休んでいるといい」
と優しく言うと、レミィはカイトの左腕にしがみつき首を左右に振りながらか細い声ですがるようにこう言ったのである。
「ここでいいから、そばにいて。私から離れないで。お願いだから」
カイトはレミィの気持ちが判った。レミィは気持ちを共有出来る誰かにそばにいて欲しいのだ。ミリーさんの恐ろしさをよく知る誰かに。それは当然、自分と言う事になる。そこで椅子を二つ並べて隣にレミィを座らせているのである。
レミィはミリーが来たことを認識すると、さらに強くカイトの腕にしがみつき、恐怖と憎しみに満ちた泣きはらした目でミリーを睨みつける。
ミリーはレミィを一瞥しただけで、あとはレミィを無視していた。
「全部隊、発進準備OKです。いつでも行けます」
カイトの返事にミリーは静かに頷く。
14時00分。
朝からお祭り一色で大賑わいの王都フォリストフォルンに昼物の花火が上がる。フォリターナ宮殿における式典の始まりを示す花火である。
フィリア姫は、兄のランベルト王と姉のルミエラ女王と共にバルコニーに向かう回廊を歩いていた。しかし、フィリア姫の表情は冴えない。『ラーミザン基地』からの情報が悪化の一途をたどり、悪魔のように振る舞うミリーの噂が立ちのぼっているからだ。
トボトボと俯いて歩くフィリア姫であったが、いきなり両肩をガシッと掴まれハッとして顔を上げる。そこにいたのは険しい顔をしたルミエラ女王だった。
「フィリア!なんて情けない顔をしているのです!これから国民に顔を見せるのですよ!胸を張って!堂々と!にこやかに!」
「でも、ミリーが・・・」
「『ラーミザン基地』の話は私も聞いています。だからこそです。あなたがあんな噂を笑い飛ばさなくてどうするのですか?!かの地で戦っている臣下の為にもあなたはここで為すべき事がある筈です!」
暫く逡巡していたフィリア姫だったが、
「・・・はい」
と、意を決したように顔を上げ胸を張り歩き始めたのであった。
フォルデベルグ王国とローデモング帝国との国境。
「スパイからの通信来ました!『ラーミザン基地』からはコード・ゼロ、予定通り制圧完了。『フォリターナ宮殿』からもコード・ゼロ、式典は予定通り進行中。全て予定通りです」
「よし!軍本部に連絡しろ!全て予定通り。侵攻を開始する。と!」
通信兵からの報告に、戦車隊の隊長はニンマリと笑いながら指示を出した。
この日が来るのをどれだけ夢見た事か。戦略の要衝と言われながら有効な侵攻手段がなく、これまで手をこまねいていた相手なのだ。自分の力で陥落させる事が出来なかった事が残念だが、それは贅沢というものか。
戦車隊隊長は感慨深げに自分が率いる部隊を見回す。
軽戦車から重戦車まで合わせて戦車15輌、それに併せて、400人の歩兵と資材を分乗させた輸送トラック30輌。ただし護衛の戦闘機はない。
これは、隣のソゼルド連邦のレーダーに作戦を捕捉させないためだ。『ラーミザン基地』を確保しているのだから護衛は不要なのだ。
(これだけの大部隊を率いさせて貰ったのだ。男冥利に尽きるというものだ。これ以上の贅沢は言えんな)
戦車隊隊長は咳払いを一つした後、全軍に向かって号令をかける。
「『ラーミザン基地』に向けて進軍を開始する!全車両!遅れるな!」
おおーっ!と大歓声を残して意気揚々と進軍を開始する。
その大歓声のせいだろう。全員の耳許で『リンドの悪魔』が悲惨な運命を囁いたのに、誰も気付かなかったのは。
14時05分。
王都フォリストフォルンの港に設けられたら観測所から、フォリターナ宮殿の作戦本部へ緊急通信が飛ぶ。
「敵潜水空母!2隻浮上しました!時刻、座標共に予測通りです!」
作戦本部では「おおっ!」と驚嘆の声が上がる。
実際、多くの者が奇襲の存在を疑っていたし、ほぼ全ての者が時刻や座標の予測など怪しげな予言者の予言と同じ妄想だと馬鹿にしていたのだ。作戦本部の連中の慌て振りは半端ではなく、重臣グライゼも、
「まさか、ここまでの精度とは・・・『リンドの悪魔』のなんと恐ろしき事よ・・・」
と茫然とするのだった。
そんな連中をひとにらみしてテキパキと仕事をこなす人物がいた。アルベルトである。
「リーク!『シューティングスター』の準備はいいか?ミリーが示した狙撃開始のタイミングと対象は判っているな!」
「はーい。大丈夫ですよー。紙に書いて目の前に貼ってありまーす」
アルベルトの無線による確認に、リークは惚けた口調で答える。普通の人が聞いたら「真面目にやれ!」と怒るところだろうが、アルベルトは「よし!」と満足げに答えるだけである。アルベルトは判っているのだ。こういう時のリークは相当に集中力が高まっているのだと。
そして、当のリークは、狙撃ポイントで『シューティングスター』にその身長の倍はある銃身のスナイパーライフルを抱えさせて、鼻歌を歌いながらその時を待つのであった。
「『フォルン騎士団』と『ヴァルキュリア騎士団』の配置の確認を急げ!市民と参拝者の誘導は終わったか?!」
次々とアルベルトの指示が飛ぶ。作戦本部は一気に戦場となった。
敵潜水空母浮上の報は国王のもとにも届いた。さらに全てが予測通りである事は、ランベルト王とルミエラ女王を驚かせた。しかし、フィリア姫は澄ました顔で言い放つ。
「この位はミリーなら日常茶飯事です。普段はもっととんでもない事をやってくれますよ」
「『ラーミザン基地』および『フォリターナ宮殿』の協力者から共にコード・ゼロ。全て予定通りです」
潜水空母の浮上に合わせて送信された通信の内容を聞き、潜水空母の艦長はニンマリと笑う。
「よし、奇襲部隊、順次発艦せよ」
2隻の潜水空母から、マシーナ『ガーリー』をぶら下げた『キャリアローター』が次々と発進していく。余程何度も訓練したのだろう。20機全てが発進するのに1分と掛からなかった。
奇襲部隊隊長は『ガーリー』のコックピットから全機が発進したことを確認し指示を出した。
「全機、隊列を組め!直ちに侵攻する!」
何の抵抗も受けずに王都フォリストフォルンに向かう奇襲部隊を見て、潜水空母の艦長は満足げに頷く。
「軍本部に連絡。『奇襲成功』。本艦と僚艦は直ちにに潜行。予定の回遊行動に移れ」
早々と勝利宣言を行ったのは、何のマイナス要素もなくスムーズに作戦が進んだせいに違いない。
(奴らが帰って来たら、艦内ではあるが勝利の美酒に酔わせてやるか)
失敗する可能性など全く考えず、そんな事を考える艦長を誰も責める事は出来ない筈である。
「時間だ。フォリストフォルン向けの戦闘機部隊を発進させろ。目標はフォリターナ宮殿の南側上空で待機しているローデモング帝国の『キャリアローター』だ。1機も逃すな。殲滅しろ」
ミリーの言葉をカイトが構内通信で伝達し戦闘機部隊の離陸が始まった。
「お前達、解放だ。出ろ!」
ここは、ローデモング帝国軍本部の一角にある宿泊施設。よっこらせとベッドから体を起こすのは、奇襲の中止を提言し拘留されたケニー=ザリアードとヒース=ワーミールである。
「丁度よかった。もういい加減、飽きてきた所だったんだ。ところで奇襲はうまくいったのかね?」
ケニーが尋ねると、衛兵はフン!と鼻を鳴らし横柄に答える。
「今順調に進行中だ、臆病者。それよりとっとと宿舎に戻って荷物をまとめて出て行くんだな。2時間以内に帝都から退出せよとのご命令だ」
「順調ねぇ。そいつぁ良かった」
そう言いながらケニーはにやけた笑いを浮かべて頭を掻いた。
ヒースはと言えば、「あと2時間・・・」と情けない表情で呟くのであった。




