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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
71/311

1-71 リンドの悪魔 19

 『ヴァルキュリア騎士団』の成長振りは目を見張るものがあった。きっとこれまでの悔しい想いがバネになっているに違いないとシオンは分析する。


 4日目の午前中には、まだ若干の不安は残るものの、十分実践に堪えるだけの土台は出来上がったとシオンは判断し、訓練を次のステップに移行する。


 それは、生身の組み手で身に付けた動きをマシーナ操作に反映するためのマシーナによる組み手と、今回の作戦で『ヴァルキュリア騎士団』の主戦場となる森の中での模擬戦である。

 森の中を人型マシーナとは思えないスピードで縦横無尽に駆け回る様子に、シオンは(なる程、ミリーの判断は正しい)と納得し、マシーナを操る少女達も、自分達の愛機が想像以上の運動能力を持っていた事に驚き感動するのだった。


 最終日まで、昼間はこの訓練を行い、夜は大部屋で食事を摂りながらシオンの話を聞く事が日課となった。

 シオンはこれまで経験した様々な戦いの様子を少女達に語った。どんな敵と遭遇し、どのように戦ったか。どんな失敗をし、どう克服したのか。それらの話は少女達に心の糧となって吸い込まれていった。




「隊長?どうかされましたか?」


 副長のアンリの問い掛けにシオンは我に返る。そうだ、今は作戦当日。出撃時間が迫っている。思い出に浸っている場合ではない。


「いや、なに。よくぞここまで頑張ってくれたと感動していた所よ」

 シオンの言葉に少女達は照れ笑いを浮かべる。しかし、シオンは少女達が不安そうに当たりを気にしていることに気が付いた。

「みんなどうしたの?落ち着かないみたいだけど?」

 シオンの質問に一人の少女が小声で答える。

「あのですね、その・・・『初陣ではあの悪魔が耳許で囁く』って言うじゃないですか。みんなソイツが近くに来ていないか気になって・・・」


 なる程、とシオンは納得する。

 初陣とは非常に特殊な状況である。初陣では死への恐怖で心や身体が萎縮する。訓練で普通に出来た事が出来なくなったり、普段は常に冷静なのに酷いパニックを起こしたりする。そのため死亡する確率が一番高いのが初陣なのだ。


『初陣ではリンドの悪魔が耳許で死の運命を囁く』


 この噂はそうした特殊な状況から生まれたものなのだろう。

 しかし、『ヴァルキュリア騎士団』の少女達は、騎士ではあるがそれ以前に年頃の純真な乙女なのだ。他の少女達と同じように不思議な話を本当の事だと信じるのは自然な事だった。

 シオンは(可愛いなぁ)と思いつつ、少女達の気を紛らすために、ふと思いついた冗談を口にした。


「それなら大丈夫。『リンドの悪魔』は、今日は『ラーミザン基地』でお仕事中だ。あなた達の所には来ないよ」

 シオンはそう言ってニッコリと笑う。少女達もシオンの冗談にハハハと笑う。シオンにとってはそれだけの軽い一言だったのだ。ただそれだけの・・・しかし・・・


「申し訳ありません!遅くなりました!」

 一人遅れていたジェシーが走って来た。

 普段遅刻などしない子であるため何らかの事情があったのだろうとシオンは考える。まだ時間に余裕はあるが遅れて来た事は事実であるため理由を確認する必要があった。


「何故、遅れた?理由を述べなさい」

 ジェシーは「はい」と返事をし、息を整えながら答える。

「作戦本部の前を通りかかったら、ちょっとした騒ぎが起こってまして、真相を確認しようとして時間が掛かりました」

「騒ぎ?どんな?」

「はい、それが・・・」

 ジェシーは一瞬言い澱んだが、決心したように口を開く。


「『ラーミザン基地』に『リンドの悪魔』が現れて、基地職員を次々に惨殺していると。もう200人以上が殺されて、さらに犠牲者は増え続けていると。私の兄が勤めているので心配で。でも正確な事は何も聞けなくて噂ばかりで・・・」


 シオンは愕然とし言葉を失うが、少女達が驚愕の眼差しをシオンに向けていることは嫌でも理解している。冗談が冗談でなくなってしまったのだ、しかも最悪の内容で。


「た・・・隊長は・・・どうして・・・」

 アンリは言葉を続けられない、動揺しているのだ。

「『ラーミザン基地』に身内や知り合いがいる者は?」

 シオンがやっと口にした質問に約半数が手を挙げる。今でこそフォルデベルグ王国とフェルミール王国に別れているが、元は一つの国である。身内がいても不思議ではない。

 シオンは頬に手をあてる。

 初陣の出撃前に動揺する事態は避けたかったが、こうなっては仕方がない。さてどうするか・・・と、ここで、失敗だと思ったさっきの冗談が怪我の功名であることに気付く。


シオンは少女達を安心させるように軽く微笑みながら話し始める。

「実は・・・私は、その『リンドの悪魔』と呼ばれている人物を知っている」

 シオンの言葉に、少女達は生唾を飲み込み、続きの言葉を待つ。


「その人物はフィスリニア王国の人間なんだ。今回の作戦は、実はここだけでなく『ラーミザン基地』でも進行している。その人物は『ラーミザン基地』を占拠しようとしている敵の工作員を殲滅するために向かったんだ」


 シオンは出来るだけ堂々と自信に満ちているように心掛けて少女達を見回して言葉を続ける。


「その人物が、敵工作員以外の人間を手に掛けると言うのは考えにくい。私はその人物に命を救われた事がある。フィスリニア王国の姫も何度も命を救われている。人を助ける事はあっても罪もない人間を手にかけるような事はしない」


「でも、噂では・・・」

少女達の当然の疑問だ。この噂は否定すべきだ。

「敵には容赦ない人物だからね、その事が誇張されたんだと思う。それに、人は刺激がある話が好きだからね」


「作戦が終わったら、優先的に確認出来るよう頼んでみるわ。だから今は作戦を成功させて生き残る事に集中しなさい。確認したかったら生き残るしかないわよ」

シオンの言葉に少女達は「お願いします」と頭を下げ、安堵の表情で顔を見合わせる。


 少女達に何とか信用してもらい、シオンは内心ホッとする。普通であれば安心させるためのデタラメだと思われるような話だが、偶然語った冗談のお陰で話の内容に信憑性が加わったのだ。しかし・・・

 にこやかな微笑みを浮かべてはいるが、一番動揺しているのはシオンはだった。


 一体どういう事なのだ?ミリーは一体何をしているのだ?噂の『リンドの悪魔』がミリーだと直感したのは、先日、フィリア姫とルミエラ女王との3人でそんな話をしたばかりだからだ。

 しかし、あの時あの場には他に誰もいなかった筈だ。フィリア姫もルミエラ女王も気安く口外するような方々ではない。

 では誰か他にミリーの事をそう呼ぶ者がいるとでもいうのか?


(まさか・・・)

 シオンは背筋に冷たいものが疾るのを感じる。

 そう言えば、建国祭ではマイケル卿とサモン卿がミリーの事を異様に怖れていた。フォルデベルグ王国の堅物の重臣がミリーの今回の作戦を即座に受け入れたのは何故だ?


 ミリーはきっと過去に何かやったのだ。ファウンディールの連中に『リンドの悪魔』と呼ばれ、あれ程までに怖れられる何かを。そして今回、その過去を彷彿とさせるような事が『ラーミザン基地』で起こっているのだとしたら・・・


(私がこの子達に言った事は本当に気休めに過ぎないのかもしれない。私はこの子達に謝らなければいけないかも・・・)

 シオンはそこまで考えた所で、いきなり自分の両頬を掌でパン!と叩く。

 出撃前に私が動揺してどうする!作戦に集中!全てはこの子達を無事に生還させてからだ!


「あの・・・どうされました?」

 心配そうに覗き込むアンリにシオンは笑いかけてこう言った。


「気合いを入れただけよ。さぁ、みんな、時間よ!行きましょう!」


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