1-70 リンドの悪魔 18
『ヴァルキュリア騎士団』の訓練は、2日目、3日目と苛烈を究めていく。
初日の夜にシオンの思いの丈を聞き、頭では理解した少女達であったが、頭と心が完全に別物であると次の日の訓練で思い知らされる。
上手くやれたと思う一撃もシオンにダメ出しを食らう。しかし、ダメ出しを食らっている一撃でも回を重ねる毎に鋭さを増している。そのため、受ける技術も向上しているものの、受け損なった時のダメージが大きくなっていた。
また、皆が一撃離脱を意識しているため、同時に繰り出した攻撃が両者にカウンター気味に入り、暫く立てなくなる事もしばしばであった。
この訓練の様子は王宮でも評判になり、アチコチで「あれでは少女達が可哀想だ」と囁かれるようになっていた。
ルミエラ女王に止めるよう進言する者もあったが、「必要な事ですから」と、ルミエラ女王はシオンを信頼し取り合おうとしなかったのであった。
そんな3日目も終わる頃、ちょっとした事件が起こる。
「酷い事をするなぁ。可愛い少女達かボロボロじゃないか。どれ、私が助けてやるか。か弱い女性を助けるのも騎士の務めだからな」
そう言って、肩で息をしながら小休止をとる少女達に近づいてくる男の姿があった。
その容姿から、フォルデベルグ王国の『フォルン騎士団』の騎士であると見受けられた。『フォルン騎士団』はこの日、合流したばかりであった。
「君たち大丈夫かい?この私が今、助けてあげるからね」
そう言いながら近寄ってくる騎士に、少女達は見覚えがあった。以前に自分達を見下した騎士だったのだ。少女達の表情に悔しさが滲み出る。
「おやおや、可愛いお顔がこんなに」
そう言いながら少女に触ろうとする騎士だったが、突然、顔の正面に平手打ちを食らい、その勢いで後方に吹き飛ばされ盛大に尻餅をつく。
「だっ、誰だ?!何をしやがる!」
騎士が不格好に鼻を押さえて喚くその先には、仁王立ちで騎士を睨みつけるシオンの姿があった。
「気安く触るな」
静かに、しかし威圧感を持って警告するシオンに対して騎士は立ち上がりながら怒鳴り散らす。
「貴様!女の分際で騎士の顔に手をかけてよいと思っているのか!」
他の『フォルン騎士団』の連中は遠巻きにニヤニヤと見物を決め込んでいるようだ。
シオンは、フン!と鼻で笑いながら、馬鹿にしたような口調で騎士をこき下ろす。
「おやおや、騎士様でいらっしゃいましたか。私はどこぞのゴロツキだとばかり思っておりました」
シオンの物言いに、集まり始めた野次馬から失笑が漏れる。プライドをいたく傷つけられた騎士は顔を真っ赤にしながらも野次馬の手前、プライドを保とうと必死に冷静さを繕った。
「私はそこの少女達の心配をしておるのだ。王座を彩る騎士団であることがその少女達の役目。その可憐な少女達を護るのが我ら男どもの役目である。何もそのような戦闘訓練などせずともよいのだ。我らが護ってやるのだからな」
偉そうに語る騎士にシオンは怒りを覚える。護ってやるだと?何を偉そうに言っていやがる!女性を格下だと見下して優越感に浸っている発言だ!決して女性を対等だと認めようとしないこんな輩がいるから、我々女性は思うように生きていけないのだ!
シオンはそんな事を考えながら、相手を見下すように言葉を吐きかける。
「いやはや、護ってやるなどと言いながらこの子達の貞操を狙っているエロ騎士から、身を守る術も教えねばならないとは。身体がいくつあっても足りませんね」
周りの野次馬からはクスクスと笑い声が聞こえる。馬鹿にされた騎士は声を震わせて憤った。
「貴様、女だと思って優しくしておればいい気になりおって」
女だと思って優しく?どこまで女性を小馬鹿にするのだこの男は!呆れるシオンである。
騎士は少女達が使っていた木剣を手に取った。
「よかろう、『フォルン騎士団』の騎士であるこの私が直々に指導してやる」
名を出された『フォルン騎士団』も迷惑な話だなと、シオンはニヤリと笑う。
少女達が申し訳なさそうに何かを言おうとしたが、シオンは手でそれを制し、微笑みながら少女達に語りかける。
「体格差も丁度いい。私の戦いをよく見ておきなさい」
そう言われても少女達の心配はおさまらない。身長差は頭一つ分はある。しかも華奢なシオンに比べて相手の騎士は体格よく筋力もありそうだ。
木剣を手に相手と少し距離をとるシオンに、騎士は馬鹿にするように話しかける。
「さぁ、何時でも掛かってくるがいい。貴様に男と女の違いを」
男は口上を最後まで言う事が出来なかった。何故なら一気に間合いを詰めたシオンに木剣を叩き落とされしかも頬に強烈なビンタを食らったのである。そして次の瞬間にはシオンは間合いを取っていた。
歓声を上げる野次馬をひとにらみして黙らせた騎士は、シオンに文句をぶつける。
「貴様!俺がまだ喋っている最中に卑怯だぞ!」
シオンは澄ました顔で言葉を返す。
「『何時でも掛かって来い』と言うから掛かって行っただけだろうに。貴様はエロいだけじゃなく馬鹿なのか?」
シオンの言葉に野次馬は大笑いする。騎士が睨んでも笑いは止まなかった。
しかし見物ムードが消えた一団もあった『フォルン騎士団』の面々である。「早いな」「アイツとは格が違うぞ」「何者だ?あの女」。動揺し言葉を交わし合う騎士達に後ろから声が掛かった。
「お前達、何を騒いでいる?」
「た、隊長!」
騎士達が姿勢を正す。現れたのは『フォルン騎士団』隊長、『レッドゴート』のマシーナ騎士、ポール=ディースその人であった。
「き!貴様ぁぁっ!誉れ高き騎士をそこまで愚弄してタダで済むと思うなぁぁっ!」
隊長が来たことにも気付かない愚かな騎士は、腰の実剣を抜きシオンに切りかかる。野次馬からは悲鳴が上がり、『ヴァルキュリア騎士団』の少女達は思わず身を起こす。
しかし、シオンは落ち着き払って一気に騎士の懐に飛び込むと、実剣を振り下ろす右腕に向かって鋭い一撃を加えた。シオンが握っている剣が実剣であれば右腕を綺麗に切断するところであるが、そこは木剣。腕の肉を圧し潰し、鈍い音を立てて骨を折るにとどまる。
騎士が驚きと苦痛に顔を歪め始める時にはシオンは二撃目の横払いを騎士の脇腹に加えており、肋骨が折れる音と共に騎士が身体を捩る。シオンは情け容赦なく騎士を仰向けに蹴り倒し、腹を足で踏みつけ、木剣を騎士の喉に突き立てにいく。
「待ったあぁ!!」
突然の声にシオンはかろうじて切っ先をずらして木剣を地面に突き立てた。しかし僅かに掠めた騎士の首筋からは血が滲み出していた。哀れな騎士は余程恐ろしかったのだろう、失禁でズボンが濡れているのが野次馬からも判ったのであった。
野次馬の拍手喝采が続くなか、シオンは声がした方を睨み付ける。そこには、慌てて駆け寄る『フォルン騎士団』の隊長、ポール=ディースの姿があった。
「た、隊長!この女が身分もわきまえず、無礼にも騎士である私を愚弄し・・・」
「この大馬鹿者!!」
情けなく救いを求める騎士にポールの叱声が上がる。
「このお方は、フィスリニア王国およびフェルミール王国の筆頭騎士であられるシオン=サーサ殿だ!身分をわきまえない無礼者は貴様の方だ!」
ポールの言葉に顔色を失った騎士は「し・・・漆黒の・・・鬼姫・・・」と呟くのが精一杯であった。
「ご迷惑をお掛けした様ですね。申し訳ありません」
頭を下げ握手を求めるポールに、シオンも軽く頭を下げ握手に応える。
「いえ、こちらもこの子達にいいものを見せてあげる事ができましたから」
ポールは少女達を見回す。シオンが本気で鍛えようとしている事を認め、満足したように頷いた。
「なる程、しかし先程の戦いでは、二撃目で胸に剣を突き立てて絶命させる事が出来たのでは?」
ポールの見立てにシオンは困ったなと言う表情で答える。
「いやぁ、言っちゃいましたか。この子達への問題にするつもりだったんです。『今の攻撃の悪い点を挙げよ』とね」
ポールが「それは失礼」と笑う。笑えないのは打ち伏せられた騎士である。自分の命が教材に使われかけたのだ。蒼い顔をして顔をひきつらせていた。
ポールは部下の騎士達に倒れている騎士を運ぶように指示し、シオンと少女達に挨拶をして去って行った。ポールが『フォルン騎士団』の連中に「今から緊急ミーティングだ!貴様等の性根を叩き直す!」と怒鳴る声の調子から相当に怒っているようだとシオンは苦笑する。
シオンはポール達を見送ってから少女達に向き直ると、全員が不安そうな顔でシオンを見つめていることに気が付いた。
「どうしたの?」
優しく問いかけるシオンに少女達が口々に尋ねる。
「私達もあんな風に戦えるようになるのでしょうか?」
「『なれるか』ではなく『なる』のでしょ?そのための訓練じゃない」
この手の質問には周りが答える事は出来ない。答える事が出来るのは本人だけなのだ。自分は答えを導き出すための道標に過ぎないのだと、新人を鍛える度にシオンは思うのであった。




