1-69 リンドの悪魔 17
美味しそうな香りに柔らかく包まれた大部屋の中で、少女達は輪になって優しい味の温かなスープを口にしていた。
「ずっとあの人のそばで傭兵業のやり方は見ていたし、『シャドウクレス』の動かし方は教えてもらっていたし、あの人の親しい傭兵仲間のサポートもあったから、上手くやれると思っていたわ。・・・でも駄目だった」
シオンは俯いて手に持つ木の器をジッと見つめる。
「戦っても戦っても、銃弾も剣も相手にまともに当たらず、押し込まれて命からがら逃げ帰る。そんな戦いが続いたわ。私は単純に訓練が足りないせいだと考え他の人の何倍も訓練を行った。でも駄目だった。訓練では上手く出来でも本番ではからっきしだった。周りの傭兵からは『やっぱり女は駄目だ』『女だから仕方ない』と嘲笑された。とても悔しかった。私が駄目なだけなのに女性全体の評価にしてしまう男どもの考えに腹が立ったし、男どもに付け入る隙を与えてしまった自分にも腹が立った」
シオンは悔しそうに木の器を握りしめる。
「そんなある日の事だった。私の戦いを見ていた一人の老騎士が戦いの後、私を責めたの。『何故、敵を倒すことを躊躇する?!』とね」
「それを聞いて私は驚いたわ。躊躇してはいけないのは百も承知。そんな事はないと反論したの。でも彼は証拠の映像を撮っていてくれていた。それを見て愕然としたわ。そこには明らかに躊躇して動きが鈍い自分がいた。勝てない原因は明白だった」
「頭でどんなに理解していても心が納得していなかった。殺し合う覚悟が出来ていなかった。しかも、たちが悪い事に心の奥底の事だから自分では気付かない、心が細工をしてしまうの気付かないように」
「とても悩んだわ。どうすれば自分の心に殺し合いの必要性を納得させる事ができるのか」
「隊長は一体どうやってそれを克服・・・あ、・・・」
一人の少女が問いかけながらその答えに気付く。他の少女達もお互いの顔や傷を見つめる。
シオンは少女達が気付いた事が嬉しくてつい微笑んだ。
「そう。私はその老騎士に懇願したわ。私を殺す気で組み手をして下さい!私も殺す気でかかりますから!ってね。今考えれば親しくもない相手に随分と無茶な事を言ったものだと思うけど、その時は手段を選ぶ余裕なんてなかった」
「驚いた事にその老騎士は快く引き受けてくれたわ。そして、その老騎士は嬉しそうに笑ってこう言ったの。『まったく、お前達は本当に仲が良かったのだな』って」
「最初、どういう事が判らなかった。でも話を聞いて驚いた。私の大切なあの人も同じように悩んでいるところを同じようにその老騎士に指摘されると、私が考えた訓練方法を同じように老騎士に頼み込んだというのよ」
「そして、あの人が死んで私が『シャドウクレス』を引き継いだと聞いて、心配して見守ってくれていたらしいの。そして見るに見かねて助け船を出したって事。彼がいなかったら今の私はなかったわね。もっとも、顔の形が変わるんじゃと思うくらいボコボコにされたしアチコチ骨折もしたり、酷いものだったけどね」
シオンはお茶目にペロリと舌を出す。
世界最高峰のマシーナ騎士の一人であり『漆黒の鬼姫』と恐れられる『シオン=サーサ』の意外過ぎる一面と人柄に触れた少女達からは、さっきまでくすぶっていたシオンに対する不信感やわだかまりはすっかり消えていた。
「素晴らしい方と出会えたのですね。その方は今どうされているのですか?」
少女の質問にシオンは寂しそうに答える。
「風の便りで、戦死されたと聞いたわ。なんでもその仕事を最後に引退する筈だったらしいの」
少女達の間を沈黙が支配する。そんな空気を払いのけるようにアンリが口を開く。
「私達に課せられたのは、そんな思い出深い訓練なのですね。私達に覚悟を植え付けるために」
「そうね、それが一番の理由だけど、あの訓練にはあなた達だからこその別の理由もあるの」
シオンの意味深な言い回しに少女達は次の言葉を待ったが、シオンの口から飛び出したのは、意外にも少女達への質問だった。
「ところであなた達は自分達のマシーナをどう評価しているのかしら?」
突然に振られた質問であったが少女達は迷う事なく即答する。
「世界で最も美しいマシーナです」
「それから?」
「・・・えっ・・・」
少女達は顔を見合わせる。さらなる答えを求められると思っていなかったし、そもそも誇れるような何かを見いだせていなかったのである。
「えーーっ!他にないの?それじゃあ、にっくき男どもの戯れ言を認めているようなものじゃない。典礼用だって」
シオンが意地悪く責めると、少女達は申し訳なさそうに俯いてしまった。そんな少女達の愛らしさにシオンは思わず微笑んで話を続ける。
「昨夜、見せてもらったけど、とんでもないマシーナね。特にレプリカの『フェルヴォーリン』の作者を誉めたいわ。プロトタイプの『ブリュンフィーダ』の事を知り抜いた上で『フェルヴォーリン』に反映しているのよ」
少女達は思わぬ高評価とシオンの博識ぶりに驚く。
「と、一緒に見てくれた継承者のアルベルト様が言っていたわ」
おどけてネタばらしをするシオンに少女達は思わず表情を緩ませる。
「でもチャンと説明は受けてきたわよ。私も傭兵経験から十分に納得できるものだったわ」
「それはどういう事だったのですか?」
少女達は身を乗り出して問いかける。
「『ブリュンフィーダ』も『フェルヴォーリン』も、操縦桿への反応速度や関節の駆動スピードがずば抜けて高いの。さらに防御力を犠牲にしてまでも軽量化してその特性を伸ばしているわ。それによって、『シャドウクレス』や『レッドゴート』など足下にも及ばない、いや、この世界で最高峰の機動力と言えるわ。人型獣型関係なくね。でも人型であった事がこのマシーナの不幸と言えるわね」
マシーナは、人型と獣型の大きく二つに分類される。獣型の代表格は鳥型の脚を持つ、スニーキー隊の『オースティレン』と『エミュール』だ。
そして人型は汎用性に優れ、獣型は汎用性がない代わりに機動力で優るとされてきたのである。
ここに人々が一様に誤りを犯す落とし穴があった。それは「人型には機動力がない」と思い込んでしまっているということだ。
そのため、『ブリュンフィーダ』や『フェルヴォーリン』が人型であったが故に優れた機動力を有するとは認識されずに他の人型と同じ戦闘運用がなされてきたのである。その結果、装甲の弱さばかりが取り沙汰され、美しいが実用向きではないという悪評が定着してしまったのである。
「・・・以上のように、『ブリュンフィーダ』と『フェルヴォーリン』の運用はこれまでのマシーナ騎士の常識が通用しない、扱いが難しいマシーナなの。でも正しく運用できれば、その実力はそんじょそこらの騎士団など相手にもならないはず。私はその術をあなた達に叩き込みたいの」
「具体的にはどのような戦い方になるのですか?」
「基本は『ヒットアンドアウェイ』。敵の射程外から一気に敵の懐に入り込み一撃を加えて離脱する。常に大きく素早く動き回り続ける行動力、敵の僅かな隙を見逃さない観察力、チャンスを必ずモノにする決断力、これらを戦闘中ずっと維持し続ける集中力と持続力が必要だわ。今の訓練はその基礎作りにもなっているの。辛い道だけど・・・どう?」
「出来ます!いえ!やります!やらせてください!」
少女達はシオンを真っ直ぐに見据え口々に叫ぶ。未来が見えずくすぶっていた自分達に道が示されたのだ。少女達の目は輝いていた。
シオンは嬉しそうに微笑みながら、少女達に声をかけた。
「そうと決まれば、しっかり食べてしっかり寝ましょう。明日はもっと辛いわよ」




