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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
68/311

1-68 リンドの悪魔 16

 フォルデベルグ王国のフォリターナ宮殿に設えられたマシーナの詰め所。

 ここに作戦開始を待って待機している乙女達がいた。

 フィスリニア王国の近衛騎士『シャドウクレス』を駆るシオン=サーサと、フェルミール王国の近衛騎士団『ヴァルキュリア騎士団』の乙女達である。


「隊長、申し訳ありません。ジェシーがまだです」

 報告するのは騎士団の副長であるアンリだ。『ヴァルキュリア騎士団』はプロトタイプの『ブリュンフィーダ』1機と、『ブリュンフィーダ』のレプリカである『フェルヴォーリン』8機で構成されており、『ブリュンフィーダ』にはアンリが搭乗している。シオンが来るまではアンリが隊長として騎士団を引っ張ってきたが、アンリ自身も自分では全く力不足だと痛感していたのだ。

 そのため、今回、憧れの騎士であるシオン=サーサが隊長となる事を一番喜んだのはアンリであった。


「焦らなくていい。まだ充分時間はある」

 シオンはそう言いながら『ヴァルキュリア騎士団』の乙女達を見渡す。

 乙女達の顔は、あざだらけ傷だらけであった。瞼や唇や耳の腫れやカサブタが痛々しい。パイロットスーツの下もあざだらけなのは間違いない。よく耐えてくれたものだとシオンは感心し、この8日間の事を思い出した。




 最初の4日間は、生身での組み手に専念した。木剣を使った組み手だ。防具は使用しない。シオンが与えた指示はただ一つ。

「攻撃は決して手加減するな。相手を殺す気で掛かれ」

 乙女達は不安そうに顔を見合わせ質問する。

「それでは相手に怪我をさせてしまうのでは?」

「それは怪我をする方が悪い。相手の貴重な渾身の一撃から学ぶのだ。生き残り、相手を倒す術を。お前達が学ばねばならないのは殺し合いの術だ。それともお前達は典礼用のお飾りの身分の方が良かったか?」

 乙女達は一斉に悔しそうな表情を浮かべ首を横に振る。そこには示し合わせた様子はない。


「それからもう一つ。訓練に耐えきれず退団したくなった者は素直に申し出て欲しい。決してその決断を責めたりしない。周りの者も責めてはいけない。それ程に過酷な訓練になる。判ったか?」

 誰かが生唾を飲む音が聞こえ、全員が真剣な表情で大きく頷く。


 そして乙女達は、手加減抜きの一撃を相手に加える事がどんなに難しいか思い知る事になる。打ち込む前にどうしても躊躇してしまい若干の遅れが生じるのだ。当然シオンが見逃す筈もなく激しい叱責を受ける。たとえタイミングよく打ち込めたとしても大抵が手抜きだとまた叱責を受けるのだ。

 そして初日はこの組み手と走り込みをひたすら繰り返した。まとまって取れた休憩は昼飯の15分間だけである。最後は疲れと痛みで意識が朦朧となりながら、それでも日が落ちて相手が見えなくなるまで訓練は続いたのであった。

 途中、ルミエラ女王が様子を観に来たのだが、あまりの過酷さに掛ける言葉もなく涙目で立ち去った程である。


 シオン自身もこのやり方はリスキーであると重々承知していた。身体の怪我だけでなく心にも傷を負う可能性があり、有望な人間を潰してしまう危険があった。本来ならばもっと時間をかけて安全に訓練すべきだが今回は時間がなさすぎる。こんな方法しか思い付かない自分が情けなかった。




 その夜。『ヴァルキュリア騎士団』の乙女達は自分達の寝所である大部屋でグッタリとしていた。彼女達は近衛騎士の身分であるため個室が与えられてもおかしくはないのだが、シオンが「自分も含めた全員を一つの部屋で」と要望したため、この大部屋があてがわれたのである。


 少女達は夕食を摂りに行く気力もなかった。あちらこちらですすり泣く声が聞こえる。

 少女達は考えていた。自分達は騎士に憧れていた。特にマシーナ騎士にだ。マシーナ騎士であれば男女の体格差がハンデとなることなく、男性と互角に渡り合う事が出来る、女王陛下のために存分に働く事が出来る、と考えた。

 その想いの拠り所であり憧れの象徴となっていたのが、強さにおいて世界でも5本の指に入ると言われている女性騎士『シオン=サーサ』であった。


 そしてその熱い想いは女王陛下の下で結実し『ヴァルキュリア騎士団』の誕生となったのである。

 少女達はこれで女王陛下の為に思う存分戦う事が出来ると胸を躍らせた。しかし、現実は甘くはなかった。人々は『ヴァルキュリア騎士団』を典礼用のお飾り、マスコットと揶揄する。

 期待していた『フォルン騎士団』からの教練騎士にも最後まで相手にされず適当にあしらわれ悔しい思いをした。


 しかし、やっと転機が訪れた。憧れの『シオン=サーサ』が隊長となり我等を引っ張って行ってくれると言うのだ。これで『ヴァルキュリア騎士団』もあるべき姿になると期待した。

 しかし、初日の訓練を終えた今、大きな疑念が沸き起こる。あれは訓練だったのか?いたぶられただけだけではないのか?『シオン=サーサ』は我々など認めていないのではないか?そう考えると悔しくて涙が溢れてくるのだった。


 そんな風に意気消沈した少女達であったが、大部屋の扉が開き状況が一変する。


「遅くなってごめんなさい」

 そう謝りながら両手一杯に荷物を抱えて入って来たのは誰あろうシオンであった。

 シオンは荷物の大半を占める野菜などの食材を入り口近くの竈の周りに降ろすと、残りの荷物を抱えて一番近くの少女の前にに跪く。

 そして少女の身体の傷を念入りに調べ始めたのである。シオンは一つ一つの怪我の具合を少女に確認し、抱えてきた薬で治療を始める。その作業を全ての少女に施したのである。治療を受けている間、少女達は間近にあるシオンの顔を見つめながら、

(なんて辛そうな、今にも泣き出しそうな表情なのだろう)

 と思うのであった。


 シオンは一通り治療を終えると、今度は竈へ向かい食事の支度を始める。

 竈に火を入れると手際良く野菜の下拵えを始める。少女達はあまりの手際のよさに暫く茫然とながめていたが、アンリが思わず呟いてしまう。

「お料理、出来たんですね・・・」

 アンリは呟いた後に自分がどんなに酷い暴言を吐いてしまったのかに気が付くと、真っ赤になって謝罪を繰り返すが、シオンは何も気にしない風でニッコリ笑いながら

「どう?ビックリでしょ?でもコッチの私が本来の私なの」

 と打ち明けるシオンに、少女達はさらに驚きの表情を見せた。


「では、何故、マシーナ騎士になられたのですか?」

 自然な成り行きで口に出てしまった質問だったが、アンリは僭越な質問であったと気付き、また顔を真っ赤にして謝罪する。シオンはにこやかに笑い、アンリの頭を撫で、少女達を見回しながら優しくこう言った。

「そうねぇ・・・聞きたい?」

 少女達は一様にしっかりと頷く。

「じゃあ、みんなでお食事をしながらお話ししましょう」

 シオンはそう言うと出来上がった野菜たっぷりのスープを木の器に取り分けてパンを添えて一人一人に手渡して行く


「食欲なんてないと思うけど少しでもお腹に入れておいた方がいいわ。ゆっくりでいいから。パンはスープに浸せば食べやすいし。でも無理はしないでね」

 渡されたスープの優しい香りが辺りに漂う。無意識にスプーンで口に運んだスープはとても優しい味がした。野菜も口に含んだ途端溶けてなくなるようである。

 こんなに優しい料理を作る人が、世間では『漆黒の鬼姫』と恐れられる最高峰のマシーナ騎士だとは、少女達は信じられなかった。


 みんなで輪になって座り、シオンの話が始まる。

 シオンの話は『シャドウクレス』の前パイロットであったテッドとの恋の話から始まった。ここにいるのは恋心豊かな年頃の少女である。思わぬ恋バナに皆が身を乗り出す。そして愛する人の死という結末に皆が驚き涙した。


「私は最初から強い訳じゃなかった。生きているのが不思議な位だった。いつでも『シャドウクレス』の性能に助けられていたの」


 皆が押し黙って続きの言葉を待つ。


 少女達の夜は始まったばかりである。

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