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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
67/311

1-67 リンドの悪魔 15

 大倉庫の扉を開けて中に入ったミリー達に一斉に視線が集まる。


 ミリーは視線の主達を確認する。扉を入って左側の壁沿いの柱に二十数名の職員が縛り付けられている。ローデモング帝国の工作員であると確認できた連中だ。

 そして右側には200人程の職員達が大人しく座っていた。協力者達であった。


「見張りご苦労。彼等の様子はどうだった?」

 近づいて来たクリムにミリーが声を掛ける。

「工作員共が協力者達を脅したり煽ったりうるさかったんですが、協力者達が大人しくしてくれていたので楽でした。特に彼が協力者達をおさえてくれていたので助かりましたよ」

 クリムはそう言ってトニーを指差す。

 トニーはミリーの隣りにカイトを見つけると(俺はやったぜ!)と言わんばかりの表情でアイコンタクトをとる。カイトは笑顔で頷き(俺は何も出来てない)という気持ちがバレないようにするのに必死だった。


「お、お前たち・・・何という事をしでかしてくれたのだ・・・」

 所長のジョージは協力者となった職員達に近づくと、怒気を含んだ言葉をかける。職員達は一様にうなだれ、誰も言葉を発しない。


 そんな中、声を発したのはミリーだった。

「所長!貴様がそもそもの元凶なのだ!最前線であるこの基地を辺境などと見誤り、怠惰で腑抜けた日常を送っておったのは貴様だろうが!所長である貴様の態度が良くも悪くも基地全体の士気に影響するのだ!そんな事も判らんのか!!」

 ミリーの怒りの声は大倉庫に響き渡り、ジョージは思わず数歩後ずさる。

「協力者共も!所長も!他の者もよく見ておけ!今から見るものが、本来ならばお前たちの友人!部下!家族!お前たち自身に降りかかる筈だった運命というやつだ!」

 ミリーはそう言うと、ずらりと柱に拘束された工作員達の中の一番入り口に近い者に向かって歩いて行く。


 工作員達はミリーが近づいて来ることに気が付くと、口々に人権侵害だとか証拠を出せとか大声で喚き立て始めるが、ミリーは意に介さず工作員の目の前まで行って止まる。

 目の前の工作員は思い付く限りの文句を言い続けていたが突然言葉が途切れ、驚愕の表情でミリーを見つめていた。他の工作員達も茫然とミリーの顔を見つめていた。


 カイト達は最初、この異変の理由が判らすにいたが、ミリーがこっちを振り返った事でその理由が判った。

 ミリーの表情が一変したのだ。

 その表情を見てカイトも茫然とする。もし、ミリーの表情がこれまでのような恐ろしいものであったならば、カイトもここまで驚きはしないだろう。しかし今、ミリーが見せている表情は想像だに出来ないものであった。


 それは、まるで天使であった。天使の慈愛に満ちた満面の笑みがそこにあった。

「うふふ・・・」

 純真無垢な笑い声が倉庫に響き、他の者は静まり返る。

 そしてミリーは、いつの間にかその右手に握られていた長剣を、ゆっくりと工作員の肩の上に置き、ゆっくりと首の方へ滑らせていった。


「ば、馬鹿な真似はよせ!やめろ!やめてくれ!誰か助けてくれ!誰か!だれ・・・ぐふっ・・・ごふ・・・」


 天使の笑顔のミリーが滑らせる長剣は、ゆっくりと工作員の首の皮と肉を切り裂き、頸骨の間を切断していく。工作員は恐怖と苦痛に顔を歪めたまま絶命し、その首はボトリと落ちた。

 ミリーは返り血を浴びながらも、天使のような笑顔と笑い声はそのままに次の工作員に視線を移す。


 すると、それまで様子を見ていた工作員達は一斉にパニックを起こし騒ぎ始めた。それもさっきまでのような待遇に対する文句ではなく、「助けてくれ!」「死にたくない!」といった命乞いを、衛兵や協力者に必死に行っているのである。

 彼等は気付いたのだ。今、目の前にいるこの少女が、交渉など叶う相手ではないと。


 次々に、そして、ゆっくりと首が切られていく様に、衛兵やカイト達は沈黙でもって工作員達の懇願に応えるしかなかった。

 天使のような慈愛に満ちた笑顔に無垢な笑い声、それと殺戮。有り得ない組み合わせは、今まで味わった事がない理解不能な事に対する恐怖となってカイト達に蔓延した。


 カイトは全身に鳥肌が立ち、両脚はガクガクと震え立っているのがやっとだった。所長のジョージは既に座り込んでいた。

 衛兵や協力達も同じ恐怖を感じているようで、皆、青ざめ言葉がない。異様な光景に耳を塞ぎ目を固く瞑る者、吐く者が続出する。

 しかし、ミリーはそれを許さない。


「あなたたちには、目の前の事実から目を背ける権利はありません。しっかりと直視しなさい。目を背ける者は今すぐ首を刎ねます」

 優しく包み込むような笑顔と口調で紡ぎ出された言葉は恐ろしい内容であった。誰も抵抗出来るはずもなく、震えながら顔を上げ目を開く。

 彼等の様子にミリーは「あははは」と満足したように純朴な笑顔と笑い声で再び首を落とし始めたのであった。


 この様子に工作員達も職員達もミリーが人間であるとは思えなかった。人の常識や考えが全く通じない、別の次元の怪物としか思えなかった。彼等に思い当たるそんな怪物は一つしかない。あちらこちらて呟く声が聞こえる。

「・・・『リンドの悪魔』・・・」

 と。


「このような事はよくあるのですか?」

 カイトが思い切って囁いた相手はジョンとクリムである。ジョンもミリー達に合流していた。しかし、ジョンもクリムも

「いえ、こんな事は初めてです」

 と、青ざめた顔で答えるのが精一杯であった。




 最後の工作員の首を落としたミリーはゆっくりと協力者達の方に向き直り、ゆらりゆらりと近づいてくる。その顔には、普段なら思わず微笑み返してしまいそうな、天使のような笑顔を浮かべたままであったが、マントは返り血で真っ赤に染まり、笑顔にも血しぶきが付いていた。

 そのミリーが協力者達の所で立ち止まった時(とうとうこっちの番か・・・)と絶望に打ちひしがれたが、その後の展開は皆の予想を覆すものとなった。


「そろそろ時間だな。カイト、司令室へ戻るぞ。ただしこの大倉庫で起こった事は作戦終了まで他言無用だ。協力者共は引き続き監視を続けろ」

 普通の喋り方をするミリーに、全員が思わずミリーの顔を見返す。

 ミリーの表情はこの大倉庫に入って来た時と同じであり、さっきまでの異様な雰囲気はどこにもなかった。

皆、白昼夢でも見ていたのかと考えたが、ズラリと並んだ死体が現実である事を物語っていたのだった。


 大倉庫を出て行くミリー達。カイトが無意識に後ろを振り返ると、トニーが訴えるようにカイトを見つめていた。カイトは思わず目を背けると、足早に倉庫を後にするのであった。




 司令室は今までにない程の喧騒に包まれていた。

 レミィから伝えられた自由を得た開放感と、初めての大規模作戦の緊張感が混じり合って出来たものである。

 しかし、中には不安な様子を隠せない者もいた。

「トニーが職場に戻っていないんだって。どうしたのかな?レミィ、何か知らない?」

 ナーシャだけではない。何人もの人が、友人が戻らない、恋人が戻らない、何か知らないか?とレミィに尋ねて来るのである。レミィは話を聞くうちに戻らないのが○印と△印の職員であることに気付いたが「知らない」と答えるしかなく、作戦に没頭する事で気を紛らすしかなかったのであった。


 そんな司令室にミリー達が無言で戻って来た。気付いた者は無言のままミリーを見つめてる。構内通話に集中していて気付かないレミィにミリーが近づいて行き、レミィの後ろに着く頃には司令室は静まり返り皆の視線が集中していた。


「どうした?何かあったか?」

「えぇ、ミリーさん。どの部隊も・・・」

 ミリーの柔らかな問いかけに、返事をしながら振り返るレミィは血塗れのミリーを見て言葉を失う。

「ん?部隊がどうした?」

 レミィは平静を保ちながら何とか答えた。

「ど、どの部隊も・・・人員不足で・・・保有機の40%程度しか発進出来ません」

「ん、それだけ発進出来れば充分だ。それで頼む。私はまた会議室に行くから何かあったら来てくれ。時間になったら顔を出すから」

 ミリーは血の付いた顔で微笑みながらそう言うと会議室に消えて行った。


 レミィは俯いて震えていた。ナーシャが泣く声が聞こえるが顔を上げる事が出来なかった。泣き声や悪態をつく声がアチコチから聞こえてきた。戻らない人々がどうなったのか、ミリーの姿を見て皆がある結論に達したのである。

(私が殺した。私が殺した。私が殺した・・・)

 皆の死に顔を想像してしまったレミィは、罪の意識に押し潰され前のめりに椅子から転げ落ちると、ゲェ、ゲェと吐き始めた。

 そんなレミィに急いで駆け寄ったのはカイトだった。

 カイトはレミィに寄り添い、背中を必死にさすりながら

「大丈夫だから。大丈夫だから」

 と繰り返すのであった。

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