1-64 リンドの悪魔 12
「お茶を・・・お持ちしました」
ノックをして入って来たレミィが一瞬言葉を詰まらせたのは、会議室の空気が異様に冷たく感じられたせいであった。それは当然、実際の温度という意味ではなく精神的なものである。
レミィが言い知れぬ雰囲気に戸惑い、入口で佇んでいると、「ありがとう」とミリーが柔らかに礼を言った。すると、不穏な空気はあっという間に霧散し、レミィは単なる勘違いだったのだろうと思うのであった。
「これは、カリトカのお茶だね」
「あ、解りますか?」
「あぁ、もちろん。他の人達にもこれを?」
「は、はい!」
「いい選択だね。どう?みんなは少しは落ち着いた?」
「はい。少しですが・・・」
「そう・・・」
そう言ってお茶を飲むミリーが少し微笑んだように、レミィには見えた。
レミィは思った。ミリーさんはカリトカの効能を知っていて、いい選択だと言ってくれたのだろう。だとしたら、私達に興味を失ったどころか、私達に気を使ってくれているのではないか。もしかしたら悪魔の仮面の下には・・・
「あの・・・ミリーさん、もしかしたらミリーさんは」
「レミィ!用事が済んだらサッサと出るんだ!」
突然カイトが怒鳴りつけ、レミィとミリーの間に立ちふさがる。レミィは憮然とカイトを睨みつけるが、カイトはミリーに聞こえないように小さな声でレミィに囁く。
「それ以上言っちゃダメだ。お前にあの恐怖を味あわせたくない」
カイトの真剣な眼差しに気圧されたレミィはカイトを見つめながら小さく頷くしかなかった。その時だった。
「レ~ミィ~」
ミリーの気だるそうな呼び掛けに、レミィとカイトは反射的に視線をミリーに移す。ミリーは意味ありげな笑いを浮かべ、レミィを見つめる。
「レミィ、お前にやって貰いたい事がある」
ミリーの言葉に、解けかけていたレミィの警戒心が一気に高まり無言で次の言葉を待った。
「なに、大した事じゃない。作戦の手伝いをして貰いたいのさ」
ミリーは職員リストを見せながら説明を続ける。
「今から第9倉庫で全職員の面談を行う。レミィには受付を担当して貰いたい。一人ずつ、このリストに付けた印に従って所定の部屋に入るように誘導してくれればいい。簡単だろ」
「この印にはどんな意味があるんですか?それに作戦っていったい・・・」
レミィの質問にミリーは不機嫌そうに逆に問い掛ける。
「来る連中の中には、同じような質問をする者もいるだろうな。その時お前は、本当に何も知らずに『知らない』と答えるのと、知っているのに悟られぬように『知らない』と答えるのと、どっちが楽だと思う?」
レミィはチラッとカイトを伺う。カイトは小さく首を横に振る。
「い・・・いえ、結構です・・・」
ミリーは満足いく答えを得たと言うように満足げに微笑み指示を続ける。
「あと、落ち着いた者の中から4人ほど手伝いをさせる。レミィ、皆の様子をよく観ているお前が人を選別しろ。細かい指示は後でカイトにさせる。行け」
レミィはうなだれて部屋を出る。
レミィは判らなくなっていた。皆の様子を聞かれたのは、皆を心配しての事だったのか、単に使える手駒の確認をしただけの事だったのか。ミリーの心が一体どこにあるのか。
そして一つだけ判った事がある。きっとカイトはこう忠告したかったのだろう。『不用意に近づくと大怪我をする』と。
「ところで、今回の作戦について、所長にはお話しにならないんですか?」
レミィが部屋を出たあと、カイトがミリーに質問を飛ばす。
「はぁ?何故あの役立たずに話さねばならん?お前は継承者だから私の言う事に素直に従うが、アイツは何かと文句をたれて邪魔になるだけだ。首を刎ねる手間が面倒くさい」
ミリーはそこまで言うと、カイトをジッと見て嫌な笑い方をする。
「それとも、お前が所長になるために今の所長が邪魔だと言うのであれば、いい方法ではあるかな」
「い・・・いえ、結構です・・・」
カイトは(聞かなければ良かった)と反省するのであった。
確かに簡単な仕事だった。
レミィは第9倉庫の廊下の端っこに小さなテーブルと椅子を設置し陣取っていた。
そして目の前の左側の扉から入ってくる職員を、職員リストで確認しながら廊下を挟んだ反対側の3つの扉のいずれかに誘導するだけであった。
レミィが選別して手伝う事になった職員も、各部署の職員をカイトの指示で順番に呼びに行き連れてくるという簡単なものであり、選んだレミィもホッとしたのであった。
レミィは振り分けた3つの扉の向こうがどうなっているのか知らない。知りたくはあるが知ってはいけないと理解していた。多くの職員に何があるのかを聞かれたが、当然「知りません。知らされていません」と答えた。
ナーシャの婚約者であるトニーには△の印がついていた。レミィは指定された通りの扉に誘導する。この時ばかりは知らなくて良かったと思った。知っていたら、そしてもしその扉が地獄への扉だったとしたら、そこへ誘導する事がためらわれるだろう。しかし、違える事は出来ない。それはミーア=リーアへの反逆と見做され全職員と家族の命が奪われる事になるからだ。
トニーだけではない。顔見知りや友人が沢山いるのだ。そして、その皆を運命の扉に導いているのはこの私なのだ。これでは私がまるで『リンドの悪魔』じゃないか!そう気付いた時、扉の向こうを知らなくて良かったとつくづく思った。知っていたら、地獄へ導いている事を知っていたら・・・私の心は壊れてしまうだろう・・・きっと・・・
そう消沈したレミィにある考えが浮かぶ。
もしかして、ミリーさんが私に何も教えないのはそのためではないのか?私の心を守るためではないのか?いや、それなら最初から私にこんな役割を与えない筈だ!解らない!解らない!解らない!ミリーさんが何を考えているのかまるで解らない!!
レミィは思考の迷路にはまり込んでいたのだった。
レミィの推測通り、3つの扉は人々の運命を分けた。
無印の人々はレミィに一番近い扉に入った。
彼等が入った部屋には一人の職員が待っていて、そのまま職場に戻っていいと言われた。彼等は何が起こっているのか何も知らずに仕事に戻った。
○印の人々はレミィから一番遠い扉に入った。
部屋の中には4人の衛兵が待ち構え銃を突き付けてきた。
「一体どういう事だ!ただの面接だって聞いたぞ!!
」
「調査官が安全に神経質でね。少しの間だけ我慢して欲しい」
そう言うと衛兵は職員を後ろ手に縛り上げる。
その状態で反対側の扉から大倉庫に入った拘束された職員は一様に足を止め、そして呟いた。
「・・・ぶ・・・部長・・・」
扉の向こうには死体二つ横たわっていた。そしてそのそれぞれの腹の上には持ち主の頭が乗せられ、拘束された職員を見つめていたのだ。
異常な演出に思考が止まった職員は、そのまま大倉庫の柱に括り付けられた。括り付けられた職員の周りの柱には、そうやって括り付けられた職員達がいたのだった。
△印の人々はレミィから二番目の扉に入った。
部屋の中には2人の衛兵が待ち構え銃を突き付けてきた。入ってきた職員は、おどおどと質問する。
「い、一体なんなのでしょうか?」
「抵抗するな。生きていたかったらな」
そう告げる衛兵は職員を拘束することなく反対側の扉から大倉庫に入る。
扉の向こうには2人の衛兵に見張られた何十人もの人間がひとかたまりに集められ座らされていた。
集められた職員は絶望的な表情である場所を見つめていた。その視線の先には隣の部屋の扉があり、その前には死体が、そしてその向こうの柱には一本に一人、人が括り付けられていたのであった。




